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武田勝頼激闘録  作者: pip-erekiban
前の巻 第一章 勝頼誕生
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三増峠の戦い(ニ)

 いずれにしても北条が敵方に転じた情勢下、信玄はかかる事態を打開すべく別働隊を武蔵秩父に派遣して北条領内を直接攻撃したり、駿河に押し寄せる北条方と各方面で激闘を繰り広げるなど奮闘しているが、これ以上の駿河在国を諦めて永禄十二年(一五六九)三月下旬、間道を利用して一旦甲斐に帰還した。

 二箇月も経ない五月上旬、信玄は二度目となる駿河侵攻を開始する。今やまったく力を失った今川氏真に代わり対武田戦を戦う北条氏を叩くため、信玄は武蔵滝山と伊豆三島に同時侵攻を開始した。これは陽動作戦であり、信玄の真の狙いは無論駿河であった。氏康はかねてより敵の攻撃目標と目されていた蒲原城や興国寺城の防備を固めており、甲軍はこれらを攻め囲むが容易に陥落する気配がない。

 氏康は甲軍が攻めあぐねている様子を見て夜討ちを立案し、城方と協議を重ね作戦を練った。後詰の北条軍と籠城兵の連絡が容易だったところを見ると、甲軍の包囲はそれほど厳重ではなかったのだろう。

 兎も角も、北条方は包囲の甲軍に対し、四方から火を掛け鬨の声を一斉に発して夜討ちを仕掛けた。城から打って出た決死の兵のみならず、遠巻きに構えているだけだとばかり思っていた後詰の軍勢までがいつの間にか直近まで接近しており打ち掛かってきたことで、甲軍は慌てて退いた。

 北条方の兵は、甲軍が退却したあとの陣地跡に放置されていた信玄の八幡大菩薩旗を拾って氏康に献上した。

 氏康はこれを手に取ると


  名をかへよ たけだがほすと 八幡の

  はた打ちすてて にげ田信玄


 との落首を詠んで上機嫌であったという。大事にしていた八幡大菩薩旗を捨てて逃げたのだから、「にげ田信玄」に改名せよ、といった意味合いであり、氏康の得意な様が目に浮かぶようである。

 ただ武田方も北条方も、それぞれ本気で敵を殲滅しようとは考えていなかった。甲軍の包囲陣は先述のとおり穴だらけだったし、これを逐った北条方も退却する甲軍をとことんまで追い詰めて潰乱させるようなことはなかった。

 どうも駿河を巡るこのころの甲相の角逐は、お互いが落としどころを見出すために肚の探り合いをしていたような節がある。本気で戦っているようには見えないのだ。もし敵野戦軍を追い詰めて撃砕したり、城を厳重な包囲下において凄惨な籠城戦に発展するようなことになれば、お互い引くに引けない立場に追いやられるわけであって、それは信玄も氏康も望むところではなかったはずである。一旦は甲軍を逐って得意満面の氏康も、なかなか落としどころを見出せない点は悩ましいところであった。

 なおこのころ、家康の攻勢を前に掛川城が遂に開城している。家康は開城条件である氏真以下城将、城兵の助命を遵守し、氏真とその妻早川殿を廻船によって小田原まで送り届けている。

 信玄は怒り心頭であった。

「我が武田家が氏真を駿府から逐わねば、三河の小倅こせがれひとりで今川を抜くなど到底かなわなんだものを」

 というのが、その理由であった。

 しかし信玄は同時にまた冷静であった。この度の駿河攻めの果実は、その過半が家康のもとに転がり込んだことは事実であった。掛川城を開城に追い込み、氏真を退去させたことにより、世間的には家康が弓矢に拠って今川領国を切り取ったという構図が出来上がった。なんといっても力こそがものを言う武家社会であるから家康の武名は大いに挙がった。

 一方で駿河に食指を伸ばした武田はそこでの支配権を依然確立できないままであった。

 だからといって信玄は、やっかみから家康を攻撃するなどという暴挙を犯すことがなかった。目の前の問題をひとつひとつ解決していくことに注力したのである。結局は地道に問題を解決していくことが、事態打開の一番の近道だと肚を固めたのだ。より具体的にいうと、北条を大いに叩いて武田と交戦する不利を知らしめるということである。

 但し難しい問題が横たわっていた。それこそ前述の、お互いが引くに引けなくなるような泥沼の戦いに発展してしまっては本末転倒であるという点であった。

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