会社の秘密を知ってしまった
「マーチンさんは衛兵長なんすよ。ほら、この街に入る時に門に衛兵達がいたっすよね? あそこで1番偉い人っす」
リスファの紹介に、なるほどと膝を打つ。
確かに見覚えのある格好は門に入る時に見たものだ。
「店が閉まってるうちに在庫がなくなって困ってたんだよ。俺は今日から夜勤続きだから、ちょっとここの様子を見に寄ってみりゃあ、門が開いてるじゃねぇか。こりゃラッキーってなもんだよ」
「そりゃ悪かったっす。いつもの栄養ドリンク10本セットでいいっすか?」
「いや、20本で頼む。また店が閉まっちまったら、たまったもんじゃねぇ」
「当分は大丈夫っすよ」
リスファは笑いながら頭を掻くと、地下に商品を取りに向かった。2人きりになると妙に緊張するが、常連さんのようだし気さくな人だ。
俺は笑顔を作りながら話しかけた。
「この度ここの店長になった葉山です。これからよろしくお願いしますね。夜勤は大変でしょう?」
「おぉ、よろしくな新店長。まっ、夜勤も仕事だ。ここの栄養ドリンクには世話になってるよ。効果は抜群だが、ちぃと高いのが玉に瑕ってやつだな。経費から捻出させるのが大変さ」
マーチンさんは指でお金を示す輪っかを作ると、歯を剥き出しに豪快に笑った。
やはり国が違っても、夜勤続きの疲れた体には栄養ドリンクのようだ。
そういえば値段のことをちゃんと調べていない。
チリの通貨は確かペソのはず。1円=7ペソぐらいなので、栄養ドリンク1本を割高300円で計算すると……2,100ペソぐらいだろうか?
そんな事を考えていると、リスファが麻袋に詰めた栄養ドリンクを持ってくる。
「はい、マーチンさん。金貨4枚っすよ」
「分かってるって、ほら」
カウンターに置かれた1円玉ほどの大きさの金色の貨幣。
――金貨!?
ちょっと待て! 冷静になれ。
常識的に考えれば金貨はそれなりに高価な貨幣だろ?
この手の計算が好きな俺は、咄嗟に純金として換算を始めた。
1円玉の重さが1グラムってのは誰でも知ってる。
それと同じ大きさと仮定すると……。
アルミの比重は2.7で、金の比重は19.32。約7倍だ。
金が7グラムならグラム6,000円でも――1枚あたり42,000円!?
4枚だと168,000円だと! それが20本の値段だから……栄養ドリンク1本で8,400円?
ぼったくりもいいところじゃねぇか!
俺が唖然とする中、マーチンさんは気前よくお金を払うと「また頼むな」と麻袋を大事そうに抱えて店を出て行った。
「なぁ、リスファ。ちょっと、その金貨見せて貰えるか?」
「くすねたらダメっすよ」
失礼な。
疑りの目を向けながらも、リスファは金貨を1枚手渡してくれた。
これでも研修中には金や銀、宝石などの鑑定を叩き込まれたものだ。
まさかこんな時に役立つとは。
問題の金貨だが、見た目以上の重さがある。オレンジ味を帯びた山吹色は純金に近い事を示している。
はかりでもあればもっと詳しく調べられるが、純度の高い金に間違いないだろう。
思わずため息が出てしまう。
ぼろ儲けだ。
「ありがとう。なぁ、リスファ、ちょっと教えてくれるか?」
「どうしたっすか?」
金貨を返すと、俺はここの貨幣についてや商品の価格設定、これまでの販売状況などを根掘り葉掘り聞き出すことにした。
リスファは硬貨を一枚ずつカウンターに並べると、得意げに話始める。
「流通してるのは白金貨、金貨、銀貨、銅貨、鉄貨っす。単純に鉄貨10枚で銅貨1枚、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚、白金貨1枚は金貨100枚分っす」
「例えば外に飯を食べに行くと、どれくらいかかるんだ?」
「そうっすね、銅貨3〜4枚くらいっす」
なるほど。
銅貨1枚を日本円で300円ぐらいと仮定しておこう。
ここ数年で金の値段が上がっている事を考慮すれば、価値的にはだいたい合っている。今なら金貨を持ち帰って換金すれば更にぼろ儲け。ぼったくりは確定だ。
「さっきの栄養ドリンクは1本で銀貨2枚なんだろ? 他の値段はどうなんだ?」
「うーん、せっかくなんでちょっと取ってくるっす」
リスファは小走りで部屋から出ると、地下の倉庫からラベルの貼られた黒い瓶をいくつも抱えて戻ってきた。
カウンターに並べられたのは我が社のメイン商品である5本の栄養ドリンク。
その名も「アリメント」だ。
ちなみに語尾にアルファ(α)→スーパー(S)→ロイヤル(R)→ファイナル(F)がつく順に値段は倍々になっていく。
ちなみに一番安いアリメントは、日本では200円で売っている。
「値段っすね、アリメントは銀貨2枚っすけど、アリメントαが金貨1枚、アリメントSが金貨3枚、アリメントRが金貨10枚、アリメントFが白金貨2枚っすよ!」
「白金貨2枚!?」
おいおい、日本で3,200円の物がここだと600万だと!? もはや犯罪だ。
「そんなの買うやついないだろ?」
「そりゃ、頻繁には売れないっすけど、効果は抜群っすからね。去年は7本売れたっすよ?」
「はぁーっ?」
疲れが取れる程度の栄養ドリンクに600万出す人間がいるだと!?
ダメだ、ついていけない。
そういえばシュナウザーさんから貰ったアリメントF20本。ここでの販売価格に換算すれば1億2000万円の餞別となる。シュナウザーさん、疑ってすまなかった。
てっきり積荷から拝借して渡されたのかと思ってたよ。
「ちなみに去年売り上げは、下級ポーション14,694本に、ポーション2,734本、上級ポーション914本で、特級ポーション430本。エリクサーは7本っす!」
帳面をペラペラとめくりながら読み上げるリスファ。
これも癖か、脳内ではソロバンが弾かれてしまう。
おいおい、銅貨1枚300円計算だと、4億2344万4000円だぞ!
しかも利益率99%!
ここの税金がどれくらいの率かは知らないが、そりゃここに支店を置くはずだし、もしかしたら清水製薬が優良企業なのも、ここでボッタクってるからかもしれない。
会社の秘密を知った俺は、突然の目眩と頭痛にその場で頭を押さえて座り込んだ。
「――大丈夫っすか店長?」
「うぅっ、ちょっと頭痛が」
心配そうに覗き込むリスファは「これ飲むと良くなるっす」と栄養ドリンクをさし出してきた。
「すまないな」
黒い瓶を受け取ると金属のキャップを回し開け、グイと一気に飲み干した。
気持ち的なものだろうが、少し頭痛が引いた気がする。
しかし、ふと右手に持つ瓶を見れば「アリメントF」のラベル。
600万ーー!
いや、待て! 違う、これは日本で3,200円の栄養ドリンク。原価なんてその半分以下だ! と、自分自身に言い聞かせる。
――その時だ。
入り口から騒がしい声が聞こえると激しく扉が開かれ、数人の男がなだれ込んできた。
その集団の真ん中には、交通事故にあったかのように頭から血を流しぐったりした男。顔は青ざめ、今にも事切れそうにも見える。
その男を両脇で支えている男達は、悲痛な顔持ちでまくし立てるように言葉を連ねた。
「リーダー、もうちょっとだからな! リスファ、リーダーがやられたんだ! 骨も何本かいかれてる、特級ポーションを頼む!」
「特級ポーションは金貨10枚っすよ? 持ち合わせはあるっすか?」
いやいやいや、普通に商売が始まってるけど、この人は病院直行レベルだと思うよ。
栄養ドリンクなんぞ飲んでる場合じゃないよね?
「金はなんとかする! 今までもちゃんと払ってただろ?」
「うーん。店長、ツケでもいいっすか?」
リスファの言葉に男達の視線が俺に集まる。
そんな懇願の眼差しで見られても困るんだが。
「それよりも病院――」
「あんたが新しい店長か? 頼む、この通りだ!」
病院を勧めたいのだが、男達の威圧にのまれ、俺は「落ち着け」と嗜めるように両手を開いて頷いた。
「リスファ――いいから。いいからあげて!」
「はいっす」
ちょうどカウンターに置かれていたアリメントRをリスファはポイと投げ渡した。
――それ30万円の商品!!
ナイスキャッチした男は血塗れのリーダーを横に寝かし、その口に栄養ドリンクを当てて少しずつ流し込んだ。
俺は茶番を見てるつもりだったんだ。
なのにリーダーの血色は良くなり、目をパチリと開けると何事も無かったかのように立ち上がった。
「リーダー! 良かったぁ! あんた、ありがとな! ちゃんと金は払うから」
「今回は店長の顔を立てたっすけど、基本は商品と引き換えに現金払いっすからね!」
「おぉ、新店長! ありがとな!」
リーダーは俺の手を掴むと、何度も礼を言いながらその手を上下に振った。
理解が追いつかないのは俺だけだ。
いや、その、栄養ドリンクだよね?
ゲームとかでポーションとか言えば怪我が治ったりしてたけど、それ栄養ドリンクだからね?
男達は手持ちのお金をかき集めてリスファに渡すと、足りない分は後日持ってくると堅い約束して店を出て行った。
リスファは血や泥で汚れた床を掃除している。
今日は1日驚きっぱなしだが、もはやこれは夢なんじゃないだろうか?
そう思って頬をつねるがとても痛い。
その様子を見たリスファはモップをつっかえ棒に両手腕の上に乗せ「店長、何してるっすか?」と冷たい視線を送ってくる。
「なぁ、リスファ。怪我って栄養ドリンクで治るもんなんだな」
「何言ってるっすか、当たり前っすよ! アリメントFなんて、切れた手足も生えてくるっすからね」
「あぁ、それは高くても仕方ないな」
「そうっすよ」
結局現実を受け入れられないまま過ごした3日間。
この状態で「葉山くん、もうそっちの暮らしには慣れたかな?」と聞かれても「慣れました」とは言えないとは思わないか?
だから俺はこう返した。
「日本が恋しいです」と。