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ストレイン(仮)  作者: 犬塚ゆき
第一章・ミゼル‐ヴィーリ間定期列車
7/20

07

 再び走り出す列車の揺れの中、遠くでは銃声やグレムリンの断末魔が聞こえ始める。シスカ達が六号車に到着すると、エミリオが先程と同じ席に座り、容器に入ったお茶を飲んでいた。

「全部知ってるから話さなくていいよ」

 窓際の小さなテーブルにお茶を置き、席を立った。浮かんだ疑問を口にしようとするシスカを尻目に、エミリオは脇に置いていたウエストバッグをベルトに留めて歩き始める。

「あの、ラルフさんは……」

 心配そうに言うエイミーに、

「あいつなら大丈夫。要らない心配だよ」

 どこか確信めいた口調で返し、エミリオは七号車へと向かう。彼の様子に戸惑いながらも、シスカ達は後に続いた。

 連結部、七号車の扉を前にして、

「凄い臭いだ。扉の向こう、大変なことになってそうだぜ?」

 口を開いたのは鼻に皺を寄せたメーセだった。紺色の体毛は無意識に逆立ち、爪が木の床に食い込む。対してエミリオが全く表情を崩さずに、

「そうだね。でもまあ、それも大丈夫でしょ」

 右手で腰に着けた革製のバッグの垂れを上げ、中に入っていた札を四枚、指で数えて取り出す。それを二枚ずつにして左右の手に持った。

「フィオ、おいで」

 シスカはエイミーに抱かれていたフィオーレを自らの肩に乗せると、

「じゃあ、開けるよ?」

 訊いて、他の全員が頷く。木製の引き戸を力いっぱい開けた。



 シスカ達が七号車に辿り着いた頃、最後尾である十号車の屋根の上に、ラルフは立っていた。

「発車するなら発車するって言えよな……」

 赤い髪に革のジャケットを着た魔弾士は、誰にともなく文句を口にする。下げた右手には銃口から白い煙を上げる自動式拳銃があり、左手で痛そうに押さえる右肩は、ローブの男との戦闘で負傷した――わけではなく、

「……転んじゃったじゃねえかよ」

 列車が動き始めた際の転倒によるものだった。


 それは食堂車で見かけたローブの男を追い、屋根の上で対峙した際のことだった。ラルフを視認した男が突進を仕掛けてくるのと同時、車両が突如として動き出し、よろけて転倒したラルフは自らそのまま列車の屋根を転がり、突進してくる男を避けた。そして右手で持っていた拳銃のスライドをもう片方の手で引き、弾丸を装填。両手で構えて瞬間で狙いを定め、握ったグリップを通して銃弾へと魔力を込める。

「我が魔弾に宿りし炎、灼熱の根を張り彼の者を縛る鎖と成れ!」

詠唱と共に銃が火を噴いた。轟音と殆ど同時に弾は狙い通り男の腹部に当たり、

「うぐぁ!」

 妙な声を上げ、ローブの男は倒れる。撃ち込まれた弾丸は男の体内で勢いを止め、急激に熱を帯びて男の肉体を内側から破壊しているはずだった。男は驚きと苦痛に満ちた表情で、自分が先程落としたトランクを探し始める。

「――無駄だ」

 赤髪の魔弾士は男の背後に立っていた。銃口はフードを被った頭に突きつけられ、男の身体が大きく一度震える。

「お前は一体どこの誰なんだ」

 銃を押し付けてのラルフの問いに、ローブの男は答えない。男の肩が小刻みに震え始めたかと思うと、

「ははははははは!」

 笑っていた。

 その後男は、ひるんだラルフの隙をついて列車の後端へ。慌ててラルフが引き金を絞ったが間に合わず、弾は列車から飛び降りる男を掠めて飛び去った。ラルフはすぐに男が飛び降りた位置から地面を見下ろしたが、そこには所々錆び付いた銀色のレールが一本、ただ流れて行くのみだった。


「……あいつらと合流しないとだな」

 ラルフは十号車のグレムリンを全滅させたことを確認すると、残り少なくなった弾倉を抜いてポケットの中の予備と交換。左の掌でグリップの底へ叩き込み、右手親指で安全装置のレバーを上げる。九号車との連結部分に降り、六号車を目指して走り出す。



 七号車は惨憺たる有様だった。開いていた窓から進入したグレムリンが、電灯にぶら下がり、座席をかじり、乗客の荷物をあさる。乗客

達は一様に身体を丸め、嵐が収まるのをただ待っていた。

 不意に入室してきたシスカ達に、グレムリン達はその不気味な程大きな目を向ける。通常は機械にのみ興味を示すはずの種族だが、数秒の沈黙の後、

「!」

 シスカ達へと一斉に襲い掛かかる。窓の外に居たグレムリンも集まり始める。

「ネーヴェ! メーセ!」

 シスカに名を呼ばれた鷹と狼は飛び出し、差し出されたシスカの腕の上に立ったネーヴェは瞬時に張った結界でシスカ達を護る。結界の外のメーセは列車内という場所柄、派手な攻撃魔術を使うことができず、自らの牙に魔力を込めて一体につき一噛みで仕留めていく。

 しかし車両内にざっと数十体は居るであろうグレムリンの数は一向に減る素振りを見せない。遊ぶように飛び跳ね逃げ回るグレムリンを、メーセは絶え間なく追い続ける。

「それじゃキリが無いでしょ」

 黒いインクで文字が書かれた白い布を両手に二枚ずつ持つエミリオが、涼しげな顔で言った。続けて、

「そのままもう少し維持してて。僕は一度結界を出る。その間、誰か援護を」

「ヒーロ、お願い」

「仕方ないわね」

 エイミーの指示に応えるヒーロは、ネーヴェの作り出す白い光の壁をエミリオと共に通り抜け、前線へと出た。その場に居る数十体のグレムリンがそれを発見し、彼らの言語で会話する。そののち、座席の背もたれの上で牙を剥くメーセに向かっていたグレムリンの一部が、狭い通路を走るエミリオとヒーロの方へ。

「来るよ!」

「わかってるわよ!」

 エミリオに対し声を張り上げた水色の猫は、空中に生成した無数の氷の楔を順番に放ち、襲い掛かるグレムリンを近いものから刺し、抉り、貫いていく。気泡一つ無く透き通った全長三十センチ、最大幅十五センチ程の円錐型をした氷塊は、ヒーロが背負う形で宙に浮かんでいた。それらは放つ分だけ次々と生成、補充され、その数は常に六つを保つ。

「メーセ、カバーして!」

 シスカが指示を飛ばし、メーセが無言で従う。黒いシャツの少年と水色の猫の後ろに連なるグレムリンを、紺色の狼が断ち切っていった。魔獣二体に援護されるエミリオは、手に持っていた札を奥の左右の隅に貼り、それぞれ貼った後に指で印を切る。ネーヴェの作り出す白い光の中に戻ったエミリオは、残る二枚の札も同じように手前の隅に貼り終えると、ウエストバッグから新たに一枚を取り出す。遅れてメーセとヒーロも結界の中に戻った。

 左手の中指と薬指を水平にして五枚目の札の上辺を挟み、結界へと向かい来るグレムリン達に向ける。それは先程の四枚とは逆の、黒地に白い文字が書かれたもの。やはり古語であるその文字の意味は、文献無しではその場に居た誰にも理解はできなかった。――ただ一人、それを書いたエミリオを除いて。

「光の理に従い、闇を浄化せよ」

 静かに、それでも強い声で札士の青年が言う。車両の隅に貼られた四枚の札を結ぶように光の線が走り、その内部が淡く光る。掲げた黒札が青い炎に包まれて消えるのと同時に、七号車内――貼られた四枚の札を結んだ線の内側に居た数十体のグレムリン達も、同じ青い炎に焼かれて消失した。

「じゃ、次行こうか」

 エミリオが言い、何事も無かったかのように六号車へと歩いて行く。シスカ達がその後に続く中、シスカ達の目の高さ程をゆっくりと飛ぶネーヴェが、誰にも聞こえないような小さな声で、

「あの術式……本来人間に扱えるはずのないものなのですが……」

 齢一三〇〇を超える老練たる魔獣は、目を細めてそう呟いた。


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