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ストレイン(仮)  作者: 犬塚ゆき
第二章・ヴィーリ
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 駅から十分程歩いて、四人はその建物に辿り着いた。雪の重みで建物が潰れないように、積もった雪が滑り落ちるようにトタン屋根を斜めに掲げた小さな工場は、シャッターが半分開き、中では数人の工員が機械の操作や鉄を切るなどの作業をしていた。工場の脇からは屋根のある狭い通路が、工場の奥に建つ灰色の二階建て住居へと伸びていた。その通路から、一人の少女が飛び出す。

「お待ちしていました! どうぞ、こちらです」

 オーリャは十二班の四人に向けてそう言うと、今しがた自分が通ってきた通路へと、ケープコートに包まれた腕を伸ばした。

 住居へと歩く通路の途中、工場と繋がる扉の前でオーリャは立ち止まる。

「ちょっと、ここで待っていてもらえますか? 父を呼んできます」

 そしてやはり二重になっている扉を開けて、少女は工場の中へと入っていった。数秒後、すぐに扉から出てきたのは見たところ四十代の、オーリャの父親にしては少々老けた印象の男性だった。

「やあどうも、お待ちしてましたよ。私はオーリャの父で、ボリス・セルゲイビッチ・ブルコフです」

 オーリャの髪と同じ色の顎髭を蓄えた、人当たりの良さそうな笑顔を四人に向ける。がっしりとした身体つきに、太い手足。頭に被ったキャップと同じ薄青色のつなぎは、所々油が染み込み、破れているところもあった。

「娘を助けて下すって、本当に有難う御座いました」

 工場長であるボリスは頭に被っていたキャップを左手で取り、男らしい無骨な右手を差し出す。そしてその手が油まみれなのに気付き、ズボンで乱暴に拭って、再度前へ。

「助けたのはお前だ」

 そう言うラルフに背中を押されてよろけながら、照れるシスカが工場長の前へ。その右手を取った。工場長は掴んだシスカの手を少し乱暴に、力強く振る。

「えぇと、あの……、本当にそんな大したことしてないですから」

 照れと困惑の表情を浮かべるシスカが言って、工場長は握手を終えると左手のキャップを両手で強く握る。そしてそれを眼前に持っていき、今にも泣きそうな声を出して、

「いえね、家内に先立たれ、その上更に男手一つで育ててきたあの子まで失っていたらと思うと……」

「もう、お父さん!」

「ああ、済まない。じゃあ私はまだ仕事がありますので、これで。部屋は工員の寝泊りに使っている部屋があるのでそちらと、あとは申し訳無いですが妻の部屋を使って下さい」

 ボリスは傍に立つ娘の頭を撫でながら、シスカ達に言った。

「もうお夕飯の支度始めていいのよね?」

「ああ。お父さんも夕飯までには仕事を切り上げるから」

 オーリャの問いかけに答え、工場長は四人に向き直る。工場内の機械音に紛れて、作業員の、工場長を呼ぶ声が聞こえた。

「オーリャの料理は最高ですよ。父親の私が言うのもなんですがね!」

 それでは、と言って、工場長は工場へと戻っていく。オーリャが住居への通路を進み、十二班の面々を自宅へと招き入れた。

 二重扉をくぐり家の中へ入ると、そこには暖かい空間が広がる。貧富の差が比較的激しいヴィーリにおいて、それはとても豊かな家だった。玄関からすぐの広いリビングの床には絨毯が敷かれ、その上には革張りのソファー。大きな二重窓は黄色い遮光カーテンで覆われ、その脇に置かれたガラス扉の棚にはいくつかの調度品と酒の類が並ぶ。片隅にオイルヒーターが置かれてはいるが、住居の全部屋と工場とを一緒に暖める空調システムが稼動している今、その電源は切られていた。リビングから繋がるキッチンはその家の娘であるオーリャによって綺麗に整頓されており、その手前には木製の大きなテーブルが置かれていた。

「廊下を出てすぐにある部屋と、その脇の階段を上がった右側の部屋を使って下さい。お夕飯ができたら呼びに行きますから」

 リビングに辿り着いて、オーリャは四人へと告げる。

「何か、手伝えることありますか?」

 念のため、キッチンへと向かうオーリャにエイミーが訊ね、

「そんな、助けて頂いたお礼なのに、それじゃ意味が無くなっちゃいますよ」

 その代わり大したものは作れないですけれど、と付け足して、オーリャは笑ってその申し出を断った。

「じゃあ、取り敢えず部屋を使わせてもらおうかな。そこで話を聴こう」

 前半はオーリャに、後半は十二班のメンバーにラルフが言って、一行はリビングを出た。

 普段工員が寝泊りに使うという部屋に着くと、四人はそれぞれの荷物を床に置いた。部屋はリビングの約半分の広さで、シングルサイズのベッドが二つ、少し離れて椅子が一脚とテーブルが一つ。クローゼットの扉は軽く開かれ、中には何も掛かっていないハンガーなどが見えた。

 天井から提げられた電灯の下、シスカとラルフはクスダ・シラのこと、オーリャの持っていた札が本物だったにもかかわらずその効力が無かったことを、エミリオとエイミーは情報屋に行ったこと以外――レーシィによる被害が続出しているらしいこと、そしてヒノサトへの船はヴィーリ東部から毎日一便ずつ往復していることなど、それぞれが離れていた間の出来事を報告し合った。一通りの報告が終わり、

「僕はクスダ・シラの件とレーシィの件、関係があると思う」

 椅子に腰掛けるエミリオが言って、荷物の中から取り出した水筒を口へ。片手には薬の包みを持っていた。

「どうして?」

 窓側のベッドに座るシスカが訊く。魔獣達も姿を現しており、ネーヴェとメーセはベッド脇の床、フィオーレはシスカの膝の上に。

「まあ、勘だよ」

 薬を飲み下したエミリオが短く答えた。

「クスダ・シラは他の種族とは関係を持たないわ」

 扉に近い側のベッドの上、エイミーの隣に座った水色の猫――ヒーロが口を開く。顔をしかめ、嫌悪感を露わに続ける。

「言葉もルールも持たず、自分達の欲だけで行動する、低俗な奴らよ」

「でも、本来は単独で行動し、ときには種族内で縄張り争いもするはずのそんな奴らが、三体まとまって現れた。それはどう説明する気?」

 視線はテーブルに置いた水筒へ。右手をそれに添えたまま、エミリオは呟くように、しかし鋭く訊ね返した。

「争っている様子は、無かったんですよね?」

 脇に座る自分の魔獣をなだめるように撫でながら訊くエイミー。それに対し、壁に寄り掛かって立つラルフが、

「無いな。同じ方向から来たし、争うならオーリャを襲う前にやってるだろ」

「……つまり、クスダ・シラに入れ知恵をした存在があるとお考えなんですね? そして同じように、最近にして行動パターンの変わったレーシィについても」

 エミリオはそう訊ねたネーヴェに人差し指を向け、

「そういうこと」

 短く答えた。


「いやぁ、本当に感謝しているんですよ!」

 ブルコフ家の居間、食卓で大声を出すボリスの顔は赤く、手には空のグラスが握られる。注いだ酒は一気に飲み乾すというのが、酒好きの多いヴィーリの風習だった。酒を勧められた十二班の四人の内、きっぱりと断ったシスカとエミリオには果物のジュースが出され、礼を言ってグラスを受け取ったラルフと断りきれなかったエイミーの前にはショットグラスが置かれていた。飲み物の他は、野菜を煮込んだ赤いスープや肉を包んで焼いたパンなど、ヴィーリの伝統料理が並んでいた。全てオーリャが一から作ったものだと言われ、四人は感心しつつそれらに手を伸ばす。

 ヴィーリ特有の強い酒の入ったボトルを手に取り、自らのグラスに注ごうとするボリスを、

「ちょっと、飲みすぎよ」

 オーリャが止める。大げさに悲しい顔を作ってみせた後、ボリスはボトルの口をラルフへと向け、

「じゃあ私の代わりにお兄さん、いかがです?」

「いや、俺もこの辺でやめときますよ」

 ラルフはグラスに掌をかぶせ、気さくに笑って答えた。既に四杯分は飲んでいるにもかかわらず、酔っている様子は無い。

「頂いても、宜しいですか?」

 ラルフの倍以上の量を優に飲み乾していたエイミーがグラスを差し出し、ボリスが無色透明の蒸留酒を注ぐ。ボトルの口がグラスを離れるのとほぼ同時に、エイミーは注がれた液体を一気に飲み乾した。

「見掛けによらずいけますなあ! 美人でなおかつ酒が強いなんて、ヴィーリでは女性の鑑みたいなもんですよ!」

「そんな、私は単にお酒に慣れているだけですから。パーティーなどがあると、飲め飲めって周りがうるさかったんですよ。こんなにいいお酒も無くて、出るのは安酒ばかりだし」

「そうでしたか。いやしかしヴィーリの者としてはこの酒を褒めてもらえるのは嬉しいですな。これはヴィーリで長い歴史のある――」

 ボリスが楽しそうに語りながら自分のグラスにも注ごうとして、

「…………」

 隣で睨む娘と目が合った。ボリスは黙ってボトルをテーブルに置いた。

「あんたの相方、そろそろ止めた方がいいんじゃないの?」

 パンを手掴みで口に運んだエミリオがシスカに問い、

「こうなるともう駄目ね。ま、そのうち寝るだろうから放っておいて大丈夫よ」

 笑いながらシスカはジュースを一口。その隣、酒に酔って饒舌になったエイミーが、

「所詮うちの両親なんて、私のことを自分の一部みたいにしか思っていないんです。いいドレス着て適当に酔っ払いの相手をしていればいいと。私のことなんか何も考えてくれてないんですよ!」

 ボリスを相手にクダを巻き始めていた。

「あぁ、よく解ります。私も昔――」

 ボリスの声がおぼろげに響く頭の中、エイミーは微かに残った思考の片隅で思う。

 ――だから断ったのに……。こんなのが両親に知れたら一生外に出してもらえなくなるわね。

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