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ストレイン(仮)  作者: 犬塚ゆき
第〇章・プロローグ――ミゼル
3/20

03

「それでは班の発表をします。名前を呼ばれた者は前へ出て、手帳を受け取るように」

 ライプフェルト大学のA棟第三講堂の、すり鉢状に並べられた席に着く四十人強の最終学年生を前にして、最終学年についての一通りの説明を終えたヘルガ・ビルギット・ハルストレムが言った。ハルストレムは恰幅のいい、ライプフェルト大学初とされる女性校長。彼女もまた魔獣士であり、一つの班番号につき三、四人ずつの学生の名前、そして担当講師の名前を読み上げていく間、赤い獅子の姿をした魔獣は行儀良く彼女の脇に座っていた。

 名前を呼ばれた学生が、教卓で校章の入った深緑色の手帳を受け取って席に戻る。それを繰り返して、徐々に教卓に置かれた手帳は減っていき、

「――第十二班。エイミー・アルトナー、ラルフ・ニクラス・ベックマン、エミリオ・コルネット、フランシスカ・シュッツ。担当講師、クリストフ・デュクドレー」

 シスカとエイミーを含む班が呼ばれた。名前を呼ばれた四人は講堂中央の階段を降り、教卓へと向かう。

 十二班のうち、最初に手帳を受け取ったのはエミリオ・コルネット。どこか幼さを感じさせる顔立ちと短い黒髪を持ち、白いインナーに前開きの黒い長袖シャツを羽織った男子学生。黒いズボンの脇、ベルトに掛けて留められた革製の小さなバッグには、ライプフェルトの校章の入ったピンバッジが付いていた。

 続いてシスカとエイミーが手帳を受け取る。席に戻る際にすれ違った二十一歳の男子学生ラルフ・ニクラス・ベックマンが、

「よろしく」

 二人に向かい、爽やかに笑ってそう言った。その笑顔が似合わないと思える程、彼は他の生徒に比べて派手な格好をしていた。飛び抜けて高い身長に加えて、真紅に染められた長めの髪、下は色褪せたジーンズをはき、髪と同じ赤のシャツの上に着た黒革のジャケットには銀のスタッズ。空の拳銃用バックホルスターを腰に着け、赤茶色のエンジニアブーツを鳴らして歩く。

 その後も数班分の名前が呼ばれ続けたのち、教卓の上の手帳が全て無くなったことを確認したハルストレム校長が言う。

「この後は担当の先生方に従うように。先生方はそれぞれの部屋にいらっしゃいます」


 ライプフェルトの最終学年では、一人の講師が三つから五つ程度の班を受け持つ。

 講師は担当した班一つにつき一冊の手帳を持ち、学生達の持つ手帳と魔術で繋がる。手帳に文字を書き込み合うことによって、学生達との連絡を取るのだった。

 シスカの居る十二班を担当するクリストフ・デュクドレーは、その他に一班と八班を担当することになっていた。それら三つの班の学生がデュクドレーの部屋へと向かう。それは大学の敷地内の北側、陽のあまり当たらない場所に建つ講師室棟の地下一階にあった。

「あぁ、狭くて散らかってて済みません。まぁそんなに時間は取らせませんので、ちょっと我慢して下さい」

 その部屋の主は床に散らばった本や道具を拾いながら、入室したシスカ達にまずそう言った。自由に伸びて所々跳ねたブルネットの癖っ毛と、無精髭に眼鏡。所々ほつれた黒いローブを羽織る彼の姿は、三十六歳という実年齢を一回り程老けて見させた。

 元より講師室はそう狭くはないが、デュクドレーの部屋は扉と机の周りを除いた壁が魔術書や魔具などで満ちた本棚で埋め尽くされており、殆ど半分以下の広さになっていた。

 やがてデュクドレーは部屋の奥中央に置かれた机の前に立ち、再び口を開く。

「えぇと、大体は校長から聞いてると思いますし、長々と話すのも申し訳ないので取り敢えず最初の場所と目的だけ伝えます。勿論そこまでスムーズに行けない場合もありますので、問題があった場合は私に連絡したのちに各班で対処して下さい」

 机に置いてあった書類を手に取ると、彼は続ける。

「では、八班はイルフメイスで要人警護。一班はルーフェン、十二班はヒノサトでそれぞれ魔物退治をお願いします。詳細は現地で手帳を見せれば聴けるはずです。最初の目的地での任務終了後は各班で情報を収集し、そこから先の行動を決定して行動して下さい。その際も私への連絡を忘れないように」

 そして、行動開始は各班のメンバーの準備が整い次第いつでも可能であることを告げて、デュクドレーは話を終えた。


「何だよ、要人警護って! 俺は別に警備員になるためにこの学校に入ったわけじゃねえってんだよ!」

 コンクリートとレンガで囲まれた地下の廊下で、紺のブレザーを着た八班の男子学生であるジャック・アルバレスが不意に叫んだ。薄暗い通路に反響するその声が消えるより早く、ジャックは近くに居たエミリオの胸ぐらを掴む。エミリオは抵抗せず、表情も変えず、何も言わない。その雰囲気に誰も止めには入れず、一斑の学生達は逃げるようにしてその場を去って行った。

 八班のメンバーとエイミーは不安げに、シスカは眉をひそめて、ラルフは落ち着いた様子でジャックとエミリオを見ていた。

「何でこいつなんかが魔物退治で、俺がお偉いさんの面倒を看てなきゃなんねえんだよ! こいつは、こいつはなあ――」

「ちょっとあんたいい加減に――」

 いよいよシスカが挟んだ言葉は、

「いい加減にしろよ? お前」

 ラルフが静かに発したその台詞で中途半端に途切れた。いつの間にかジャックの背後に回り込んでいたラルフの右手は黒い革ジャケットの懐に入れられ、そのままジャケット越しにジャックの背中へと当てられていた。ラルフは先程の第三講堂での爽やかなそれとは全く逆の、冷たい表情をしていた。ジャックがあからさまに動揺する。

「お前……、校内での武器の所持は厳罰だぞ? 持ってるはず……」

「試してみるか?」

 かちり。ラルフのジャケットの中で鳴った金属音はラルフ自身とジャック、そしてすぐ傍に居たエミリオとシスカにだけ聞こえる小さなものだった。ジャックの頬を汗が伝い、無意識に喉が鳴る。やがて、

「くそっ!」

 ジャックが掴んでいた胸ぐらを乱暴に離し、踵を返す。その後を八班の他のメンバーが追った。八班が完全に見えなくなったのを確認して、ラルフは右手に持っていた校章入りの時計を、かちりと左腕にはめ直した。胸を撫で下ろしたエイミーが三人に歩み寄る。

「大丈夫か?」

 訊きながらエミリオの襟を直そうとラルフが伸ばした手を、

「別に。余計なお世話」

 エミリオはそう言って払い退け、自ら襟を整えると再び口を開く。

「で、いつ出発するの? 僕は荷物持ってきてるからいつでもいいけど」

「あ、ああ。俺は一度寮に戻らないとだな。二人は?」

 戸惑いながらラルフが返し、

「あたしも家に帰って、荷物を取ればすぐにでも」 

「同じく」

 その後をシスカ、そしてエイミーが答えた。

「じゃあ、俺は用意が済んだら学校の前でエミリオと合流。その後二人でミッテの駅に向かうから、シスカとエイミーはそこで合流でいいか?」

 大学脇の学生寮に住むラルフが訊いて、他の三人が同意した。

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