表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストレイン(仮)  作者: 犬塚ゆき
第二章・ヴィーリ
12/20

12

「迷ったのなら、駅までの道は無料で教えて差し上げるけれど?」

 やり取りを聞いていたエイミーが何かを言おうとして、店に入る前にエミリオに言われたことを思い出す。開きかけた口を閉じ、黙っていた。エミリオは仕方ない、という風に溜め息を吐きながら短髪の頭を掻いた後、

「灰色の狼。知恵の盃。銀の幸福」

 女性に向かって面倒臭そうに言う。意味不明な言葉の羅列に首を傾げるエイミーの前で、

「条件は?」

 カウンターに立つ女性の態度があからさまに変わった。

「可能な限りこの近辺であることと、魔物が出現し、その退治を望んでいる人間が居ること。魔物のレベルは問わない」

「ちょっと待って……。――あったわ。貴方達にぴったりなのが」

 カウンターの内側を探り、女性は書類を取り出す。その表紙をめくり、軽く確認すると、カウンターに放るように置いた。

「動物と森の守護精霊、レーシィよ。厄介だけど、やってみる?」

 エミリオは書類を手に取る。レーシィは、工場の街であるヴィーリに僅かに残された森に住む、森と、そこに住まう動物達を守る精霊。時折森に入った人間に対して悪事を働くが、それはとても些細なものだった。故に、その書類に書かれているのはその精霊のもう一つの側面。

「妻探し、ね」

「そう。レーシィはこの時期になると十五歳以下の人間の女性を探しては妻――レシャチーハにして、彼の子であるレショーンキを産ませようとする。今年はその被害が例年よりも多すぎるのよ」

「――本来なら森に入った女性のみを狙うはずが、その被害の全てが市街地で起きている。そして、子どもであるレショーンキの存在が発見されていない」

 列車内で飲んだ薬の効き目が殆ど切れかかっているエミリオが、本当なら女性が言うはずだった言葉を先読みして言う。

「知っているなら話が早いわ。つまり、レーシィの目的が不明なのよ。あなたの出した条件二つ目、退治を望む人間っていうのはさしずめ街の少女達とその親達ってところかしらね」

「受けたいけど、確かに厄介だね」

 エミリオが言い、傍に立っているエイミーが不思議そうな顔をする。

「ええ。もしもレーシィが消えれば、そのレーシィが守っていた森と動物達は死ぬわ。だから、決して倒しては駄目。レーシィやレショーンキに危害を加えず、レシャチーハにされてしまった少女、或いはレシャチーハにされかけている少女を救うこと」

 そして間を空けず、

「大丈夫よ。最初に言ったでしょう? 貴方達にぴったり、って」

 女性が言って、初めて二人に自然な笑顔を見せる。赤く彩られた唇が、妖しく揺れた。

「解った。情報料は?」

 訊ねるエミリオ。その頬に、女性が赤いマニキュアの乗った右手を這わせる。エミリオは若干顔を引きつらせ、その後ろのエイミーが微かに驚きを顔に表した。女性が言う。

「今夜、あなたの予定が空いてればタダにしてもいいんだけれど……」

「悪いけど、女には興味が無いね」

「そう。残念ね」

 女性がおどけるように口にして、その白く整った手を引いた。

「あっちの子は? あたしは女の子も嫌いじゃないわ」

 エミリオが女性の人差し指の先を振り向くと、そこではエイミーが首を傾げていた。

「やめといた方がいいと思う」

 そう言って苦笑するエミリオに、

「残念」

 女性が再び口にした。

 女性が提示した金額は情報料としては安い方で、エミリオは書類と引き換えにそれを支払う。そして彼女は、何故「貴方達にぴったり」なのかの説明をエミリオに耳打ちした。

「……なるほどね」

 説明に対し、エミリオが応える。

「あら。嫌がらないの?」

「いや、いい案だと思う。考えとくよ」

 そして間を置き、

「あと、もう一つ――」

「何かしら?」

「ヒノサトへの船の運行予定について教えて欲しい」


 店を出て、再び大通りへと歩く寒い路地で、白い息を吐きながらエイミーが口を開く。雪や凍った地面で滑らないよう、目線は足許に落としたまま。

「……情報屋、ですか。初めて見ました」

「だろうね。あそこみたいなのは裏と繋がってるような非合法な店だからなおさらだけど、たとえ合法でもミゼルでは禁止だし、あっても明らかに学生だと判る僕らじゃ入れないしね」

 情報屋の営業は学生の事故に繋がるため、学校などの近くでは禁止。同じく、学生が情報屋を利用することも禁じられる。七つの大学を有するミゼルでは、街全体が営業禁止区域とされていた。

「そういえば先程エミリオさんが仰っていた、灰色の狼がどうとかって、何です?」

「灰色の狼。知恵の盃。銀の幸福」

「それです」

「非合法の情報屋は、普段その正体を隠してるものだからね。普通、紹介の無い奴は相手にしない。その制限を解除するための合言葉」

 エミリオはフェルクタールに居た頃――裏社会に関わる様々な知識を教え込まれ、それらを日常的に使って生きていた頃を思い出していた。情報屋での合言葉も、そのときに教えられたものだった。

「そういえばエミリオさん、予知能力があるって仰ってましたよね。それならわざわざ情報屋へ行かれる必要も無いんじゃないですか?」

 思い出したように訊ねるエイミーに、

「僕が見れるのは、僕が関わらない未来だけだから。行動を起こさないと得られない情報もある」

 エミリオが応える。

「そういうものですか」

「そういうものなんだよ」

「あと気になったんですけれど、何で夜に予定が無いとタダになるんですか?」

「…………」

 情報屋が発した言葉の意味を理解できていないエイミーに、エミリオは何も答えず足を進めた。

 エミリオとエイミーがシリヂーナの駅前に到着する。屋根付きのベンチに腰を下ろしていたシスカとラルフが、それに気付いて立ち上がった。

「宿は見付かったよ。そっちは?」

 シスカが訊いて、歩み寄りながらエミリオがそれに答える。

「ちゃんとヒノサトへの船の情報を仕入れてきた。魔物の情報も一件」

「魔物?」

 ラルフが訊き返し、

「うん。退治じゃないけどね」

 頷くエミリオ。シスカが横から、

「取り敢えず、詳しくは後で。オーリャが待ってるよ」

「そうだな」

 ラルフが荷物を持ち上げ、雪の中を先程オーリャに案内してもらった、彼女の家がある方向へと歩き始める。その後ろをエミリオが続き、次いで歩くエイミーが、

「オーリャ?」

「さっき知り合った子。魔物に襲われてるところを助けたら、是非泊まっていって下さいって」

 シスカの説明を聴いたエイミーは少しだけ驚いた様子で、

「魔物って、もしかしてレーシィが?」

「いや、そんな高尚なもんじゃない。クスダ・シラっていう下級の魔物だよ」

 先頭を歩くラルフが振り返らずに答える。エミリオは一人、何かを考え込むような表情を見せて黙り込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ