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第四話 八つ面(一)

 レジ打ちだけでなく、お札の数え方や商品の包み方まで一通り教えられた。

 留花は頭の中で教えられたことを何度も何度も反芻した。

 その間に白宇は「散歩に行ってくる。留花ちゃん、頑張れ」と言葉を残して外に出掛けてしまった。


「呼べばすぐに戻って来るから、白宇のことは気にしないで。それに、忙しくなりそうなのに散歩に行くような奴じゃないし」


 やれやれといった面持ちで司樹は言ったが、言葉の端々に白宇への信頼感が滲み出ていた。

 カチカチと壁掛けの振り子時計が音を奏で続けている中、格子戸が開く。

 ちりんちりんとドアベルが店内に響き渡る。それすなわち、来客を告げる音で。


「いらっしゃいませー」

「いらっしゃいませ」


 司樹の緩い声の後に留花も続く。けれども声は少し震えてしまったし、何より顔が引き攣っているのが自分でもわかった。


 ――うわー、情けない……いや反省会をするのは後にして今は接客に専念しないと。


 そう意気込む留花だったが、客を認識した瞬間固まった。

 着物から覗く肌は赤く、左右の耳は尖っている。顔が三つあるだけでも異様なのに、その上に小さな顔が四つ、そのまた上にちょこんと顔が一つ乗っていて――計八つの顔があった。


 ――うーん、何処からどう見ても妖怪、だよね。確かにお客さんには妖怪が多いとは聞いてはいたけれど……初めてのお客さんにしてはインパクトがあり過ぎではないでしょうか!?


 大声で叫ぶ一方で、「頭部に二本の角が生えているということは鬼、なのかな?」と冷静に推察する自分もいて、留花の脳内は騒がしかった。

 おくびにも出さないように頑張っていると、隣からぼそりと声が聞こえてきた。


「白宇のやつ、逃げやがったな」


 舌打ちをしそうな低い声だった。

 最初の客が妖怪で、隣の司樹は何やら不機嫌そうで――留花は不安でいっぱいになった。


 ――ええい、こんなことで不安になってどうする!しっかりしろわたし!


 己を叱咤し、不安な感情を押し込める。

 そんな留花の努力など露知らずの妖怪の客は屈託なく司樹に話し掛けた。


「おう坊よ、元気にしとったか?」

「八さん久しぶり。まあ、一応元気、かな」

「白宇は?」

「散歩」

「ほんと、白宇は散歩好きだよなぁ」


 八さんと呼ばれたその客が快活に笑う。

 司樹との遣り取りを見る限り、どうやらこの客は一見さんではないようだ。

 二人が和やかに会話をしている間に、留花は一人で何とか心を落ち着けようとする。


 ――落ち着け……落ち着くんだわたし。初めての接客で粗相をしでかしちゃダメ。


 留花は気づかれないように小さく息を吸って吐いた。

 不意に客の視線が司樹から留花へと移った。


「さっきから気になっていたんだが……嬢ちゃん見ねえ顔だな!」


 ずんずんと八がこちらへとやって来て、カウンター越しではあるが留花の目の前に立った。

 一つの顔につき、二つの目――つまり十六個の目が留花を見つめてきた。


 ――あ、圧が、強過ぎる!


 ひえっと叫びそうになるのを留花が何とか堪える。「お客様に失礼な態度を取ってはダメ!」と心の中で自分を諫めた。

 たじろぐ留花をフォローするように司樹が言う。


「八さん、圧が強いよ。この子は新人さんなんだから、お手柔らかに頼むよ」

「おおっと、悪い悪い。怖かったろ?」


 八が留花に謝った。自分の顔に圧があることを本人も自覚しているようだ。

 そんな相手に対し真摯に向き合わなくては、と留花は考えて一つ深呼吸をして息を整える。

「いえ、わたしは大丈夫です」

 八の顔をしっかりと見つめて――いかんせん顔が多いので、取り敢えず正面の顔に狙いを定めて――留花ははきはきと答えた。

 先程までとは違う留花の態度に、八が面食らう。司樹もちょっと驚いているようだ。


「俺の顔から目をそらさないとは……なかなか肝が据わった嬢ちゃんじゃないか!よし、この様子ならいけるな!」


 八は何やら一人で頷いた後、「それじゃあ商品を見させてもらうとするか」と機嫌良く店内を物色し始めた。

 その間に司樹がこっそりと説明をする。


「八さんはね、八面鬼っていう妖怪なんだ」

「はちめんき?」

「僕はそう聞いたけど。『やつおもてのおに』だとか他にもいろんな呼び方をされているみたい。こう言っちゃあれだけど、昔はあの圧が強い見た目通り狼藉を働いていたそうだよ。でも、とある人との勝負に負けて丸くなったみたい」


 ――妖怪と人の『勝負』って……いや、考えるのはやめておこう。


 何となく血生臭さを感じたため、留花は思考を振り払う。

 そんな矢先、司樹が眉尻を下げた。


「丸くなったんだけど、ね……先に言っておくね。ごめん、留花さん」

「はい?」

「白宇がいなくなりやがった今、どうやら回避は無理そうだ」

「えーっと……?」


 突然謝り出し、更には口調も少々乱雑になった司樹に、留花は戸惑った。


 ――いきなり謝られるとか怖いんですけど!?その謝罪は一体何に対してなんですか!?


 心中の叫びをそのまま声に出しかけたが、それは遮られた。

 八の手からレジカウンターに商品が置かれた。

 ジャンボトランプというその名の通り大きなトランプなのだが、とても大きな八の手と比べると小さく思える。


「会計を頼む」

「お預かりします」


 ――いよいよ本番……落ち着いて、焦らずに、間違えないように。


 内心ではどきどきしつつも、教わった通りに留花は会計をしていく。

 たくさんの視線を浴びながらの作業はとても緊張したが、無事おつりを間違えることもなく商品を渡すこともできた。


「うん、ばっちり。初レジ成功だね」

「おお、そうだったのか。お疲れさん」

「ありがとう、ございます」


 司樹と八に言われ、留花は安堵した。

 たった一回会計をし終えただけだ。けれども、これはよろずやで働く留花にとって大きな一歩である。

 知らないことを知って、できることが増えることは素直に嬉しい。


 ――これからも頑張っていろんなことを知っていかないと。


 そうはいっても、純粋な向上心からだけではない。いろんなことを知り、一人でできるようになることで、他人に迷惑をかけないように生きていきたいという気持ちが大きいからだ。

 結局は自分のため。一人でも生きていけるように、妖怪のことも仕事のことも知って慣れていきたいと留花は意気込みを新たにした。

 と、その時。

 受け取ったばかりのトランプを八が袋から出した。

 十六個の目が細められる。ニヤリと笑う顔は不敵で思わず逃げ出したくなる。

 トランプを掲げて八が言い放つ。


「さあ、いざ尋常に勝負!」


 大きな声が店内に轟いた。

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