テーマ『鍋の話』
『鍋の話』
「みろ、邪悪にほくそ笑んでいる奴を」
「ああ、気をつけろ、今宵の闇は一段と深いぞ」
『鍋の話』
「八百屋さんで大安売りをしていたから、今晩はおでんにしたわ」
「いいね、って、大根しかないじゃない」
「大丈夫、役者はそろってるわ」
『鍋の話』
「あんな変人の一体どこが良くて付き合うのかわからないわ」
「あら、何事もふたを開けてみるまではわからないものよ」
「なるほど、われ鍋にとじ蓋とは、よく言ったものね」
『鍋の話』
もしも願い事が叶うなら、言葉を話せるようにしてください。
ほんの一言で良いのです。
いつも料理をしているお母さんに、話しかけたいのです。
カタコト、でも。
『鍋の話』
「お母さんは、頑張った」
制服を脱ぎながら。
「ただいま、ねえ聞いて、もうね、お稲荷さんは見るのも嫌だわ」
母は、スーパーでお寿司作りをしているのだけれど。
「お母さん、見栄え良く並べるの苦手で、アルバイト君にやらせてたのね、そしたら大口の注文があったの、お稲荷さん200個よ、しまったって思ったわ。アルバイト君にSOSを送ったのに目を合わせてくれないの」
ぷりぷりしてる。
まあ気持ちはわかる。
ね、アルバイト君。
「お稲荷さんは面倒なのよ、お揚げを一つ一つ開いて破れない様に詰めるだけでも手間なのに、機械の四角いご飯は一つ分に足りなくて、折角握ってくれたけれど、お母さんが全部バラバラ事件にしちゃった」
なるほど、犯人の自白で一件落着でよろしいですか?
「それだけじゃないの、注文品は時間までに作らなくちゃいけないから大忙し、休憩もなくて、ほんと働いたわ」
「お疲れ様」
はいはい、分かりました。
「つまり、今晩は鍋だね」




