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ストレイン(仮)  作者: 犬塚ゆき
第二章・ヴィーリ
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 同じ頃、同じ森の別の場所では、

「あいつ、何か強くなってないか?」

 茂みの影でラルフが一人、喋りながらグリップに弾倉を叩き込む。コートは雪と土にまみれ、赤い髪も乱れていた。

『そこか!』

 声と同時に茂みの中から現れたトリアスに、

「っつうか、何言ってるか解んねえってんだよ!」

 声を荒げながら、グリップを通じて魔力を込めた弾丸を撃ち出す。弾は赤く光る軌跡を残して風を切り、しなるトリアスの巨体をかすめて飛び去った。直後、丸太のようなトリアスの腕がラルフの眼前に迫る。

「危ねっ!」

 倒れこむようにそれを避け、振り向きざまに二発。射出された赤い弾丸は、一発はトリアスに当たらず上空へと飛び去り、もう一発は振り抜かれたトリアスの腕に命中した。

「当たればこっちのもんだぜ!」

 弾丸に込めた魔力を相手の体内で放出させるというのが、ラルフの得意とする魔術だった。弾丸が命中しなければ発動させることはできないが、標的を内側から攻撃するその術式は、強靭な肉体を持つ相手に対しても絶大な威力を発揮する。

「我が魔弾に宿りし炎――」

 呪文を詠唱しかけたラルフだったが、

『どうやら、俺とお前は相性がとてもいいみたいだ』

 古語で呟くトリアス。異変を察知し、ラルフが眉をしかめる。

 その瞬間、トリアスの巨体が掻き消えた。空中に残された弾丸は、赤い光を放ちながらその場に落ちる。

「くそっ!」

 ラルフは悪態をつきながら、その場に伏せた。

 直後、弾丸に込められていたラルフの魔力が熱波となりその場に放出され、周囲の雪を溶かし、木々を揺らす。樹上に積もっていた雪が落ち、それを合図にしたようにラルフが目を上げると、そこにはトリアスが赤い瞳と不気味な笑みを見せていた。

 一瞬動きを止めたラルフの首に、トリアスの右手が伸びる。巨大な手はラルフの首を容易く掴み、そのまま持ち上げた。

「がっ――」

 宙吊りになるラルフ。

『楽しかったぞ、魔弾士』

 凶悪な笑顔を見せて、トリアスが言う。更に力を加えられていく喉を絞るようにして、ラルフが口を開く。

「だから……」

 手にはまだ、愛用の拳銃が握られていた。

「何言ってるか、わかんねえって」

 引き金に指を掛ける。

「……言ってるだろ!」

 殆ど掠れた声で叫ぶと同時に、破裂音が二回。弾丸は的確にトリアスの両膝を打ち抜いた。がくりと膝をつくトリアスの手が緩み、逃れたラルフが首を押さえて咳き込む。

「もう小細工はしねえ。頭を打ち抜いて終わりだ」

 その場から動かないトリアスの頭に自動式拳銃を突きつけ、ラルフが言った。

 発砲音が、静かな森に響く。


「まあいいわ。あたしの目的は果たしたし、元々あなた達と戦うつもりは無かったから」

 ペルムはネーヴェがぶつかる寸前に傘を下げ、軽やかに身を捻り回避していた。胸を撫で下ろすシスカの視界の端、無傷のネーヴェが大きく旋回してこちらへ戻ってくるのが見えた。

 ペルムはズボンのポケットから札を取り出し、黒い閃光と共に言う。

「じゃあね」

 それは一陣の嵐のように、辺りに静寂だけを残してその場から掻き消えた。シスカは目を閉じて意識を集中させると、メーセが姿を消して傷を癒していることを確認した。シスカの元に舞い戻ったネーヴェが言う。

「取り敢えず一度、ベックマン様と合流しましょう。あの木からの道を断たれてしまった以上、レーシィの巣へ行く他の方法を探さなければいけません」

 シスカは力強く頷くと、先程ラルフと別れた場所へ向かって走り出した。



 ヴィーリの地下――独立都市タヴァーリシシでは、リーダーであるメーチの的確な指示により、出入り口の閉鎖や人員の配置など、厳戒態勢への移行が速やかに進められていた。

「リーダー、門番と攻撃部隊の配置です。一般住民の中心部への退避もほぼ完了しました」

 タヴァーリシシ内を走り回ってきたであろうシートが、執務机に向かうメーチにメモを渡す。

「ご苦労様です、シート」

 礼を言ってメモを受け取ったメーチは、執務机に広げた地図にその内容を写していく。円形に展開されるタヴァーリシシの街は、一番外側に地上へと続く第一ゲートがあり、そこから五層内側に第二ゲートが構えられる。非常事態には第二ゲートを封鎖し、住民の保護と外敵への攻撃を行う。第二ゲートから外側へ繋がる通路に×印と門番の名前、そしてそれを援護するように攻撃部隊の名前が書き込まれた。書き込みながら、

「七番が少し弱いかもしれませんので、二番のセルゲイを回して下さい」

「マリヤの名前がありませんね。彼女ももう立派に戦えるはずです。彼女に八番への援護を要請して下さい」

 次々とシートに指示を飛ばす。シートはそれを全てメモに書き込み、

「頼みましたよ」

 というメーチの声を背に、再び走って部屋を出ていった。部屋の隅で一部始終を見ていたエミリオが、メーチに歩み寄る。沢山の矢印や記号が書き込まれた地図に改めて目を落とし、口を開いた。

「――なんというか、流石ですね」

「たまに、警官隊や泥酔した大人達に攻め入られることがあるんです。ある意味、慣れです」

 慣れてはいけないことなんでしょうけれど、と付け加え、どこか自嘲気味にメーチは笑う。その横でエミリオは、地図のある一点を見つめていた。そして、

「僕はここに居ます。何かの助けになるかと思いますので」

 とん、と指先で地図を叩く。そのポイントを覗き見たメーチが頷き、

「確かに、そこは配置に少し不安がありました。どうか、宜しくお願いします」

 力強くそう言った。



 エミリオが指したポイント、その丁度真上――ミチエーリの森の中、小高い丘の上では、

「なんだ、ありゃ」

 赤い髪の魔弾士が、丘の下の異様な光景に眉を寄せていた。

 木々を縫い、蠢くように移動する大群。それは数百という数のクスダ・シラだった。茶褐色の巨大な影が、白の森を染めていく。

「……この方向は、マズいな」

細められたラルフの目線の先は、レーシィの巣への入り口があった場所。まさにそこは、シスカ達が居るはずの場所だった。

「こいつの出番か」

 ラルフが足許に置かれた角鞄に目をやり、呟いた。


「とにかく、突っ切って下さい! 彼らは、あの樹に集まってきています!」

  上空で声を荒げるネーヴェ。ラルフと合流しようと走り出したシスカだったが、突如として現れたクスダ・シラの大群によって行く手を阻まれていた。

「突っ切るって……」

 攻撃系の魔術を得意とするメーセは、ペルムとの戦闘で負った傷が未だ癒えておらず、眠ったままだった。大群となったクスダ・シラに気圧され後退りをするシスカが、ネーヴェを見やる。直後、白く明るい空間が生まれ、シスカの身体を包んだ。

「お嬢様の周りに防御障壁を展開しました! 走って下さい!」

「……行くしかないか!」

 そして雪の地面を強く蹴り、シスカが走り出す。白い結界に弾かれ、木の枝のような魔物の手や足、身体が、次々と薙ぎ倒されていく。

「凌ぎ切れれば良いのですが……」

 シスカの位置を補足しながら上空を旋回しているネーヴェが言う。クスダ・シラを弾く度に結界は消耗し、少しずつ空間は狭まっていた。大群を抜けるまでの距離は、ざっと数十メートル程。それを確認したネーヴェが苦しげな表情を浮かべたときだった。

 ぱん。

 不意に、シスカの前方で何かが爆ぜた。同様に何ヶ所かでクスダ・シラが弾け、倒れていく。シスカの進路を阻む魔物の帯が徐々に薄くなっていた。

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