第二話 よろずや(一)
夢現に留花は歩く。動かしている足は確かに地面についているはずなのに、何処かふわふわとしていて現実味がない。
時折視界に映る奇々怪々な存在をちらりと横目に視つつ、司樹の声に耳を傾ける。
「さっきの猫たちは『踊り猫』っていう一応歴とした妖怪なんだ。名前の通り、数匹集まってはああして踊っていてね。気のいい奴らばかりなんだけど、あいつらの踊りに付き合ったら何時間も踊り続けることになるから気をつけた方が良いよ」
「……どう気をつければ?」
「踊りに誘われてもはっきりと断る。はっきりと、ね」
「あ、はい」
強調されて言われた言葉に、留花はただ頷くことしかできなかった。
不意に司樹が歩みを止めた。
「着いたよ」
目の前には二階建ての建物が在った。
白い壁に緑青色の窓が映えている。石の階段の先には格子戸があって、一見ただの民家に見える。
だが、どうやら違うようだ。
引き戸のガラス部分に記された文字を留花が読み上げる。
「……『よろずや』?」
「そう。因みに僕が働いているお店です」
「……はぁ」
――こんなところにお店があるなんて知らなかったな。
今住んでいるアパートに引っ越してきてから約二年。つまり、この土地にやって来てから約二年経つというのに。
――といっても、わたし元々出不精だし、知らないのも当然といえば当然か。
スーパーとか本屋とか出歩く場所は決まっていて、使う道もいつも一緒。近道しようとか散策しようとかそういう気持ちも特に起きなくて、休日は家に引き籠っている場合が多い。そう考えると、知らなくて当然だなと留花は一人で納得する。
「さあさ、入って入って」
「……失礼します」
司樹が引き戸を開けて、留花を店の中へと促す。
ゆっくりと、留花はよろずやへと足を踏み入れた。
レトロな照明や剥き出しの電球が天井から吊るされている。淡く仄暗い店内には音楽はかかっておらず、壁掛けの振り子時計のカチカチという音が聞こえてくる。
形も大きさも様々な机や陳列棚には何種類もの文房具や色とりどりの食器類、籠やら小物入れやらアクセサリーやらが並べられている。
他には絵本やぬいぐるみやおもちゃがあり、雑貨屋のようにも思える。だが、懐かしの駄菓子や冷凍庫に保存されたアイス、かぼちゃやじゃがいもといった野菜類の食べ物等があることから、普通の雑貨屋ではないと窺えた。
「ただいまー」
司樹が緩い声で言うと、がたりとレジカウンターの方から何やら物音がした。
「おかえり」
ひょこりとレジカウンターから顔を出したのは少年だった。
見た目の年齢は十歳前後くらいだろうか。真っ白な髪と黄昏色の瞳が印象的である。
「ふむ、無事に辿り着いたようで何よりだ」
「物騒なことを言うなよ白宇」
白宇と呼ばれた少年と司樹が軽い掛け合いをする。
一回りくらい年齢差がありそうなのに、遠慮なんてものは二人には感じられない。寧ろ、司樹よりも白宇の方が尊大な態度をとっているように思える。
――兄弟、なのかな?それにしては似ていない……って思うのは、失礼か。いとこ、親戚……うーん、わからない。
どういう関係なのかわからないが、会話からして気心の知れた仲なのだろう。
留花がぼんやりと思考していると、黄昏色とばちりと目が合った。
白宇がカウンターに手をついて、ひらりと身軽にそれを飛び越える。
留花のもとへ歩み寄ってきたかと思えば、律儀にもぺこりと頭を下げた。
「よろずやへようこそ。おれの名前は白宇。これからよろしく」
「……えっと、古澄留花です。よろしくお願いします?」
何か引っ掛かりを感じたため最後に疑問符がついてしまったが、留花も丁寧に頭を下げる。
白宇が「ふむ」と頷いた。
「空気の読めるおれが閉店準備をしておくから、二人は奥でゆっくりと話してくるがよい」
「……それじゃあ、お言葉に甘えて。古澄さん、こっち」
何か物言いたげな顔をした司樹だったか、奥の扉を開けた。
店の奥へと進んでいく際、背中越しに「頑張るんだぞー」という白宇の声が聞こえてきたが、留花には何のことだかさっぱりだった。