あれだ……初めて見たよ
――アリカ・イ・パリナコータ支店に来て3ヶ月。
アリカ支店にとって、重要な日がやってきた。
「店長、絶対に怒ったりしたらダメっすからね」
「分かってるって。超がつくお得意様なんだろ? 大丈夫だって。そんな失礼なことはしないさ」
そう、今から来るのはこの支店1番の上客。ここを治める王族直属の組織がくるのだ。
チリは共和国。なので共和制と思いきや、ここアリカ・イ・パリナコータは君主制らしい。
世の中には現地に行かなくては分からない、様々な実情があるのだろう。
すでに店内には倉庫から運び出され木箱が、山のように積まれている。
アリメントからアリメントFまで全て合わせて約5,000本。
総額白金貨42枚、つまり1億円を超えるお買い上げだ。
アリカ支店の売上の95%はこの組織によるもので、実は個人的に買いに来ている連中は国の支援を受ける必要のない腕利きだけだ。
ちなみに個人売上の一位はダントツでリーダーである。
買いに来るサン・マルク騎士団と呼ばれている組織は、日本で言うところの自衛隊と警察を兼ね備えた実務をしており、マーチンさんが指揮する門兵達も末端に所属している。
4ヶ月に1度、このように大量購入して、そこから各部署に支給されるそうだ。
その割にマーチンさんはよくここに買い物に来るのだが、本人曰く
「結局足りねぇから、俺はこうやって経費を捻出して個人的に買いに来てるんだ。おっと、これは上のもんには内緒な」
と、苦笑しながら口の前で人差し指を立てていた。
組織の上下関係とは、どこでも難しい問題があるようだ。
リスファが念を押していたのは理由がある。
その騎士団の団長はかなりの堅物なのだとか。
我が社の栄養ドリンクに対し、不当な料金を請求してるのではないかと疑っているらしい。
まぁ、実態を知る俺にしてみれば、あらぬ疑いと言えないのが辛いところだ。
普段と違いソワソワしているリスファ。俺まで緊張しだすと、表の方で多数の足音が聞こえだす。どうやら騎士団御一行の到着のようだ。
扉が開かれると重装備の騎士が列を作り、その中央を1人の男が肩をそびやかして得意げに歩てきた。
年の頃は40を過ぎたくらいだろうか? 肩まで伸びた艶のある金髪に、青く鋭い眼光。
純白の鎧に身を包んだ姿は、どこぞの国の貴族と言われても納得できる美貌だ。
そんな彼は俺の前で立ち止まり、片眉を上げる。
「君が新しいここの主か? 私はサン・マルク騎士団長、ダンテ・ノクリアスだ。今から検収を行う。そのままで待て」
ダンテと名乗った団長が右手を上げると、騎士たちは中身を確かめるべく箱に押し寄せる。
動くなとの意味だろうが、話しかけるのはいいのだろうか? 一応店長としてはお礼などを言っておきたいのだが。
そんな俺の思いを感じ取ったのか、団長は並べられた栄養ドリンクを一瞥すると口を開いた。
「まったく、こんなものに大金を使うとは、嘆かわしいことだな」
思わず「そうですよね」と言いそうになるのを飲み込んだ俺は、「ですが確かな効果はありますから」と、笑顔を絶やさずに答えた。
だがその一言が気に障ったらしい。
団長は眉を潜めると、腰に携えた剣に手を伸ばした。
「ほう? 効果ねぇ。残念だが私は怪我をしたことがなくてね。いまだにアレを使った事がないのだよ。どうだ、君の体で実証してみてくれないか?」
ふざけるな! 俺が栄養ドリンク飲んでもちょっと疲れが取れた気になるだけだ、怪我なんて治るわけないだろ! アンタの体で確かめろよ!
と、言ってやりたい。
もちろん怖くて言えるはずもないが。
足をガクガクと震えさせながらも、俺は笑顔で無言を貫く。
この手のタイプはヨイショしたり、こちらが卑屈な態度を取ればさらに怒りを膨らませる。
無視だ、無視。
「ふんっ。恐怖で口も利けないのか? いいか、この店は――」
「ダンテ、何を声を荒げてるんだ?」
やけに通る声が聞こえ入り口を見ると、とても可愛らしい少年が立っていた。
ぷっくりとした赤みがかった頬に、肩まで伸びた癖のついた緋色の髪。
つぶらな瞳は紅く、ずんぐりむっくりな体型にちょうちんブルマーは絵本から飛び出た……
「――お、王子!?」
そうそう王子様みたいだ。
――って王子だと!?
団長を先頭に、一斉に膝をつく騎士達。
さすがに俺とリスファもそれに倣った。
ピョコピョコと効果音がつきそうな足取りでそばに来た王子と呼ばれた少年は、ポンと俺の肩を優しく叩いた。
「貴方が新しい店長ですか? ダンテは生真面目だから不快な思いをさせてすいません。僕はアンソロ・ヴィ・ラデイネアス7世です。ここにはとても世話になっています」
「ここで新しく店長をさせて頂く事になった葉山と言います。こちらこそダンテ様の気分を害したようで、深くお詫び致します」
突然の出現に焦りながらも、俺は出来る限り謙った言葉を並べると、「では先程のことはお互い水に流させて下さいね」と、王子は優しく微笑んだ。
堅物団長よりも余程話が分かる人間のようだ。
「王子、何故このような所に。ささっ、城に戻りましょう」
「ダンテ、控えよ。ここのポーションがあってこそ、我が国の自衛が成り立ってると分からぬ訳ではないだろ? もしこの店が撤退すれば国の危機に繋がると理解せよ」
「——っ!? はっ!」
先程まで偉そうだった団長は、渋い顔をしながらも膝をついてそれに応えている。
団長の指示を受け、丁寧な対応で作業を再開する騎士達。それを満足げに眺めていた王子はピョンとジャンプして、カウンター前の椅子に腰掛けた。
「せっかくですので葉山さんの国の話を聞かせてくれませんか?」
「俺の国ですか?」
親睦を深めようとしてくれているのだろう。
そう考えた俺が日本の事を話し始めると、王子は目を爛々と輝かせる。
社交辞令的なものかと思っていたが、日本に興味津々のようだ。まるで冒険譚をせがむ子供みたいに無邪気に質問を繰り返してくる。
「テレビ!? 遠くの光景が見れるなんて、そんな便利な物があるのですか?」
「えぇ。他にも携帯電話といって、遠くの人の顔を見ながら喋ることも出来ますよ」
「――本当ですか! 僕も日本に行ってみたいですね」
電気はなくとも情報はあると思っていたのだが、そうではないみたいだ。王子にとって現代日本は未来の世界に見えるのかもしれない。
そんなふうに王子と楽しく会話をしていると殺気を感じる。
堅物団長だ。
俺を鬼の形相で睨んだかと思えば、王子には寂しそうな視線を投げかけている。
まるで俺が意中の相手を取ったかのようだ。
店内の木箱が全て運び出されると、堅物団長がこちらにやって来た。
「王子、全ての検収が終わりました。そろそろ城に戻るとしましょう」
「ダンテ、ご苦労様。では葉山さん、また話を聞かせて下さいね」
「えぇ、いつでもいらっしゃって下さい」
王子は椅子から降りようとしたが、そのままバランスを崩して転んでしまう。
とても子供っぽく可愛らしい光景だ。
だが団長は違うようだ。素早く王子に駆け寄り、その体を優しく抱え起こす。
「王子、お怪我はありませんか? なっ、お体に赤い傷が!? えぇい、お前たち何をしている! すぐにアリメントFをお持ちしろっ!」
「ダンテ、このくらいはなんともないよ」
「何をおっしゃいますか! 万に一つでもそのお体に傷痕が残ったりしたら大問題ですよ!」
問題なのはあなたの頭だ。
さっきまでうちの商品を信じなかった人間が発する言葉ではないぞ。しかもアリメントFときたもんだ。
「本当に大丈夫だよ。もう、ダンテは過保護が過ぎるぞ」
「しかし、王子の身に何かあれば――このダンテ生きてはいけません!」
おいおい、忠誠心強すぎだろ?
冗談でも王子の頭を撫ででもしたら首を切り落とされそうだ。
「ダンテは大袈裟だな。その気持ちは嬉しいけどね。さっ、城に戻ろうか」
「――っ!? はいっ、王子!」
何故かダラダラと鼻血を垂らす団長。その緩みきった顔は、腐女子が好む漫画で見たことがある。
あれだ……初めて見たよショタコン。
とうとう床に赤い斑点が出来始めたので、俺はそっと団長にアリメントαを差し出した。
「……サービスです。飲んでみて下さい」
「ふんっ」
拒絶するかと思いきや、グビリと一飲みする団長。
「ねっ、止まったでしょ?」
「……止まったな」
結局自らアリメントαの効果を確かめた団長がボソリと呟く。
「薬の効果は分かった。だが、私の目の届かぬところで王子と密会すれば――死あるのみ。行動にはくれぐれも気をつけろ」
俺をひと睨みすると、急に顔を綻ばせて王子を追いかけていく団長。
貴方のそれは顔芸ですかね?
騎士団が出ていくと俺とリスファは大きくため息をついた。
「なんか、滅茶苦茶疲れたな」
「でも無事終わったっすよ。次は4ヶ月後っす」
俺は自分がここにいる間にはもうない事を感謝し、次もいるであろうリスファの肩をポンと叩いた。