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テーマ『靴ひも』
かつて英国では自動扉がなかなか普及しなかったという。
その理由がふるっていて、かの国では次の人のために扉を押さえて開けたまま待っているのが当たり前だと思われていたから、というのだ。
さすがは紳士の国。
私もそんな大人になりたいと思う。
まず紳士には帽子が必要だと中折れ帽を買った。
当時、皆は、「似合わない事を」、と散々にからかったが、いずれ自然にしっくりくる様になると言う店員さんの言葉を頑なに信じている。
今は結婚して娘もいる、そろそろ貫禄もついて様になってるはずと、同僚の子に帽子のつばを摘んでの会釈をしてみたり。
彼女は朝の挨拶に続けて
「お嬢さんが玄関までお見送りですか、可愛いですね」
そう言って旋毛をちょんちょんと触った。
何かな?、と帽子の上を確かめると、手に触れたのは一輪の秋桜。
「えっ、まだ年長さんだよ、手が届くはずないのにどうやって?」
すると彼女は悪戯に微笑んで。
「あっ、靴ひもがほどけていますよ」




