俺とリーダーの関係か?
――アリカ・イ・パリナコータ支店に来て1ヶ月半。
【店内を血で汚したものは罰金、銀貨5枚!】
その御触れを出して以降、怪我をしたまま入ってくる輩は激減した。
懲りずに血塗れで入ってきては、罰金を払っているのはリーダーぐらいのものだ。もう彼の学習能力に期待するのはやめておこう。
混み合うことはないにせよ、今日もアリカ支店にお客はやって来る。
「ねぇ、店長。アリメントαが欲しいんだけどね、アタイにはちょっと高いのさぁ」
露骨に寄せた胸を見せつけて値切ろうとしてくるのは、ペスティさん。少し小太りな……いや、言い直そう。少しふくよかな女性だ。
「ペスティさん、店長は値切ったりしないっすから無駄っすよ」
「なんだい! 前の店長はこうやってお願いすると30%引きにしてくれたんだよ!」
確かに目を引く谷間だが…… 俺の前任者よ、それでいいのか?
「値引きは出来ないですけど買われますか? 綺麗な肌にアザを残したままじゃ、せっかくの美人が台無しですよ?」
「あ、あら。そう? じゃあ1本頂くわ。店長が良ければ体で払ってもいいの――」
「金貨1枚になるっす!」
この人はいつもそうだ。
値切ろうとする割には、ちょっと褒めるとなんやかんや言いながらも定価で買っていく。
彼女の同じ狩猟チームは変わっており、みんな頭に獣耳を乗せているのが特徴だ。日本であれば一部の熱狂的なファンが付きそうな集団である。
「そういえばペスティさん、またハンスさんと揉めたらしいっすね?」
「あら、リスファ君は耳が早いのね? そうなのよ、あいつらったらまた獣を横取りしたのよ。ちょっと強いからっていい気になってるのよ!」
ペスティさんは腰に手を当てぷりぷり怒っているが、リスファ情報によると少なからずリーダーに好意を抱いてるらしい。
「なぁ、リスファ。前から気になってたんだが、リーダーって腕利きなのか?」
ペスティさんが帰ったあと、ふと浮かんだ疑問を投げかけてみた。
「そうっすね。この国だと5本の指に入ると思うっすよ」
「あのリーダーが!?」
俺にしてみれば毎日毎日怪我してくる男だ。
人は見かけによらないというか、脳が筋肉で出来ているというか。
噂をすれば何とやら、リーダーが片手を上げながら入ってきた。
「おっ、珍しい。今日は怪我した様子もなく来たな」
「今日は休養日だからねぇ」
指定席と言わんばかりにカウンターの椅子に腰掛けたリーダーは、指を曲げてコメカミに当てる。
この国ではサムズアップに当たるハンドサインだ。
ちなみにこの国で普通にサムズアップを使うと「あなたを抱きたい」という意味になり、前にリスファに使ったところ、顔を真っ赤にされながら説教を食らった記憶がある。
「じゃあ予備を買いに来たっすか?」
「違う違う。たまには店長と一杯飲みに行こうと思ってさ」
「俺と?」
「そう店長と。日頃からお世話になってるし、俺が奢るって」
予備買えよと言いたいが、ここにきて飲みに誘われるのは初めてだ。ちょっと嬉しい。
ちらりとリスファを見る。
「たまにはいいんじゃないっすかね。自分は留守番してるっすから楽しんでくるっすよ。でも飲み過ぎはダメっすよ」
「分かってるよ。リーダー、店を閉めたら行くとするか」
「おう。また後で迎えにくるよ」
こうしてリーダーと夜の街に繰り出す約束をし、リスファからはこの国の飲みのマナーを習うのだった。
「リーダー、待たせたな」
「んじゃ行くとしますか」
よほど飲みに行くのを楽しみにしていたのか、閉店の1時間前から店の外で待っていたリーダー。
リスファもその様子を見て、少し早めに俺を送り出してくれた。
リーダーは相変わらずの鎖帷子姿だがいつもの槍は持っておらず、鼻歌まじりに歩いていく。
俺もリスファと街に出向くことはあるが、飲める店などとんと知らない。
今日はリーダーにお任せだ。
10分も歩くと酒場らしき一つの店の前でリーダーは立ち止まった。
「ここでいいか?」
「リーダーに任せるよ」
歯を剥き出して笑うリーダーが観音開きの扉を開けると、先ほどまで外まで騒がしかった店内が更に大きな歓声に包まれる。
「ハンスさん、ちわーっす!」
「きゃーっ! ハンスさん!」
すごい人気振りに少し腰が引けてしまう。
「連れがいるんだ。二人分の席はあるか?」
「すぐに用意します!」
リーダーの一言で混み合っていた店内に、二人には十分過ぎる大きさのテーブルが用意されてしまう。
まじかよリーダー。あんた何者なんだ?
正直みんなの「お前は誰なんだよ」って視線が痛いんですけど。
席に着くとリーダーは待ちきれないのか、メニューも見ずに「店長もコスピでいい?」と聞いてきた。
俺が頷くと指を鳴らすリーダー。
君はどっかの貴族ですか?
「ジョッキでコスピ2杯と、なんか適当にオススメのを見繕ってくれ」
「かしこまりました!」
店主は手慣れた手つきでジョッキに薄いレモン色をした液体を入れ、テーブルへと持ってくる。
確かコスピという飲み物はブドウを原料とした蒸留酒だったはずだ。
「それじゃ店長との初飲みを祝って。アリーバ、アバホ、アル、セントロ、イ、ア、デントロ」
「アリーバ、アバホ、アル、セントロ、イ、ア、デントロ」
言葉に合わせてジョッキを上に、下に、前に突き出す。リスファに習ったこの国の乾杯の所作だ。
少し口に含めば、まろやかな甘さとブドウ特有の香りが鼻に広がる。
少し度数が高いのだが、チビチビと飲むのが好きな俺にはぴったりの酒だ。
テーブルには次々と料理が置かれ、スパイスの効いた味付けに、ついつい酒も進んでしまう。
「分がっでる。分がってるって店長。ヒック。店長がオデの為に言ってぐれでるのはわががってってます!」
「いいや、リーダーは分かってない! 毎日毎日怪我をして。ヒィック。毎日掃除するリスファにあやまれ!」
「はい。リスファざん、ごめんなざい」
酔いの回った俺はリーダーを説教している。別に本気で怒っているわけではないが、ついつい口が軽くなってしまうのだ。
何度か似た話を繰り返していると、リーダーは口元を押さえて「ぢょっど、トイレ」とフラフラと立ち上がった。
足を左右に踏み違えながら歩いていく姿は酔っ払いそのもの。千鳥足ってやつだ。
倒れそうになる度に他の客に支えられ、あるいはテーブルと喧嘩しながら少しずつ前には進んでいる。
1人になると、今までこちらを窺っていた俺よりも若そうな連中がこちらにやって来た。
難癖でもつけられるのかと思い身構えたのだが、どうもそうではないらしい。
「あのっ、ハンスさんとはどんな関係なんですか?」
「お、俺、ハンスさんが怒られてるの初めて見てビックリしたんです!」
「えぇっ? あいつって怒られたりしないの?」
ビックリしたのは俺の方だ。
あの学習能力の無い男が怒られないとは、この街の人間はなんて寛容なんだろうか。
だが、彼等の答えは俺の想像の斜め上をいっていた。
「この街の英雄に怒るなんて、とんでもない。ハンスさんは俺たちの憧れなんです!」
リーダーに憧れ?
憧れってなんだっけ?
いやいやいや、ないないない。
だってリーダーだよ? 気はいい奴だし腕は立つかもしれないけど、俺の知る限りもっとも学習しない男だよ?
「それであなたとハンスさんの関係は?」
俺とリーダーの関係か。
まんま店長と常連客なんだが、周りを囲んでいる連中の目の輝きはそんな答えなど求めていないだろう。
さてどう答えたものかと酔った頭で考える。
「俺とリーダーは——」
「おれど店長の関係? 店長はオデの命の恩人なんだぁ!」
「命の恩人!?」
俺の言葉を遮ってリーダーの大声が店内に響くと、どよめく店内。
まぁ、確かに俺が栄養ドリンクを売らなければリーダーは死んでいたかもしれないが。
「ぞう! 店長がいながっだら、オデば何回死んでだが分がらん!」
「す、すいません。それほどの人だったなんて!」
「ハンスさんの右腕的存在でしたか!?」
「えっ!? いや、右腕じゃないけど」
なんか色々誤解を与えているようだが、憧れの視線が集まるのはなんか気持ちいい。
「店長ば最高だぁー!」
リーダーの声に店内では「テンチョー、テンチョー!」の大合唱。
ちなみに俺の名前は大人だけどね。
そのままリーダーと肩を組んで店を出たのはかろうじて覚えているが、その後の記憶はない。
俺の部屋の床には寝ているリーダーと、大量の空き瓶が散乱してるので、おそらく二次会はここで行われたのだろう。
ひどい二日酔いで苦しむ俺はリスファに「飲み過ぎっすよ」とアリメントαを渡されて飲んだのだが、やはり俺には普通の栄養ドリンクの効果しかなかった。昨日のお礼だと渡したアリメントα一飲みで全快してるリーダーが羨ましい。
それ以降、リーダーとは週一で飲みにいくようになり、俺が街に出れば「お疲れ様です、店長さん!」と若い連中に頭を下げられるようになったのだった。