第9話
第九話
足元で佇んでいた男はこちらを見上げ、私の姿を確認すると何かにひどく納得したかのように深くうなずく。
そして、私の足の間、すなわち股の下を何事もなかったかのように潜り抜けてゆき車の運転席に腰を掛けた。
車から激しい音がする。
エンジンだけではない、クラクションの耳障りな警告音が耳に刺さる。
ヘッドライトは点滅を繰り返し、ウインカーは不規則に光りだす。
やかましい音楽までもが聞こえ始めた。
サスペンションは軋みを上げて車を上下左右に揺らしている。
しまいには、男の歌声も聞こえだした。
聞きなれた童謡だった。
しかし、見た目の派手さとは異なり、車はは一ミリだって進んでいない。
ひたすらにエンジンを空転させているだけだ。
時折、前輪が左右にわずかに揺れる。
私は、暫くその車の様子を観察したが特に害はなさそうだったのでそのまま男を放置して後ろに振り替える。
そこには小さな穴の中に何人もの男がうずくまっていた。
辺りには悪臭が立ち込める。
恐らくはこの男たちの誰かが、粗相をしたのだろう。
身体は鋼鉄のはずなのに、その五感ははひどくさえわたっている。
口さえあれば空気の味だって吟味できるだろう。
しかし、そのさえわたった五感に届けられるのは悪臭とやかましい車の駆動音だけだった。
森からは、そこに住まうであろう動物たちの鳴き声一つ聞こえてこない。
くさい、うるさい、くさい、うるさい、臭い、煩い。
不快感が私を支配する。
堪らない、我慢できない...
存在しない両の耳を手で塞ぎ、その場で身動ぎする。
ふと、気付く
私は既に、我慢する必要の無い存在だという事を
そうだ。
私は彼らと同じだ。
力がある。
力があるから我慢の必要が無い。
我を押し通す力がある。
ならば、それを使わない手は無いのでは無いか?
素晴らしい発想が頭を過ぎる。
そうだ、今までとは違う。
私は既に私を通す事が出来る。
ならばそれを通さない理由は無い。
私は無法だ。
自由だ。
掟だ。
なんだって出来る。
身体が多幸感に包まれる。
信じられない、生まれてこの方こんなに幸せに包まれたのは初めてだ。
こんなにも世界は可能性で満ちていたのか!
こんなにも世界は自由で満ち溢れでいたのか!
世界はこんなに広くて美しい‼︎
私は両手をいっぱいに広げ、その場で静かに回り出す。
研ぎ澄まされた五感が世界を感じとる。
夜の冷たさが心地良い。
森の静けさが心地良い。
風を切る腕の感触が心地良い。
『今ならなんだって出来る』
なんて素晴らしいんだ!
素晴らしい!素晴らしい!素晴らしいッ‼︎
私は心地良い幸福感に支配され、そのままの調子で足元に手を伸ばす。
そこにあるのは、ただ喧しいだけの玩具と汚らしい人形達。
私は地面を抉るように左右それぞれの手で、彼等を持ち上げる。
掌から土だけが綺麗に流れ落ちて、そこには彼らだけが残る。
うるさい玩具はタイヤを回し、人形達は小さく縮こまる。
それを私は無機質な鉄の顔で見下ろす。
大きく息を吸う。
そして静かに手を握りしめる。
冴え渡った聴覚に音が届く。
触覚は熱を伝える。
視覚は燃える明かりを写す。
嗅覚は焦げた肉の匂いを嗅ぎ取る。
味覚は鉄と塩の味がする。
恐怖で涙が溢れる
意識が遠くなり、何も感じなくなる...
すいません、今回は迷走しました。
とりあえず主人公を壊したかったのですが、なんとも読み辛いような解り辛いようなものに仕上がってしまいました。
後1話続きます。




