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ストレイン(仮)  作者: 犬塚ゆき
第〇章・プロローグ――ミゼル
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02

 七つの大学を有するミゼルでは、一般的に中等教育が終了する十七歳から大学への入学が可能になる。しかしミゼルにおける大学入学試験のレベルは他の街より高く、学生の多くは中等教育の終了後一、二年予備校に通った後に入学試験を受ける者が殆どだった。

 シスカは中等教育を卒業後すぐに、エルスールに次ぐ難関校とされているライプフェルト大学を受験し合格。ライプフェルトは三年制であるため、十九歳のシスカにとっては今日から始まる学年が最終学年となる。

 ライプフェルト大学においては、最終学年になると学舎で学ぶことはしない。数人ずつの班に別れてミゼルの街を出たあと、一年間の旅を通じて実践的な魔術やその他の技術を学ぶ。

 生徒は始業式の際に渡される手帳を持ち各地へ赴いて様々な奉仕活動をする。依頼主から手帳への記入と報酬(依頼主には後からライプフェルトに請求することができる)の支払いをしてもらう。その記帳の数や活動内容によってその生徒の成績が決まる。基本は班での行動が原則だが、負傷している場合や、生徒の能力の傾向などによりその行動が不向きであると判断する場合はその限りではない。

 過酷ではあるが、より実用的な技術が学べると好評で、シスカもその最終学年を目当てにライプフェルトへの入学を希望したのだった。

 因みに全ての魔術系大学の卒業証明書はそのまま第一種魔術免許となり、それを有するものは政府公認のバウンティハンターや魔術に関する研究者に、更に薬品の取り扱いについての免許を持っていれば魔術薬の調合などの職に就くことができる。


「――っていうか、いいのか? 用意しなくて」

 いつの間にか南の窓際に移動していたメーセがシスカに訊ねる。窓の外、ミゼルの中心部へ向かうメインストリートでは、ミゼル内の大学の校章を身に着けた学生達が家々を出て学校へと向かい始めていた。それに気付いたシスカは、

「そうだった! こんなことしてる場合じゃない!」

 腕の中で再び眠りに就いていたフィオーレを布団の上に移し、ベッドを降りるとクローゼットの中から数点の衣類を掴み出して廊下へと飛び出していった。

 部屋に戻ってきたシスカは、薄手の白いセーターにブラウンオリーブの膝丈スカート姿。セーターの左肩には大学名と守護竜であるファフニールのシルエット、そして校花であるツキノヒカリバナが描かれた楯型校章の刺繍が入る。ミゼルの大学は基本的に服装は自由だが、入学式と卒業式の際は大学から支給される深緑色のローブを纏うこと、そして通学時やキャンパス外でのカリキュラムにおいてはそれぞれの大学の校章が付いたものを必ず一つ以上着用することが義務付けられていた。

 シスカは部屋を出た際にダイニングから持ってきていたパンを食べ終えると、セーターの襟から髪を出してブラシを通し、ハーフアップにしてバレッタで留めた。鏡台の上に無造作に置かれていた通学用のショルダーバッグを手に取り、

「じゃあ、行ってきます。今日は一旦帰ってくるから、それまで留守番お願いね」

 シスカは三体に言った。

「お気を付けて行ってらっしゃいませ」

「あぁ。気を付けてな」

「…………」

 ネーヴェは慇懃に、メーセは少し粗暴に、フィオーレは寝息でそれぞれ応える。シスカは魔獣達に手を振りながら部屋を出て、玄関で黒い靴を履き家を出た。

 ミゼルでは、魔術によるテレポートや魔獣などを連れての登校は事故の恐れがあるとして禁止され、違反が発覚した際には事故の有無を問わず学校からの厳罰を受けることになる。

 馬車や歩行者が行き交うメインストリートは綺麗に舗装され、等間隔に植えられた背の高い落葉樹が薄桃色の春の花を満開に咲かせる。その遥か上空では恒星が輝き、青々とした空には白く霞んだ衛星が二つ。二つの月は古来より陰と陽それぞれの魔力の源と考えられており、今日でも一部の地域や民族では月に向かって祈ることが習慣となっていた。

 暖かな陽光の中をシスカがやや急ぎながら歩いていると、

「おはよう、シスカ」

 背後から呼びかけたのはシスカと同い年のエイミー・アルトナー。セミロングのダークブロンドヘアと、落ち着いた印象のブルーアッシュのジャケットに白いズボンと靴。ジャケットは軟らかい生地で仕立てられており、首許までがベルトで留められる独特なものだった。手にはライプフェルトの校章が入ったトランクを持つ。

 エイミーは親許を離れてミゼルで一人暮らしをしている、シスカと同じ魔獣士。猫の姿をしたヒーロという名の魔獣が、やはり家で留守番をしているはずだった。

「おはよ」

 立ち止まり振り返ったシスカが挨拶を返し、

「実家、どうだった?」

 エイミーに訊いた。エイミーが苦笑して答える。

「全然駄目ね。判っていたことだけれど、羽を伸ばすどころかやっぱりかえって疲れたわ」

 アルトナー家は代々魔獣士、召喚獣士の入り交じる家系であり、しきたりを重んじる旧家だった。エイミーも幼い頃からマナーや教養、召喚術など様々な教育を受けていた。中等教育を終えたエイミーは両親がそうしたように単身でミゼルに移り住み、ライプフェルトに首席で入学。成績は常に上位をキープしていたが、エイミー自身はそれをあまり喜んでいないようにシスカには思えていた。

 エイミーが追い付き、シスカは歩みを再開する。

「相変わらず厳しいわけね」

「そういうこと」

「ヒーロは?」

 シスカがエイミーの魔獣を気に掛ける。すました顔をした、薄い水色の猫の姿を思い出していた。

「実家に帰ったときに彼女も色々言われたみたいで、ちょっと参ってるのよね。私と一緒。フィオーレ達は元気?」

「フィオーレは寝てばっかりだし、ネーヴェは口うるさい。メーセはすぐフィオーレにちょっかいを出す」

 それはもう本当に困ったもので、という表情でシスカが応えた。エイミーも笑って、

「大変そうね。ちょっと羨ましいけど」

 魔獣は通常、魔獣士一人につき一体というのが原則だった。三体の魔獣を従えるシスカの場合は特殊で、厳密に言えばシスカの魔獣は兎の姿をしたフィオーレのみ。鷹の姿のネーヴェは父親が、狼の姿のメーセは母親が元々従えていたものが、二人の亡くなる際の命令によってシスカに引き継がれたのだった。

「実際大変だけど、あたしを護るようにって、両親が遺してくれたものだから」

 シスカがどこか幸せそうに、そう言った。

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