幼馴染がいつも甘えてくるので、「付き合うか?」と聞いてみたら「意地悪」とかえってきた件
砂糖モリモリで頭悪いラブコメです。気軽にお楽しみください。
暑さもすっかり鳴りを潜めた10月初旬の金曜日。
視線を膝下に落とすと可愛らしい大切な人の寝顔。
「んー。気持ちいいー」
いつものように髪を撫でたり頬を触ったりしていると、甘ったるくて囁くような声が聞こえてくる。
「本当に明菜は膝枕が好きだな」
なんだか仕方なさげに言っている俺だけど、こうやって明菜が俺にだけ甘えてくれるのも甘やかすのも大好きだ。
「だってこういう時の静夜、すっごく優しい目をしてるもん」
春守明菜は俺の幼馴染でかれこれ十年近い付き合いになる。
どこかぼーっとしててぽわぽわしてる所は昔と変わらず。
それでいて体つきは女性らしく豊満に育ったなあと思う。
うっすら目を開けて見上げるこんな彼女も何回見ただろうか。
「なんか明菜は犬っぽいんだよ。甘やかしたくなる」
誰かに聞かれたら、眉をひそめられそうな台詞だ。
しかし、部屋に遊びに来るたびに膝枕を要求するのだ。
ペットが主人に構って欲しいようだと思っても無理はないだろう。
いや、無理があるかもしれない。
「むー。私がペットみたいだって言うの?」
一見不満そうな言葉だけど、甘えている時の声色。
単にじゃれ合いたいだけだとすぐわかる。
「明菜、お手」
髪から手を離して差し出すと、彼女の手のひらが重なる。
「ほら、やっぱりペットだろ」
「静夜が私の事甘やかすからだもん」
「人のせいにするなよ。そもそも、明菜から言い出したんだぞ?」
「それは……そうだけど」
少しだけ気まずそうな明菜。
そう。こんな習慣が始まったのにはちょっとした訳があった。
◆◆◆◆
「んー」
目を細めて俺の膝の上で気持ちよさそうにしているのは妹の静。
当時小四で、当時中二の俺にとっては四歳下の妹。
普段活発な静は不思議と俺に懐いていて、膝枕が大好きだ。
「膝枕ってそんな気持ちいいものか?」
いつも膝枕はしてやる側だけど、妹がねだる程いいものなのだろうか。
「気持ちいいのもそうだけど。もうお母さんに甘えられる歳じゃないし」
少し恥ずかしそうに顔を背ける静はとても庇護欲をそそる。
「俺だったらいいのか」
苦笑いだ。
「だって、お兄ちゃんは何も言わずにこうしてくれるし。ひょっとして、駄目?」
不安そうな瞳で見上げてくるけど、こういうところもいい。
「駄目なわけないだろ。ただ、いつか兄離れしないとな」
まだこの歳だから、こうして兄妹二人でひっそりとする分にはいい。
ただ、静がもっと成長してくるとこうは行かないだろう。
「わかってる。後、一年したらこういうのはやめるから」
静なりに子どもっぽ過ぎるという自覚はあるんだろう。
なら、もう少しこうしてやってもいいか、とそう思った。
ピンポーン。その時、玄関のチャイムが鳴る。
新聞の勧誘か何かか。とにかく出ないと、と思う間もなく。
「お邪魔しまーす」
聞き覚えのあるぽわぽわとした声。
あ、そういえば家で一緒にゲームする約束だったっけ。
静を甘やかしている内に忘れ去っていた。
そして―
「あ」
「……」
「……」
瞬間、リビングの空気が凍りついた。
明菜の視線は俺から膝枕されている静へ。
静の視線は俺から明菜へ。
俺はと言えば、静と明菜を交互にきょろきょろと。
「あの。別にいいと思うよ?兄妹でそういうのも」
明菜は非常に良識的でいい奴だ。
こういう時にすかさずフォローが出る辺りが。
しかし。
「明菜お姉ちゃん。フォローが辛いよ」
兄に甘えている恥ずかしい現場を見られた静は泣きそうだ。
それはそうだよな。
静だってこんな現場見られて堂々としてる程子どもじゃない。
「ちょっと部屋に戻ってるから」
「あ、ああ」
「私は気にしてないからね。ほんとに」
明菜はまた善意で追い打ちをかけるんだから。
今夜は静の奴、めちゃくちゃ沈んでそうだな。
後で慰めないと。
「静の事は何も言わないでやってくれ。な」
「わかった。静ちゃんも恥ずかしいだろうし」
「よし。とにかくゲームやろうぜ」
気まずい雰囲気をなんとかしようと早速ケーブルを繋ぐ。
「ほい。コントローラー」
ソファーの隣に座る明菜にぽいっと渡す。
しかし、受けとった明菜は何やら懊悩している様子。
うー、と唸ったり髪をかきむしったりと忙しない。
「明菜、なんかキョドってるけど大丈夫か?」
「キョドってない!」
「ああ、わかった。キョドってない、キョドってない」
本当に珍しい程の動揺っぷりだ。
一体どうしたんだろうか。
「あの。さっきの静ちゃん見て思ったんだけど……」
落ち着くのを待っているとようやく重い口が開いた。
「膝枕のことか?」
「う、うん。膝枕されるって。その、どんな感じなのかなーって」
「静は凄い落ち着くと言ってるけど。どうなんだろうな」
「なんで他人事?」
「俺はしてもらった事はないし」
膝枕してあげるのは嬉しいけど、実際、される側はどうなんだろう。
「ちょっとだけ静夜にお願いが。あ、嫌だったら断ってくれたらいいからね!」
「やけに予防線張るなあ。言ってみろよ」
どうにも挙動不審だし、よっぽどのことなんだろう。
「えと、膝枕の感触味わってみたいだけだから。体験してみたいだけだから!」
「つまり、俺に膝枕して欲しいと?」
「別に静夜だからとかじゃなくて、膝枕の感触味わってみたいだけだから」
「落ち着け。そんな必死にならなくても、明菜も甘えたい時だってあるだろ」
言い募れば募るほど明菜の本心はミエミエだ。
静の様子を見て羨ましくなってしまったんだろう。
「私の本心言い当てるのズルい」
「明菜がわかりやす過ぎるんだって」
もう顔が真っ赤だし、首も手の甲も赤い。
体質というのか、恥ずかしくなるとすぐ赤くなる。
感情の動きは本当にわかりやすい奴だ。
「じゃあ、お願いしてもいい?膝枕」
「明菜が気にいるかわからないけど」
ソファーの端っこに寄って、ぽんぽんと膝を叩く。
いつも静に膝枕をしてやる時の体勢だ。
「じゃ、じゃあ。お邪魔します……」
おずおずと俺の膝に頭を預けてだらんと横になる明菜。
「確かに、落ち着くかも……」
緊張が解れて来たのか明菜の身体の力が抜けていくのを感じる。
静にしてやってるように髪をてっぺんから前に流すように撫でる。
静と違って髪が長いから撫で心地がいいな、なんて思う。
「ふわぁ」
そしたら、目を細めてすっかりおとなしくなってしまった。
静も言ってたけどそんなにも落ち着くものなのか。
「どうだ?膝枕の感触は」
「すっごく気持ちいい。静ちゃんの気持ちがわかったよ」
少しだけ恥ずかしそうにしながら言う明菜は可愛らしくて。
俺は俺で小一時間、明菜を膝枕してやったのだった。
結局、ゲームをせずに膝枕だけした夕方。
「その。これからも、時々膝枕いい?」
「病みつきになったか」
ちょっと面白くてからかってみる。
「静夜の意地悪」
「悪い悪い、いつでも大丈夫だぞ」
「うん。じゃあ、時々、お願いするね。じゃあ、バイバイ」
よほど恥ずかしかったんだろう。
そそくさと走ってマンションの一階上に駆け上がってしまった。
◇◇◇◇
「やー。初めて膝枕要求した時の明菜は見ものだったな」
「ううー」
その時の事を思い出したのか、どうにも赤くなっている。
それで居て離れる素振りがないのも笑ってしまうけど。
「静夜は膝枕するの嫌?」
「そんなわけないだろ。俺も明菜が甘えてくれるの嬉しいし」
元々、身内枠に入った人間を自然と助けたくなる性質だった。
こうして甘やかせるのも実は少し誇らしかったりする。
「だったら、からかわないでよ」
眉根を上げて抗議の視線。
「こういうのも楽しいもんだろ?」
「そ、それはそうだけど。私が負けた気がするから」
時々明菜が持ち出す「勝ち負け」。
「お互い楽しいし、Win-Winだと思うんだけどなあ」
「私が一方的に甘やかされてるもん。負け続き」
「嫌なら止めるか?」
「わかってる癖に」
「言ってくれないとわからないなー」
こうして、ちょっと言葉でイジメるのも楽しい。
「もう。甘やかされるの大好き!これでいい?」
「それでよし」
ちょっと悪戯心が湧いて首筋を触ってみる。
「……!」
ビクンと身を捩る明菜がとても色っぽい。
「そ、その。首筋触るの反則……!」
「ラブコメで出てきたの真似てみたんだけど」
「そ、それ。エッチな漫画じゃないの?」
「いや、別にそういうシーンはなかったけど」
髪をなでたりほっぺを触ったり。
それだけなのも芸がないので研究していたのだ。
「なんだか怖くなって来た」
「なんで怖い?嫌だったなら止めるけど」
「そうじゃなくて。これも好きになりそうなのが怖いの!」
そういえば、いつか似た台詞を聞いた気がする。
確か静からだったか。
「少し真面目な話なんだけど。怖いっていうのはなんでだ?」
単なるじゃれ合いの延長線上と少し違う気がした。
「だって。どんどん、静夜に依存してくのがわかるから」
ああ、そういうことか。
静もお兄ちゃん離れしないとなのに、と言ってたっけ。
当時の事を持ち出すと「黒歴史止めて!」と言うくらいには巣立ったけど。
「じゃあ、付き合うか?明菜の悩みは解決するんじゃないか?」
今の俺たちはどうにも妙な関係だ。
こんな事をする間柄でありながらお互いに告白はしていない。
友人には「お前ら付き合ってないの?」と意外がられた事がある。
ぶっちゃけ俺はこれ以上ないくらいに明菜が好きだ。
うぬぼれかもしれないけど、明菜もきっと。
なら、この機会に正式にお付き合いしてもいいと思う。
「意地悪」
何故か抗議の声がかえって来た。
「何が意地悪?」
「だって。私から言わせようとしてるでしょ」
「そりゃ、こういう時はそっちから言うのが筋じゃないのか?」
もちろん、俺から伝えたっていい。
しかし、明菜は要は「お付き合いしてないのに、依存してくのが怖い」のだと。
そういう意味合いの事を言っている。
なら、明菜から言って欲しい。
「うー……わかった。ちょっと待って。言葉考えるから」
膝枕されながら言う台詞じゃないと笑いそうになる。
「静夜、笑ってるでしょ」
「いや、笑ってない。膝枕されながら言う台詞じゃないなって思ったけど」
「やっぱり笑ってる!」
「それは脇道だろ。で、どうだ?」
全然、緊張しないのは明菜の好意があまりにも透けて見えるからだろうか。
「大好き、静夜。これからもいっぱい甘やかして?」
明菜が上半身を起こして、耳たぶをぺろんと舐めながら囁いてくる。
艶めかしいその声は俺も思わずゾクっと来るものだった。
しかも、「甘やかして」とは普段の明菜らしくない物言い。
まずい。これまで完全に優位だったのに、今の感覚は……。
「んふふー。ゾクっと来た?ゾクっと来た?」
予想通り、明菜はそこを突いて来た。
「ゾクっとしてない。単にくすぐったいだけ」
「ふーん。じゃあ、もっとしちゃうから」
また耳たぶをペロンと舐められる。
明菜に攻守逆転されるなんて屈辱……!
なら、これはどうだ。
ぐっと顔を寄せて、唇を合わせる。
しかし、これは半分自爆かもしれない。
勢いで初キスしてしまったが、なんとも気持ちいい。
「ちょ、ちょっと。こんな初キスあんまりだよ!」
しかし、明菜にも効果はてきめんだったらしい。
にやりと笑って、
「そう言いつつも明菜さんはまんざらでもなさそうだけど?」
「くー。意地悪……!攻守交代!」
羞恥心が限界に達したのだろう。
明菜が逆に座って俺を強引に膝枕して来た。
く。なんだ、なんとも言えない気持ちよさは。
「どう?膝枕される側の気持ちは?」
攻守逆転とばかりに明菜が悪い笑顔になっている。
仕返しのつもりか。
「ま、まあ。少しは気持ちいいかもしれないな」
「ふーん。じゃあ、こういうのは?」
髪をてっぺんから前に流すように撫でられる。
こいつ、完璧に俺の真似してやがる。
「まあ。気持ちいいと言えなくもないかもしれないな」
「静夜もようやく私の気持ちがわかってきた?」
「……少しは」
しかし、やられっ放しは悔しい。
そういえばと思い出して。
起き上がって、耳たぶを舐めながら「好きだぞ」と囁く。
「……!」
予想通り、効果はてきめんだったらしい。
「もう。なんで私に攻撃させてくれないの?」
「俺は明菜に甘えるより甘やかしたいんだよ」
「それだったら、私だって静夜を甘やかしたい」
「平行線だな」
「平行線だね」
じっとにらみあった俺たち。
「じゃあ、先に音を上げた方が負けな」
「わかった。私の攻撃力を見せて上げるんだから」
ということで小一時間やりあった結果。
「わ、私の負けでいい」
「まあ、年季の違いってやつだ。伊達に長年膝枕してないからな」
「もういいや。その代わり、これからも甘やかしてね」
「そりゃもちろん。逃れられないくらい甘やかしてやるぞ」
「やっぱり怖くなってきた」
結局、恋人同士になっても変わらずいちゃついてる俺たちだった。
「あ、そう言えば改めてだけど」
「どうしたの?静夜」
「俺も明菜のこと大好きだぞ。ずっと一緒に居ような」
「今言うの反則!」
「勝ったな」
「また負けちゃった」
これからも俺達はこんなくだらない勝負を続けていくんだろう。
きっと、何十年か先にも。
カップル未満(?)な二人がじゃれあうだけのお話でした。
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