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第二話(三)

 留花の手にぐっと力が入る。口を開こうとしたその時、先に言葉を紡いだのは司樹だった。


「よし、決まりだね」

「……まだ何も言ってないです」

「断るつもりだった?」

「……いいえ」


 ――何だろう、この敗北感は。


 何となく悔しくて、留花は不服そうに少し眉根を寄せた。それを見た司樹がふふっとふき出した。

 留花は揶揄われているなぁと思いながらも、あどけない司樹の表情に、優しくてあたたかな雰囲気に、不思議と嫌な気持ちは起きなかった。


「あの……このこと店主さんには?」

「了承は得ているから大丈夫。……というかあいつが連れて来いって言ったんだし」


 司樹がぼそりと付け足した呟きは留花にはよく聞こえなかった。


「何か言いましたか?」

「いや何でもないよ。おっと、危ない危ない。連絡先の交換をし忘れるところだった」


 取り繕うように司樹がズボンのポケットから携帯端末を取り出した。


「初日の出勤時間とか持ち物とか詳しいことはメールで送るね。店と僕の連絡先を教えておくけど、店にいない時もあるから、基本的に僕の方に連絡してきてくれると助かるかな。急用で休みたい時とか妖怪関連で困った時とか」

「わかりました」


 そういうことかと思って、留花も携帯端末を取り出す。


「妖怪関連以外でも何か困ったことがあったり、話し相手がほしいと思ったりしたら、気軽に連絡してきていいからね」

「……はい」


 にこりと笑って言われた言葉に留花は生返事した。


 ――妖怪関連なら兎も角、それ以外で連絡することなんてまずないだろうな。


 他人に頼るのは苦手だし、無駄に迷惑を掛けたくはない。自分で解決していかなくてはひとりで生きてはいけないのだから。


 ――そういえば、連絡先が増えたのはいつぶりだろう。


 高校生になって携帯端末を持つようになった際、「連絡先交換しようよ」とクラスメイトに言われてその場の流れで交換したことはあった。けれど、それだけだ。当たり障りなく高校生活を送ってきた留花へ私情のメールを送ってきたり、電話で話したりするような特別仲の良い友人などいなくて。

 働き始めてからもそうだ。職場の連絡先しか知らないし、一緒に働いている他の人たちの連絡先など一人も知らなかった。それが当たり前だと思っていたから、他の人たちが職場以外でも遣り取りをしていることを小耳に挟んだ時はびっくりしたものだ。

 それが羨ましいとは思わなかったが、「わたしって本当に人間関係が希薄なんだなぁ」と、改めて気づかされた。

 特に落ち込むことはないし、ひとりでいることには慣れたけれど、時々ちょっぴり寂しく思う時はあって。


「――さん、古澄さん」


 司樹に声を掛けられて、留花ははっとして我に返った。

 いつの間にか連絡先の交換は終わっていて。


 ――うわー、ぼんやりし過ぎでしょわたし……。


 若干恥ずかしくなりながら、そそくさと携帯端末をしまった。


「それでは、古澄さん。これからよろしく」


 差し出された手のひらに、留花がおずおずと手を伸ばす。ゆっくりと自分よりも大きな手のひらを握る。


「こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いします、久閑さん」


 そう挨拶をすれば、司樹が不自然に固まった。


「どうかしましたか?」

「……いや、何でもないです」

「何故敬語」

「ほんっとうに何でもないから気にしないで」


 そうは言っているものの、司樹の様子から何でもないとは思えない。


 ――手を差し出して来たのは久閑さんの方からだし……あ、もしかしたら、わたしの手汗が酷かったのかもしれない。


 そう思い至って、留花が手を離そうとしたものの離れない。


「……」

「……」


 何とも言えない沈黙に苛まれていたちょうどその時、ノックの音とともに「入るぞー」と声が聞こえてきた。

 返事も聞かずに扉が開く。


「さて、そろそろ話も纏まりましたかな……って、ん?」


 扉を開けたのは白宇だった。

 そのまま部屋に入って来ようとしたのであろう足をピタッと止めて、白宇は視線を動かした。

 未だ繋がったままの二人の手。

 その視覚情報を得て導き出された答えに、「ふむふむ」と白宇が意味深げに頷く。


「どうやら、お邪魔だったようで。これはこれは失礼しました」


 白宇はぺこりと頭を下げて、そそくさと扉を閉めた……かと思えば、また扉が開いた。


「そうそう留花ちゃん。もし司樹が不埒なことを仕出かして不快に思ったら、大きな声で叫ぶように。おれが直ぐに駆けつけるから。それでは、失礼しました」


 今度こそ、パタン、と扉が閉まる。軽快な足音が遠のいていく。

 無言で顔を見合わせた司樹と留花がどちらからともなくそっと手を離した。


「……何か、うちのがすみません」

「……いえいえ」


 何処か気まずい空気の中、二人とも顔が少し赤くなっていたのはここだけの話。

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