06
「当列車の車掌を勤めます、クライバーです。現在、突如発生したグレムリンによって機関室が占拠され、更に車体を覆うように拡散。車体の損傷も発見されています。個体数はまだ正確には判りませんが、恐らく百体前後は……」
鉄道会社の制服であるスーツに制帽姿の四十歳代の小太りの男――クライバーは、六帖程の車掌室に集まった魔術師と召喚師に向けてそう伝えた。車掌の放送を聞いて駆け付けたのは六名。その中にはシスカとエイミーも含まれ、二人の傍らには既にネーヴェ、メーセ、フィオーレ、そしてヒーロが姿を現していた。
「魔物用の防御壁は正常に作動しているはずなのですが……」
胸ポケットから取り出したハンカチで、制帽の下、額の汗を拭いながらクライバーが言う。クライバーがちらりと目をやった壁には、「対魔防御壁」の文字と、正常作動中を示す青いランプ。
「大変お恥ずかしい話ですが、我々ではもうどうにもならないのです。どうか、お願いします」
そこまで言って帽子を脱いだクライバーは、汗の滲んだ薄毛の頭を深々と下げた。
「で、どこをやれば良い? 手分けして掛かった方が良いだろう」
唐突に発された声に驚いた様子で、クライバーが上体を起こす。向かって右端に立っていた、束ねた黒い長髪を持つ女性だった。女性すらりとした体躯に大きめの茶色いロングコートを纏い、その下に着た黒いカットソーの首許にはペンダントの鎖だけが見える。コートと同じ色をしたズボンのベルトに挿して固定された鞘は、緩やかな孤を描き、角度によっては黒にも赤にも見える不思議な色をしていた。収められた刀の楕円鍔には掛け軸と三日月の透かし彫りがされており、柄の部分には握りを良くするために細い麻紐が幾重にも巻かれていた。
「あ、はい。えぇと……」
「スズシロ・ホムラ。スズシロが苗字だ」
東方特有の名前をクライバーに告げ、コートの内ポケットから取り出した携帯用の魔術免許を見せる。
「ではスズシロ様は一号車から三号車をお願いします」
クライバーがまた頭を下げて、黒髪の女性魔剣士は短く、
「承知した」
とだけ言って車掌室を出て行った。顔を上げたクライバーに、シスカがライプフェルトの校章の入った手帳を出して名乗る。
「ライプフェルトの最終学年第十二班、フランシスカ・シュッツとエイミー・アルトナーです」
車内に同じ班の人間がもう二人居ることをエイミーが付け加え、
「では、シュッツ様とアルトナー様、そしてお連れのお二方は四号車から七号車をお願いします」
クライバーが、先程ホムラに対してもそうしたように、シスカとエイミーに頭を下げた。
「解りました」
シスカが返す。そして間を空けず、
「同じくライプフェルト最終学年第二班、アーノルド・ベイツだ。こいつらはミシェット・コナーとオム・ギヨン」
低い声で、はっきりとしない口調。エイミーの右隣に立つアーノルドが手帳を見せる。スキンヘッドに筋骨隆々たる体つき。深緑のジャケットとズボンを纏い、校章入りのピンズはジャケットの襟に。腰の左右にホルスターが一つずつ着けられ、右には輪胴式、左には自動式の拳銃がそれぞれ収まる。
「ベイツ様とコナー様、オム様は、八号車から十号車をお願いします」
「了解」
応えてアーノルドは車掌室を出る。後に続くのはアーノルドと対照的に小柄な男子ミシェット。ライトグレーのキャスケットを被り、藍色をした薄手のセーターを纏う右の二の腕には校章入りのスカーフを巻き、左腕には灰色の蛇の姿をした魔獣を這わせていた。そして一番端に立っていた男子。東方に位置するパラムの街出身のため、オムが姓でギヨンが名。ギヨンは短く刈られた黒髪で、スリムな印象を受ける黒づくめの服装。剣や銃などの武器を持っている様子も無く、魔獣も居なかった。校章のデザインされたピアス一つだけが右耳に光る。
二班の三人が先に去り、続いてシスカ達も車掌室を後にした。部屋には頭を下げたままのクライバー車掌だけが残り、自分以外の全員が部屋から出て行ったことを確認して頭を上げる。クライバーは重たそうな身体を引きずるようにして机まで歩き、ゆっくりとした動作で椅子に座った。懐から取り出した煙草に火を点けるも、落ち着かない様子ですぐに灰皿で揉み消し、疲れきった目を窓の外へと向ける。
シスカとエイミー、そして魔獣達は列車の中を急ぐ。乗客達は時折グレムリンが立てる大きな音に怯えながら、席で身を屈めていた。
「それにしても、原因は何なのでしょうか……」
ハーフアップにしたブロンドを揺らして走るシスカの、その目線の高さを飛ぶネーヴェが客車の様子を見ながら呟く。それを聞いたヒーロがすぐさま、
「そんなことより、あいつらを何とかするのが先でしょ!」
「確かにな。で、どうすんだ?」
メーセの問いかけに、
「取り敢えずエミリオ、ラルフと合流しなきゃ。車掌さんから聞いたことを話して、七号車まで行ったら折り返しで攻撃開始」
シスカが床に転がった乗客の荷物を飛び越えながら答えて、
「了解っ!」
フィオーレを抱いて走るエイミーが同意した。
同じ頃、ホムラは一両目――機関車両の扉から外に出て、グレムリンを次々と斬り倒していた。グレムリンは茶褐色の猿のような外見で、被毛は無く、骨張った細い手足と尖った大きな耳を持つ。
「破っ!」
彼女の武器である湾刀を水平に払い、列車に群れる魔物を薙ぐ。一両目――機関車両のグレムリンの殆どを倒し、二両目の炭水車に向かいながらその場に居た機関士達に声を飛ばす。
「今のうちに列車を動かせ! 集まる奴らは私が引き受ける!」
機関士達は了解し、機関部の損傷を確認。運行に支障が無いことを確かめると、準備を始めた。
「待てっ!」
停まった列車の最後尾――十号車の屋根の上では赤い髪をした青年が膝を着き、安全装置の外された銀色の自動式拳銃を両手で構えていた。列車は停まっていたが、横殴りの強い風がラルフの髪とジャケットの裾をはためかせる。目線の先、車両の後端では黒いローブの男が背を向けて立っていた。列車の屋根や外壁、車輪にも多数のグレムリンが居たが、二人には目もくれずに列車のパーツを齧り、または壊していた。キィキィという甲高いグレムリンの声と列車のパーツがむしり取られる音、そして風にはためくラルフのジャケットの音の中、
「…………」
ゆっくりと振り向いた男は何も言わず、銃口を自分に向けるラルフを視認するとフードの下でにやりと笑った。そのままの表情で両手を挙げて、右手に持っていた黒いトランクをその場に落とす。落ちた衝撃でトランクは開き、内側に描かれた複雑な魔法陣が陽光に晒された。ラルフはつい先程、その魔法陣からグレムリンが出てくるのを見ていた。通常、魔法陣は間接的にでも魔術師が触れていない限り発動はしない。立ち上がったラルフは照準を男に合わせたまま、じりじりと距離を詰めていく。
ローブの男との距離があと数メートルになったその瞬間、大きな揺れがラルフを襲った。バランスを崩してよろけるラルフの瞳に、揺れをものともせず瞬時に距離を詰める男が映る。その口許は、やはり凶悪に歪んでいた。