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第一話(四)

「……よう、かい?」

「そう、妖怪。あやかし、物の怪、魔物、怪異とか呼び方はいろいろあるけど」


 留花によってたどたどしく呟かれた言葉に、青年がより詳しく説明した。

 ぱちぱちと目を瞬かせた後、留花はもう一度空を仰ぐ。

 未だに火の玉は煌々と燃えて空を漂っている。


「妖怪……」


 その言葉が、呟きと共にすとんと留花の胸に落ちた。

 もしかしたらそうかもしれないとは薄々思ってはいた。だって、あんな奇々怪々なモノたち、妖怪以外考えられないから。

 でも、確信が持てなかった。誰かに訊ねる訳にもいかず、何より訊ねる誰かなんて留花の周りにいなかったから。

 それが目の前の青年に明言されたことにより、漸くあれらが妖怪だと確信することができた。


 ――やっぱり、あれらは妖怪で間違いなかったんだ。


 留花が内心で頷いていると、青年が顔を覗き込んできた。


「あまり驚かないんだね」

「一応、驚いていますよ。まあ、何となくそうなんじゃないかなぁとは思っていたんですけど……自分の空想だって言い聞かせていました」

「空想、ねぇ……うん、気持ちはわかるよ。あんな奇々怪々なモノが視えたらそう思いたくもなるよね。でも、残念ながら空想ではないんだなこれが」

「……ですよねぇ」


 自分の空想ではなく、あれらは妖怪。

 夢ではなく、これは現実。

 留花が心の中で何度も呟く。自分に言い聞かせるように、何度も何度も。

 そうしていると、青年が徐に口を開いた。


「こんな道端で話すのもあれだし、店でちょっとお話しない?」

「お話、ですか?」

「そうお話。妖怪についてのお話だよ。君にいろいろと訊いておきたいことがあって。勿論、君も訊きたいことがあれば遠慮なく僕に訊いて良いから」


 留花は暫し逡巡した。


 ――『知らない人について行ってはいけないよ』


 過去に何度も言い聞かせられた言葉が脳内に響き渡った。

 その言葉は今もちゃんと覚えているし、今の自分が軽く錯乱していることも十分に承知している。


 ――でも、妖怪について知りたいし、訊きたい。


 今後の自分に大きく関わっていくような気がするから。だから――


 ――ごめんね、おばあちゃん。


 心の中で留花が謝った時だった。


 ――『知らない人について行ってはいけないよ』


 再び頭の中に同じ言葉が過った。けれど、その声は祖母の声でも他の大人たちの声でもなくて。

 あれ、と思ったが、今はのんびりと思い出している場合じゃない。急かすことなく待ってくれている青年に早く返事をしなければと留花は口を開いた。


「わかりました」

「よし。それじゃあ行こうか」


 青年の後を留花がついて行く。

 と、その時。

 青年が「あ、そうだ」と何かを思い出したかのように振り返った。

 突然の出来事に対応できず留花がよろけた。

 傾く体をどうすることもできなくて。


 ――うわー、わたし体幹弱過ぎない?うん、知っていた。


 慌てよりも呆れが上回った一瞬。

 誰かの手によって体を支えられた。誰かなんて言わずもがな。


「驚かせちゃってごめん!大丈夫?」

「大丈夫、です」


 どくどくと心臓が鳴っている。気持ちに反して、体はびっくりしていたようだ。

 支えてくれた青年の熱が両肩から伝わってくる。


「本当に?足首とか捻ってない?」

「大丈夫ですよ」


 自分よりも慌てた様子の青年に、留花は小さく笑ってしまった。


「何で笑ってんの……いやうん、急に振り向いた僕が悪いから何も言えないけど」


 肩に置かれた手に力が入ったかと思えば、ゆっくりとその手が離れていった。

 久しぶりに感じた他人(ひと)の体温だったからだろう。離れていく熱に留花は少しだけ寂しさを感じてしまった。

 その感情を振り払うかのように、留花が青年に訊ねる。


「さっき何を言おうとしていたんですか?」

「大したことじゃないんだけど、そういえば名乗っていなかったなと思って」

「大したことじゃないですか」


 ――危うく名前も知らない人について行くところだった。……いや、知らなくてもついて行くつもりだったけど。


 心中ではそう思いつつも留花が突っ込めば、青年が笑いながら相槌を打った。


「そうだね。名乗りは大事だ。僕の名前は、久閑(くが)司樹(しき)。よろしく」

古澄(こずみ)留花(るか)です。よろしくお願いします」


 留花が丁寧にお辞儀をする。

 青年――司樹が何処か寂しげに微笑んだことに、頭を下げていた留花は気がつかなかった。

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