最終ページ:フミヤ
登場人物
更野 音美(ノート美)
馬場 久臣(王子様)
馬場 二三八(幼なじみ)
入井 ざー助(コンパス店員)
5分もかからず、恋敵は居酒屋コンパスへやってきた。
「ヒサオミ…ハァ…、ノート美…ハァ…、なんで?」
フミヤは息をハァハァ言わせている。おそらく、試合で見せるような本気ダッシュをしてきたのだろう。
「なんでっていうか、まず座りなよ。」
ヒサオミ君の隣にフミヤが座る。
2人が並んで座ると、公子が言っていた鉛筆の例えを思い出す。
薄い顔に、細くてすらっとした体のHB。日焼けで真っ黒な顔に、がっしりとした体格の2B。
この2人が私を取り合っている。
信じられない。
何この状況?
修羅場なのに幸せです!
とりあえず、フミヤに何飲むか聞く。
「明日は朝練あるし、ウーロン茶にしとく。」
ヒサオミ君はレモンチューハイ、私はカルピスソーダおかわり。
飲み物が届くまで、静かな時間が流れる。
誰がしゃべり始めるか、それぞれが機会を窺っている。
「なん…」
「飲み物お待たせしました~」
フミヤの先制トライを、店員がタックルで止めた。
フミヤが頭をポリポリと掻きながら、グラスを回す。
「乾杯!」
3つのグラスがぶつかる。
「で!なんで、ヒサオミとノート美がここで飲んでんだよ。」
一口飲んで一言目。フミヤが切り出す。
「返事を待ってるんだよ。更野さんがどっちを選ぶのか。」
落ち着いた表情でヒサオミ君が言う。
「僕とフミヤ君の仲だろ、抜け駆けは良くないと思ってさ。」
私にはその気持ち分かりません!
男同士の友情ですか。
それとも…ヒサオミ君、酔ってる?
「でも、僕の方が先に告白したからね。」
ヒサオミ君が先に仕掛ける。
負けじとフミヤも言い返す。
「俺は小学校の頃から好きだったんだ。」
そうでした。まさかフミヤと大学まで一緒になるとは思ってもみませんでしたよ。
…あれ?
まさか、私と同じ高校や大学を選んだ?
アホなのに勉強頑張って?
あれ?キュンときた。
でも、ヒサオミ君のターン。
「好きって気持ちに、時間の長さは関係ないよ。」
なんで、そんなにさらりと格好良い言葉が出てくるの!?
イケメン×名言は、破壊力抜群です。
「俺は音美のためなら何でもする。」
「僕だって、何でもしてあげたい。」
くぅぅうううっ。
もう2人の顔を見ることができません!
心も体もキュンキュンし過ぎて死にそうです。
誰かお願い、これを終わらせて~。
あ、終わらせられるのは私だけでした。
私が選択すれば、この状況は終わるんです。
でも選べないよ~。
だって、どっちも最高じゃん!
私みたいな中の下にはもったいないよ~。
やっぱり誰か助けて!
「お客さま、もう少し静かにお願いします。ね。」
店員のインターセプトぉ。
三人で静かに謝る。
「「「ごめんなさい。」」」
ヒサオミ君はグラスを傾け、フミヤは頭を掻く。
みんな少し冷静になれた気がする。
今までで楽しかったのに、どうしてこうなった?
そうよ。
今まで通りで良かったのよ。
突然モテただけでも奇跡!十分萌え尽きた。
「君の気持ちを聞かせてほしい。」
ヒサオミ君の優しい声がした。透き通った甘い声色。
うっとりする。
でも!
「ごめんなさい…」
私は席を立った。
「やっぱり、ヒサオミ君と自分が釣り合うと思えないんだ。」
フミヤの目が大きくなる。
本当に表情わかりやすいなこのアホ。
だがしかし!
「フミヤとも、幼なじみのままが良いと思う。」
2人の顔を見る。
ヒサオミ君は無表情。ちょっと悲しそうに見える。
フミヤは何がなんだか分かんない顔してる。
「ごめんなさい…」
私は二千円を机に置いて、階段を駆け下りた。
これで明日からは今まで通り!
彼氏のいなかった私のまま、今まで通り!
「僕たちフられちゃったね。」
ヒサオミは肩を落とし、二千円を眺めていた。
「いや、俺はまだ諦めてない。」
フミヤは立ち上がり、ヒサオミのレモンチューハイを一気に飲んだ。
追いかける気だ。
ヒサオミがその背中に声をかける。
「フミヤ、ちょっと待って。」
「?」
「君が更野さんを泣かせたら、僕が許さない。」
「分かってる。」
フミヤは階段を降りていった。
ヒサオミは階段を眺めながら、ポツリ。
「僕のココロは折れたのに…、フミヤは強いな。」
*** ***
音美はフミヤの下宿の所まで、帰って来ていた。
ふと見ると、フミヤの部屋にまだ灯りがついている。
あいつ電気つけっぱなしで出てきたんだ。よっぽど慌ててたんだな。
「アホ!」
また叫ぶ。
すると後ろから反論が来た。
「誰がアホだ、ノート美!」
心臓が飛び出るかと思うくらい驚いた。
フミヤ?
また息を切らしている。
全力疾走で追いかけてきたな。
きっと、ヒサオミ君はここまでしないだろう。
夜の道端。フミヤが叫ぶ。
「俺は、お前が好きを諦めない!この意志は硬いんだ!」
硬いね。誰よりも硬い。
ここまで、してくれたんだもん。
応えないってのも、女の恥よね。
「もう、仕方がないなぁ。わかったよ。」
小学生の時の告白は、バラバラに帰ったもんね。
今日は一緒に帰ろう。
「ねえフミヤ。フミヤのイニシャルってわかる?」
「『2B』のことはもう良いだろ。フミヤは『F』だ。」
「そう!『F』の鉛筆はね『HB』より硬いんだよ。」
私はとても嬉しかった。
折れやすい2Bだと思ってたけど、こんなに硬いFの鉛筆だった。
やっぱり彼氏ってのも良いかな。
「鉛筆?何のことだよ。」
「ひみつ~」
おしまい