表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

なろうラジオ大賞3

時間のない時計

掲載日:2021/12/20

 時計を買った。




 その時計には針がない。


 刻々と時を刻む秒針がない。


 緩やかに動く分針がない。


 その時々の時刻を教えてくれる時針がない。


 数字すら書いていない。


 その丸いただの板を僕は壁にかけてみた。


 とても穏やかな気持ちになった。




 僕の部屋には時間がない。


 時を刻まぬ時計がかけられた僕の部屋。


 時間がなくてとても穏やか。


 広々とした草原にいるようで、


 あるいは何もない雪原にいるようで、


 はたまた海原にポツンと取り残されたようで、


 とても怖くて、穏やかだった。




 僕は僕の部屋にいる時だけ時間を忘れられる。


 時間のない部屋にいると何もかもがどうでもよくなる。


 明日のことが遠い未来のように思え、


 昨日のことがずっと昔のように思える。


 時間を忘れるのはいいことだ。




 会社に遅刻してしまった。


 どうでもいい。


 彼女との待ち合わせに遅刻した。


 どうでもいい。


 重要な手続きをすっぽかした。


 約束を果たせなかった。


 大切な人との時間を失った。


 何もかもがどうでもいい。




 時間を忘れて一年ほど。


 僕はあらゆるストレスから解放された。


 でも、このままだとダメなんだよね。


 別れた彼女が必死に僕を説得してたっけ。


 そろそろ、時間を思い出そう。


 僕は時計を買いに行った。







 時間と言う基準に振り回されて人は生きている。


 結局僕も、時間の奴隷になってしまった。


 働かないと生きていけないから。


 仕方がないと思う。




 けれども、あの体験。


 時間のない時計と共に過ごしたあの体験だけは、忘れられない。


 時間を喪失するあの感覚。


 無限に自分が生きていけるような自信。


 どうしてそう感じたのか、今振り返ってもよく分からない。




 ただ、一つだけ言えるのは……


 時間のない部屋で過ごした僕は幸福だったということ。


 ただ茫然と部屋に閉じこもって過ごすだけの生活。


 あれは一度でいいから体験した方が良い。


 その生活を続けていると、やがて思い出すのだ。


 時間に振り回される必要さを。




 僕のような人間は珍しいのだろう。


 時間のない時計を買うなんて――


 そんな人が他にいるとは思えない。




 気まぐれで入ったお店でそれを見かけたとしても、


 興味本位で買うことはおススメしない。


 時間を忘れたくないのなら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] しがらみから解放されるお話かな、と思っていたら、なかなかスリリングな状況で、最後はしっかりと戒めてある。 なるほど、こういう解釈なのか――と、たらこ様の世界の一端を拝見出来、とても味わい深…
[良い点] 時計がらみの話を脱稿したので、他の人の話を読みはじめたら、おのお話と類似ネタでした(話自体は全然違うけど)。 そういう訳で、このお話には非常に共感します。心に余裕を取り戻すには時計もスマ…
[良い点] 何故人は、こうも時間に縛られなきゃいけないんだろう?とはよく考えます。 時間を忘れてのんびりできたら……とも、よく考えます。 だけど生きている限り、どうしても「死」という時間制限はつきまと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ