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武田勝頼激闘録  作者: pip-erekiban
前の巻 第二章 家督相続
52/205

信虎帰還(五)

 時間を戻そう。

 信虎がもう二度と動くことのない身を横たえる寝所で、おあいと釣閑斎が何やら話し込んでいた。

 人は払ってある。

「無理を言ったな」

 釣閑斎はおあいに対してねぎらうような言葉をかけた。

「こっちもうんざりしていたところです。こんなじじいと一緒にいたって、なんの足しにもならなかったんだもの」

 そうは言うものの、人を殺したことなどあるはずもないおあいである。手に残された父信虎の頸の感触は、決して心地よいものではなかったに違いない。

 そのことを考えると釣閑斎は、おあいが事前に求めていた対価が安いもののように思われた。

「一門として武田家に出仕する。本当にこれだけで良いのだな」

「はい。金子きんすなど賜っても、この寒空さむぞらに放り出されてしまえば女の一人旅では殺されて奪われるのがせいぜいでしょう。いまは母も亡く、都に未練もありません。一生面倒見て貰うことを考えたら、こんなじじいの一人や二人(あや)めたってどうということはございません。かえってあのとき、釣閑斎様に信虎様殺害の密命を得たことは幸いでした。本当にもう、このじじいと一緒にいるってだけで、うんざりしてたんだもの」

 おあいが釣閑斎から信虎殺害の密命を受けた「あのとき」こそ、信虎が諸将の眼前で筑前左文字を振るったあのときであった。

 ただ、釣閑斎のために一応弁明しておくならば、このじじいとて決して独断で信虎殺害の密命を下したものではない。

「あんまりじじいじじいと申すでない」

 釣閑斎は皺だらけの口許をへの字に結んで、おあいを咎めたのであった。

 ずっと後の話になるが、信長の大軍に攻め寄せられた武田家が、新築の新府城を遺棄して逃走しようとしたとき、おあいは

「信虎京上臈の娘」

 としてその逃亡者の列に名を連ねている。武田家は滅亡の危機に瀕してもなお、信虎を葬ったこの女を見捨てなかったということであろう。


 天正二年(一五七四)三月五日、武田信虎は信州高遠城でその生涯を終えた。享年八十一とも七十七とも伝えられる。いずれにしても当時としては異例の長命であった。

 勝頼が信虎の甲府帰還を許さなかったのは、その家中に及ぼす影響力を恐れたからだと甲陽軍鑑は伝えている。於福を母に持ち、武将としての経歴の出発点が高遠諏方家だった勝頼を、累代武田宗家に仕えてきた甲斐衆が快く思っていなかっただろうことは想像に難くない。確かに信虎はいつ死んでもおかしくない老人ではあったが、血筋という点においては宗家の正統には違いなかった。どう足掻いても自分には手に入らないものを持つこの老人の影響力を、勝頼は恐れたものであろうか。

 信虎は開府に伴い自らが創建した大泉寺に葬られ、大泉寺殿泰雲存康大庵主の戒名を贈られている。結局信虎は、死んでようやく甲府への帰還を許されたのであった。

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