第一話(二)
「うわっ!?」
口から出たのは女子力の欠片もない叫び声だった。
ふわりとスカートが翻る。慌てておさえるぐらいの女子力はあった。その際、情報誌を手から落としてしまった。
「ふぅ……ロングスカートでよかったー」
スカートと乱れてしまった髪を整えて、留花が情報誌を手に取ろうとする。
「……ん?」
情報誌の傍には、先程までなかったはずの一枚の布があった。
恐らく、今の風で飛ばされて来たのだろう。
それを拾って観察する。七宝紋の刺し子が施された手拭いだった。
「すいませーん!それ、わたくしのです!」
後方から声を掛けられた。
すぐに持ち主が見つかってよかったと留花が安堵しながら振り返る。
だが次の瞬間、留花はびしりと固まってしまった。
「いやー、風に吹き飛ばされてしまいまして……拾ってくださってありがとうございます」
「い、いえ……どうぞ」
頬を引き攣らせながら、留花が手拭いを差し出す。
小さな手――前脚と言った方が正しいだろうか――で手拭いを受け取ったのは、一匹の猫だった。
律儀に下げた頭の上の耳がぴくぴくと動いている。
留花はその猫に見覚えがあった。
さっき通過した道端で踊っていた猫たちの中の一匹である。
――二本足で立って踊って……しかも話すこともできるなんて、やっぱりどう考えても普通の猫じゃないでしょ!
「で、では、わたしは、これで……」
留花は早々に立ち去ろうとしたが、「待ってください」と呼び止められた。
誰にとは、言わずもがな。
「これも何かの縁。あちらで一緒に踊りませんか?」
手拭いを頭に被り直して、キリッとした顔で猫が言った。
――え、これってもしかして……ナンパ?ナンパ、なの?ま、まさか猫にナンパされる日が来ようとは……いや、絶対に普通の猫じゃないけど!
「わたし、踊りとか苦手なので……」
――いやいや、そうじゃないでしょ!そういう問題じゃないでしょ!断るの下手くそかよ、わたし!
咄嗟に告げた言葉に、留花が脳内で盛大に自分自身に突っ込む。
――「急いでいるので」とかもっと他に言い方はあったでしょ!
そう思ったが、口から出た言葉はもう戻せない。
「誰でも最初はそんなものですよ。それにたとえ苦手だとしても、楽しむことが一番です」
「そう、ですね……」
正論を説かれ、留花は思わず頷いてしまった。
だが、すぐさま己の失言に気づき、ぶんぶんと首を振る。
――断らなくちゃいけないのに、同意してどうするの!ああもうこうなったら、逃げるしかない!
最初からそうしておけよ、という脳内に響く声を無視する。
留花はヒールなんてものはないぺたんこのパンプスを履いた足を動かす――否、動かそうとした。