09
第十二班のメンバーとホムラは再び車掌室に。シスカとエイミーの魔獣達は姿を消していた。指示された場所のグレムリンを全て退治したことを告げられた車掌が、またも頭を下げて礼を言い、
「そういえば、ベイツ様方は……?」
後部の三車両を任せたライプフェルト最終学年第二班のメンバーを気に掛けた。
「じゃあ、私達が様子を見てきます」
エイミーが言って、十二班の四人は車掌室を出る。木造の廊下を軋ませながら歩く中、先頭に居たエミリオが口を開いた。
「僕が一人で行くよ」
「何で? あたし達も一緒に――」
言いかけたシスカに、黒髪の札士が言葉を被せる。
「駄目だ。奴は危険だ」
「奴……?」
「うん。二班は奴に全滅させられる……」
「ちょっと待て! お前は何を知ってる?」
シスカとエミリオの会話に、ラルフが割り込む。ラルフはジャケットのポケットから薬包紙と呼ばれる半透明の薄い紙を取り出し、目の前のエミリオに突き付けた。
「座席の下に落ちてた。これはお前のだろ? 嗅いだことの無い魔法薬の匂いだ」
事態を把握しきれていない女子二人。シスカの肩に白い鷹が出現する。
「僭越ながらですが、私の意見を述べさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
誰にでもなくネーヴェは訊き、続ける。
「七号車でのコルネット様の術式ですが、私の記憶が正しければ光を司るとされる召喚獣のみが使えるはずのものです。補助的に札を使ったにしても、あれは本来決して人間が使えるものではありません」
「本当なの? ネーヴェ」
驚いた様子で訊ねるシスカに、ネーヴェは肩の上で静かに頷く。
「全部話して。あなたは何を知ってるの? あなたは……何者なの?」
シスカがエミリオへと視線を移して訊ねた。しばしの沈黙ののち、エミリオは息を深く吐いて頭を掻く仕種。
「……全部知ってる。奴――あんたも戦ったあの男が誰なのか、これから何が起こるのか、僕が何なのか、全部話すよ。取り敢えず席に戻ろう」
エミリオはその赤い双眸を、シスカ達へと向けた。
「まず……」
六号車の窓際、元居た席に座ったエミリオは一呼吸置いて、
「奴はトリアスと呼ばれてる。正式名称はフェルクタール〇三・攻撃力、移動能力増強型。腕力、脚力を増強させて、比較的短距離のテレポート能力を備えた人造兵。それが造られたフェルクタールっていうのは、最北の到達不可能域の地下にある世界政府非公認の街」
そこまでを一気に喋った。到達不可能域とは現時点で使用でき得るあらゆる移動手段、防寒設備を用いても決して立ち入ることのできないとされる、北極点から周囲数百キロメートルの区域を指す。
エミリオは視線を窓の外、ただひたすら流れる景色へと向けて、
「――その街が、僕の生まれ故郷だ。僕はそこでフェルクタール〇一――コードネーム・シルルと呼ばれてた。与えられた能力は過大な魔術能力と少しの予知能力」
隣に座るラルフが口を開く。
「さっきの包みは?」
「予知能力と魔力を抑制する薬。それを切らせば能力が暴走して僕は死ぬ」
こともなげに言ったエミリオを真っ直ぐに見つめるシスカが、
「その、フェルクタールの目的は?」
「この世界の改変。古代から近代までのあらゆる魔術を駆使して造った人造兵を世界にばら撒いて、世界を支配しようとしてる」
それを聴き更に言葉を発しようとしたシスカを遮るように、エミリオが首を横に振りながら続ける。
「いや、僕は違う。一番最初に造られた僕は、彼らにとって欠陥品だったんだ。あるとき僕は彼らのやろうとしていることに疑問を覚え、そして少しの間、薬を飲まずに居た」
――今よりずっと未来を見たんだ。そう呟いた彼は、両手で顔を覆った。指の隙間からはフェルクタールで造られたことを示す赤い瞳が覗く。
「それはとても、許せるものじゃなかった」
そしてシスカは、正面に座るエミリオの目を見て訊ねる。
「要するに……あなたは、あたし達の敵じゃないのね?」
「一応そのつもりだよ。信じてはもらえないかもしれないけど」
「実際コルネット様はグレムリン退治に協力して下さいました。敵であればその必要は無いはずです。ただ、私としては一つ気になることが」
シスカの膝の上に居るネーヴェがそのすみれ色の目を一度閉じて、開く。
「先程のような術式を使う場合、例え人ならざる者だとしても、恐らく何かしらの犠牲を払う必要があるはずかと思うのですが……」
顔を上げたエミリオは、ただ真っ直ぐに七号車の方を見ていた。ネーヴェの台詞に応える様子は見せず、
「その話は後だ。奴が来る」
立ち上がり、腰に着けたバッグに右手を添えた。
「奴に勝てるかは判らないけど、みんなを巻き込む気は無い。ここで待っていて欲しい」
「勝手に決めるな。言ったろ、俺は俺のやりたいようにやる」
赤髪の魔弾士は言って、窓の上の荷物置きから角鞄を下ろす。再び席に着き膝の上に置いたそれを開けると、中心には銃のパーツと思われる円筒形に膨らんだ麻袋が四つ、脇には二つの木箱とメンテナンス用のガンオイルなどが詰まっていた。二つの木箱のうち一つを手に取る。ジャケットのポケットにしまってあった予備弾倉も取り出すと、木箱から取り出した弾丸を一つ一つ込めていく。
最後の一発を込めて、それをまたポケットにしまったラルフが、
「二人は?」
「行くよ」
シスカが答え、
「わ、私も!」
エイミーもそう言ったが、
「いや、二人は行かない方がいい」
苦い顔をして二人を制したエミリオの脳裏にあったのは、近い未来の情景だった。それを断ち切るように首を振って、エミリオは何も言わずに七号車への扉へと向かう。いくらか軽くなった木箱を再び角鞄にしまうと、それを荷物置きに上げたラルフが、
「そういえば、結局まだ昼飯を食ってなかったな。もし良ければ何か買ってきといてもらえるか?」
笑顔で二人に言い残し、六号車を出て行く。シスカは憮然とした表情を、エイミーは物憂げな表情をして、音を立てて閉められた扉をそれぞれ見ていた。ネーヴェは、
「恐らく何か、予知をされたんでしょう。お嬢様方のためを思ってのことだと思いますよ。コルネット様の予知能力も現状疑う余地の無いものですから、恐らくこのまま七号車に行けば的中するかと」
そして、何か御用があればお呼び下さい、と付け足してその場から消えた。
シスカが憮然とした表情のまま、
「……納得いかない」
宙を睨んで呟く。
「予知のこと?」
柔らかな物腰で訊いたエイミーにシスカは首を振った。
「それはいいのよ。ネーヴェが言うならエミリオの予知は本物だろうし、あたしもまだ自分が未熟だって知ってるから」
そこで一度ため息を吐き、
「エミリオ自身も勝てるか判らないって言ってたでしょ? あんな過去を聴かされておきながら、力になれないのが悔しいのよ」
窓の外を流れていく斑の草原を見ながらシスカが言う。エイミーは、
「やっぱりみんな、色々なものを背負っているのよね……」
エミリオが語った過去を思い返し、口を開いた。
「私は少し前まで、ずっと自分だけが大きい荷物を背負わされて生きてると思っていたから」
世界中に広くその名が知られる程の名家であるアルトナー家の一人娘はそう言って微笑む。
「今はシスカのお陰で考えも変わったけどね。一緒に戦わなくとも、力にはなれるものよ」
「……うん。ありがと、エイミー」
シスカは目の前で笑顔を見せる親友に、はにかみながら礼を述べた。