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ストレイン(仮)  作者: 犬塚ゆき
第二章・ヴィーリ
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 細かい網目のような下水道を、複雑な道程を経て居住区へと辿り着く。居住区の壁には人が入れる程の穴が等間隔で開けられ、中には何本かのパイプが通っているのが見えた。パイプの中にはヴィーリの街を暖めるための温水が流れており、その上で暖を取りながら眠るのだとシートは説明した。

「着いたぞ。ここだ」

 シートが歩みを止めたのは、下水道内で唯一の、鉄製の扉の前。元々扉に刻まれていた「制御室」の文字は色褪せ、そのすぐ下に取り付けられたプレートには「タヴァーリシシ・リーダー執務室」とあった。扉を数回ノックしたシートに、

「どうぞ」

 落ち着いた声が中から返る。シートは外開きの古い鉄扉を音を立てて開けた。

「話は聞いているよ、シート。お客さんが来たんだって?」

「はい。リーダー」

 その声がこの街のリーダーのものであると認識したエミリオが、少しだけ驚きを顔に表した。

 執務室に居たのは、そしてリーダーとしてシートに話し掛けているのは、椅子に座った一人の女性だった。ウェーブの掛かったダークブロンドの髪は長く、丈のあるゆったりとしたワンピースを纏う。とても女性的な彼女自身のイメージとは反対に、部屋の奥に向けて置かれた机の上には書類が散乱し、街のリーダーとしての忙しさを物語っていた。エミリオの表情を見て、シートは何故か満足そうに、

「驚いたか? リーダーと聞いただけでみんな最初は男だと思い込む。でも、彼女こそがタヴァーリシシのリーダー、メーチさん。二十人の男より頼りになる人だ」

 そう言って小さな悪戯をした子どものような顔で笑った。そんなシートに肩を竦め、メーチが口を開く。

「すみません。ええと……」

「エミリオといいます。それと、もし良ければこれを」

 エミリオは自分の名を告げて、先程シートにも見せた茶色の紙袋を差し出した。メーチが中身を確認。中に入っていたのは解熱剤や包帯など、いくつかの医薬品。前日にエイミーと共に訪ねた情報屋の女性からタヴァーリシシの存在を耳打ちされた際、常に消耗しやすい薬などを差し入れると歓迎されるということも教えられていたためだった。

「助かります。有難う」

 礼を述べ、それを机の引き出しにしまう。そして、

「エミリオさん、その椅子を使って下さい。シートも」

 部屋の隅に置かれていた、背もたれの無い丸椅子を指して言った。シートが椅子を二つメーチの前に持ってきて、二人はそれぞれ座る。それを確認したメーチが、

「さて、用件を伺いましょう」

 柔らかな微笑みを浮かべた。



 一方ブルコフ家のシスカとラルフは、日の出と共にミチエーリへ行くことを決定していた。早朝は最も魔物が弱るとされている時間帯であり、ようやく眠ったボリスが起きる前に全てを解決するという意図もあった。

「お前は寝なくて大丈夫か?」

 客間のテーブルで銃の整備をするラルフが訊く。木製テーブルの天板に敷かれた布の上には、分解した銃の部品が綺麗に並べられていた。

「オーリャのこと、エイミーとエミリオのことが心配で」

 ベッドの上で壁に背中を着けて座り、何かを考えるような表情をしていたシスカが、ラルフの問いに答える。

「オーリャは俺達が助け出す。エイミーも命に別状は無いらしいし、エミリオもどうせオーリャ達のために動いてるんだろ」

「……あたし、エミリオを傷付けた」

 先程の自分の台詞を思い返し、呟く。親の気持ち――それは、フェルクタールという街で人造兵として生まれたエミリオには到底解らない、解りたくないことだったに違いなかった。

「でも――」

 更に口を開きかけたシスカを遮り、

「解ってる。あいつの言い方は確かに悪かったし、お前もあいつの親を指して言ったわけじゃない」

 ラルフが言って、シスカは頷く。

「でも確かにあたしは、自分の親ならどうするかって、考えたの」

「ああ」

「私の親は魔獣士だったし、間違いなく飛んで来たと思うわ」

「でもそれは、戦う術があってこそだろ」

 自らも魔弾士を親に持つラルフが応え、手に持っていた銃のバレルをテーブルに置いて続ける。

「もし逆に親が殺されでもすれば、子どもはどう思う? 万が一それが自分の目の前だったら?」

 シスカはただ黙り、その蒼い眼を閉じた。

「寝ておけ。大仕事が待ってる」

 未だ雪を降らせ続ける厚い雲の上では二つの月が傾き始めているはずだった。日の出は、あと数時間程に迫る。



 同時刻、黒い傘を差した一人の少女が、降り積もった雪を踏みしめる。十六、七歳程の外見で、黒いレザージャケットとレザーパンツ姿。風になびく銀色の長髪は、降りしきる雪に溶け込むように、暗い夜空に映えるように輝いていた。一面を白く染めたビルの屋上、彼女はその一点でしゃがみ、僅かに盛り上がった雪に向けて右手を伸ばす。

『起きなさい、トリアス』

 赤い目をした少女が古語で呟き、グローブを着けた掌を黒い稲妻が包む。時間回帰――その手で触れた物の時間を遡らせる能力を、彼女は持っていた。アーノルドに頭を撃ち抜かれたはずのトリアスは、傷一つ無い姿で雪の中から立ち上がる。少女の背は長身であるトリアスの胸にも届かず、トリアスは少女を見下ろす。

『……ペルムか』

『あんたが壊されるなんて、大分予定が狂ってきたようね』

 ペルムと呼ばれた銀髪の少女が言った。

『問題無い。お前が来ることも想定内だ』

 トリアスはフードを被り、

『俺はまだ終わらない。まだあの赤髪の魔弾士を殺してないからな』

 先程ペルムの手から発せられたものと同じ、黒い稲妻を残してその場から掻き消えた。

『男って、何でみんなこうも馬鹿なのかしら』

 白い溜め息と共に呟くと、ペルムも屋上出口に向かい歩き始めた。



「この森に、オーリャが……」

 ヴィーリの西側に位置する森――ミチエーリの入り口で、シスカは乱雑に立ち並ぶ木々を見上げて呟く。

「結局あいつ――エミリオは戻ってこなかったな」

 足許に姿を現していたメーセが言い、

「恐らく、考えがあってのことでしょう」

 ネーヴェがシスカの肩の上で応えた。

「行くか」

 銃の確認を済ませたラルフが地面に置いていた角鞄を持ち上げ、一行はミチエーリへと足を踏み入れた。雪は降り止み、積もった雪と朝もやで白く霞むミチエーリの森。時折鳥の鳴き声や羽ばたく音が聞こえたが、それ以外は静寂に包まれていた。

「場所は判る? メーセ」

 暫く歩いた後、シスカが先頭を歩く紺色の狼に訊ねる。時折地面の匂いを嗅ぐように鼻を鳴らしながら、雪の載った草木や小枝を踏みながら、

「ああ、森の中心だな。どんどん匂いが濃くなってる。ただ――」

 そこで歩みを止め、

「早速、邪魔者が来たぜ」

 金の瞳に鋭さを宿し、メーセは顔を上げた。一行に緊張が走り、ラルフとメーセが前に出て攻撃態勢を取った瞬間、数百メートル離れた場所で鳥が飛び去る。

 そして、その男は突如として目の前に姿を現した。チャコールグレーのボディースーツの上に黒いローブを纏う、フェルクタールの人造兵トリアス。驚きを隠せない一行に、

『久しぶりだな。赤髪の魔弾士』

 古語でそう口にしながら、姿勢を落として走り出す。その軌道は真っ直ぐに、ラルフへと向かっていた。

「死んだんじゃなかったのかよ!」

 ラルフが忌々しそうに叫び、咄嗟に標的へ向けて発砲。左手に持っていた角鞄は地面に落とした。大きな音と共に銃口を離れた弾丸は、朝の森の冷たい空気を切り裂いて飛ぶ。トリアスは表情一つ変えず、なおも走り続けていた。着弾寸前で、その巨体は姿を消す。シスカが状況を掴むのに手間取っているそのすぐ傍で、

「――っ!」

 鈍い音がして、ラルフが膝を折って倒れる。その後ろに、トリアスは腕を振り切った格好で立っていた。倒れたラルフに更に歩み寄るトリアスを見て、シスカは叫ぶ。

「メーセ、ネーヴェ、援護を――」

 どん。

 一発の発砲音。動きの止まったトリアスの足許、横たわるラルフは右腕を伸ばし、手の中の銃からは白い煙が上がる。銃弾はトリアスの肩をかすめ、ボディースーツ、そして皮膚を僅かに切り裂いていた。

「お前らは先へ行け。ここへ来た目的を忘れるな!」

 声を上げたラルフがトリアスと距離をとるようにして起き上がると、

「さあ来い、怪物!」

 トリアスに向け、拳銃を構え直した。

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