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第三話(三)

 ふと、留花が疑問を口にする。


「そういえば、お客さんの中には妖怪がいるって前に久閑さん言っていましたよね?それって、妖怪が人間のお金を持っているということですよね?」


 当たり前のことを訊いている自覚はあった。だが、妖怪がどうやって人間のお金を工面しているのか気になったのだ。

 質問の意図を読み取った司樹が答えた。


「人間に変化して人間社会に紛れて暮してお金を稼いでいる妖怪って結構いるんだ。こいつみたいにね」


 司樹が指差した先に目を向ければ、白髪の少年がこちらを見ていて――


「いやー、そんなに見つめられると照れますな」


 白宇がちっとも照れていない様子で頭を掻く。

 一方留花は瞠目して、一拍おいて、そして大きな声を発した。


「……白宇くんって妖怪なんですか!?」

「妖怪ですなー」

「こんな身なりをしているけど、僕たちよりもずっと年上の妖怪だよ」

「えっ!?」

「こんな身なりなんて言うなよー。動きやすくて結構気に入っているんだぞこの姿」

「因みに、大人の姿にもなれます」

「えっ!?」

「稀にだけどな」

「そして、こんなんでもこの店の店主です」

「えっ!?」

「こんなんなんて言うなよー。歴とした店長だぞー」


 なんて事のないように二人が会話を続けているが、留花はそれどころじゃなかった。


 ――まさか、白宇くんが妖怪だったとは……。しかも年上で、この店の店主だなんて……!


 なるほど、『人を見た目で判断してはいけません』なんてよく言うけれど、それは妖怪にも当てはまるようだ。

 わなわなと震えていた留花ががばりと頭を下げた。


「す、すみませんでした!」

「……司樹よ。何故留花ちゃんは謝っているのだ?」

「いや、僕にもわからない」

「し、知らなかったとはいえ、『白宇くん』と気安く呼んでしまってごめんなさい!これからは『白宇さん』とお呼びします!」

「あー、そういうこと。古澄さんは真面目だなぁ」

「ふーむ、おれは別に『くん』でも『さん』でもどちらでも構わないが、『白宇くん』の方が親近感があるから今まで通りで良いぞ」

「……わ、わかりました」


 お咎めは特になく、留花がほっと胸を撫で下ろす。

 そうだ、と何かを思いついた白宇がとある提案をした。


「いっそのこと、司樹と留花ちゃんも名前で呼び合ったらどうだ?」

「は?」

「はい?」


 司樹と留花は同じように首を傾げた。


「苗字で呼び合うなんて色気がな……距離を感じるからな。名前で呼び合った方がおもしろ……親睦を深められると思うんだ」

「おい、何かいろいろと言おうとしただろ」

「何のことだ?」


 突っ込んだ司樹に白宇はすっとぼけた。


「名前を呼び合うぐらい簡単なことだろ?ほらほら、呼んでみたまえよ」

「いやいや、名前は一番身近で一番短い呪なんだから、そう易々と呼べるわけ……」

「何をぐちぐち言っているのだ。全く、ほんと司樹はへたれだなー」

「へたれ言うな!」


 ぎゃーぎゃー騒ぐ声が聞こえてくる中、留花の頭の中はぐるぐると回っていて。


 ――名前で呼び合う、とは……?いや、そのまんまの意味なんだろうけど……家族以外に呼ばれた記憶は……ないな、うん。

 呼ばれたとしてももっと幼かった頃ぐらいだ。今では苗字だったり、『貴女』だったり、『お前』だったり、『おい』だったり、『ちょっと』だったり……うん、まともな呼ばれ方をされていないな。いや、わたしも相手を名前で呼んだ記憶はないんだけど。

 白宇くんの場合は、『白宇』としか教えられていなかったし、自分で進んで誰かを名前で呼んだことは……あるようなないような……。


 留花が一人で過去を振り返っていると、がばりと司樹が振り返った。


「古澄さんも名前で呼ばれるのは嫌だよね!?」

「……うーん、久閑さんに呼ばれるのは別に嫌ではないですよ?」


 想像してみたが、別に嫌な感じはしない。寧ろ、久しぶりに誰かの名前を呼んでみたいという気持ちがわき上がり、自分の名前も呼ばれてみたくなった。

 名前を呼ばれるのも呼ぶのも全然嫌じゃないことを素直に告げた留花に対し、司樹が固まった。

 うっ、と言葉に詰まってしどろもどろする司樹に、白宇がしっかりしろと言わんばかりに「ほれ」と蹴りを入れる。

 その衝撃で司樹がたたらを踏んだ。その分だけ留花と距離が近づいた。

 しっかりと立った司樹が留花と視線を合わせる。そして、意を決した様子で口を開いた。


「えっと……留花さんって呼んでも良い、ですか?」

「はい……司樹さん」


 二人ともいざ名前で呼び合うと、気恥ずかしくて顔が熱くなった。


 ――何これ思っていたよりも恥ずかしい!……でも、何だか、落ち着く。


 よくわからない感情が留花の中で迫り上がる。

 頬に手を当てつつちらりと司樹の様子を窺うと、彼の顔も些か赤い気がする。

 再び目が合って、司樹が照れ臭そうに頬を掻きながら笑った。いつもより幼く感じるその笑みに留花の心臓がぎゅっと締め付けられるような気がした。

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