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第一話(三)

「あ、いた」


 不意に聞こえてきたのは第三者の声だった。

 留花は声が聞こえてきた方に顔を向けた。

 沈み行く夕日を背に一人の青年が立っていた。

 彼の瞳から目が離せない。まるで金縛りにでもあったかのように、留花はその場から動くことができなかった。


 ――今のは、この人の声?


 じっと見つめる留花に、青年がくすりと笑みを零す。そして、彼は歩を進めた。

 こつこつと靴音が響く。青年が一歩一歩こちらに近づいて来る。

 距離が縮まったことにより、青年の顔がはっきりと見えた。

 精悍な顔つきで、年齢は恐らく留花より上であろう。

 彼が留花に訊ねてきた。


「大丈夫?」

「……えっと、何が、ですか」


 何とか出した声は掠れていて、何処か素っ気ない言い方になってしまった。

 それでも青年は特に気にした様子もなく、ちらりと猫を見遣った後、再び留花へと顔を向けた。


「何か、変なのに絡まれていたからさ。顔色も悪いし、大丈夫かなって思って」

「……大丈夫、です」


 一拍置いて、留花は笑みを携えてはっきりと答えた。


 ――そう、大丈夫。ちょっと驚いただけ。大丈夫、大丈夫。


 留花が心の中で何度も呟く。まるで自己暗示をかけるかのように。笑顔をはりつけることなんて、留花には容易いことだ。

 そんな留花を見て、青年が口を開きかけた。だがそれは、猫によって遮られてしまった。


「変なのって……それはちょっと酷くないですかねぇよろずやさん!」

「事実を言ったまでさ」


 気軽に話していることから察するに、どうやら彼らは知り合いらしい。

 猫は不満げに「にゃにゃっ」と抗議したが、『よろずや』と呼ばれた青年は少し眉を顰めただけだった。


「わたくしはただ、このお嬢さんを踊りに誘っていただけです!」

「いや、側から見たらただのナンパ野郎にしか見えなかったからな?それより、早く戻った方がいいよ。お前の仲間たちが探していたから」

「にゃんと!?それを早く言って欲しかったです!」


 青年の鶴の一声により、慌てて猫が駆けて行く。去り際にもう一度留花にお礼を言って、猫はこの場から消えた。

 留花はおずおずと青年を見遣った。


「……あの、助けていただき、ありがとうございました」

「いえいえ。ああいう輩は無視するのが一番だよ」

「そう、ですね。気をつけます」


 それでは、と留花も立ち去ろうとすれば、「ちょっと待って」と呼び止められる。


 ――既視感が……いや、さっきもこの流れやったわ。今度こそ逃げるべき?いやでも、助けてもらったしなぁ……。


 留花が悩んでいると、呼び止めた人物――青年が口を開いた。


「君は、さっきの猫のことはっきりと視えていた?」

「見えていましたけど……」

「君は、あの猫がどういう存在か理解している?」

「どういう存在って……」


 ――今、自分で『猫』って言ったじゃないか。それに、『理解している』ってどういうこと?


 黙り込んでしまった留花に青年は更に問う。


「それじゃああれは視える?」


 青年が指差したのは、空だった。鳥は一羽も飛んでいない。けれども、火の玉は飛んでいて。しかも、先程よりも数が多い。


 ――他には何もないし……。でも、素直に答えたとして、もしも違うものを指差していたとしたら?もしもこの人には火の玉(あれら)が視えていなかったとしたら?……うーん、確実に『おかしな人』っていうレッテルをはられそう……。


 そう考えてしまうと、留花は黙りこくることしかできなくて。

 何も言わずに――否、何も言えずに俯いてしまった留花に、青年は何故か小さな笑みを浮かべた。


「僕には、空を飛んでいる火の玉が視えるんだけど」


 堂々と告げられた言葉に留花がばっと顔を上げた。驚きのあまり「えっ」と声を零してしまった。


「君はどう?視える?」

「……見え、ます。幾つもの火の玉が」


 恐る恐る伝えれば、「ばっちり視えているね」と青年が頷いた。

 ぎゅっと留花の手に力が入る。色々と訊きたいことはあるが、取り敢えず、今一番訊きたいことを留花は言葉にした。


「あなたは、あれらがどういう存在か知っているんですか?」

「知っているよ」


 青年の瞳が細められる。口元がゆっくりと弧を描いた。


「あれらは、妖怪と呼ばれるモノたちさ」

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