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第十話(五)

「あ、いた!」


 見慣れた白い狐の姿を見つけて、司樹はずんずんとそちらへと向かう。

 白宇は一人――一匹と言った方が正しいかもしれない――ではなかった。

 白宇とともにいたのは、司樹よりも少し年下であろう少女だった。

 驚くべきことに、この少女は妖怪が視えているようだ。

 少女と曰く、「妖怪を視るのは初めて」とのこと。

 この場限りのものだと白宇から説明を受けた。

 自分とは違う境遇らしく、少しだけ残念に思ったのが顔に出てしまったらしい。


「そんなに残念がることないだろ」

「……別に、残念がってないし」


 そう言ったところで、落胆の色が声に滲み出てしまった。


 ――子どもっぽくてかっこ悪い……。


 一人で落ち込んだが、そんなことよりもと気を取り直して、司樹は少女に訊ねる。


「その……君は信じるの?」

「何を?」

「妖怪が存在しているってことを」


 やけに真剣な顔になってしまったと思う。


 ――でも、仕方がないじゃないか。


 初めてだったのだ。自分と同じく妖怪が視える人間に会ったのは。

 少女が肯定の言葉を述べる。

 今まで誰も信じてくれなかったことを、自分が視えているモノを肯定してもらえたのは、司樹にとって想像以上に嬉しいことで。何とも言えない感情が司樹の中をぐるぐると回る。

 少女はどうやら迷子のようで、彼女のお婆さんを探すことになった。


 ――まあ、白宇が案内してくれるんなら、安心だな。


 そこのところは信頼している。

 司樹と白宇の会話を聞いて、少し余裕が出てきたのだろう。小さく笑う少女を気遣えば、逆に問われてしまった。


「お兄ちゃんは妖怪が怖くないの?」

「もう慣れちゃったよ」


 司樹にとって、あまりにも妖怪は日常に溶け込んでいた。

 怖いとか怖くないとかそういうことは言っていられなくて。そこにいて当たり前の存在なのだ。怖い見た目に反して優しい妖怪がいることも知っているし、逆に大人しそうな見た目に反して恐ろしいことをする妖怪がいることも、人に害をなそうとする妖怪がいることも知っている。

 でも、それは人間も同じだ。

 達観し過ぎてしまったからだろうか。

 慌てたように少女が口を開く。

 少女は自分に元気になって欲しかったんだろう。一生懸命に彼女は話してくれた。

 怖がりつつも妖怪の存在を受けいれた自分よりも幼い彼女に、司樹は好感を持った。

 できればもっと話をしたかったが、彼女の祖母が無事に見つかったため、白宇とともにそっとその場を後にした。


「そういえば、名前訊いていなかったな……」


 そう気づいたのは、少女と別れてからだった。

 名前も知らないあの少女のことを、白宇に訊けば何かわかるかもしれない。こう見えても白宇は情報収集が得意だ。尤も、頼めば対価を求められるし――主に食べ物をよこせと言われる――、その情報を素直に教えてくれるとは限らないのだけども。

 事実、「あの時の女の子について知りたくはないか?」と本人に何度も訊かれた。

 司樹が頷くことはなかった。確かにあの時、自分は少女の言葉によって救われた。でも、それは司樹が勝手に救われただけの話で。

 肯定してもらえただけで、いろんな言葉がもらえただけで司樹には十分だった。……十分だと、そう思い込むようにしていた。

 あの少女のことを忘れることなく、少年は青年になった。



 *



 いつものように司樹がよろずやの業務をこなしていた時、不意に白宇が告げた。


「司樹よ。今からおれが言うところに行け」

「は?何、お使い?」

「お使いといえばお使いかな」

「はいはい。で、何?買い物?配達?」

「いや、そうじゃない」


 白宇の言葉に、司樹は訝しげに眉を顰めた。

 にやにやと白宇が笑う。


「新しい従業員の勧誘だ」

「は?」


 司樹が目を丸くさせる。


 ――新しい従業員を雇うなんて話、全く訊いていないんですけど?


 視線で訴えてみたものの、気にすることなく白宇が言う。


「因みに、新しい従業員はお前が気にしていた……いや、今もずっと気にしているあの子だぞ?」

「は?」


 白宇の言葉を聞いて、一人の少女の姿が思い浮かんだ。

 司樹の表情の変化に気づきながらも、白宇は更に続ける。


「ほらほら、ぼうっとしている場合じゃないぞ。早く行かないと。ナンパされて困っている未来が視える」

「はぁっ!?」


 次々と聞かされる内容に目を白黒させながらも、よろずやを出て司樹は指定された場所へと足を運んだ。

 どきどきしているのは慌てているからだろうか、それとも――


「あ、いた」


 あの時の面影が残っている彼女と目が合った。

 数年ぶりにあった彼女は何と妖怪が視えるようになっていて。どうやら自分のことは覚えていないようだった。

 驚きと落胆が司樹の心を締め付ける。けれど、それよりも再び会えた嬉しさの方が優っていた。


 ――あの時、僕はこの子に救われた。今度は僕がこの子の役に立ちたい。


 そう心に決めた司樹は彼女――留花をつれてよろずやへと歩き出した。

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