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武田勝頼激闘録  作者: pip-erekiban
後の巻 第二章 甲相死闘
166/205

高天神城陥落(ニ)

 しかし戦火は木曾ではなく、勝頼の思わぬところで上がった。甲斐都留郡は西原に、北条方滝山城衆が押し寄せたのである。

 還暦を過ぎた西原の古老は、街道を伝って東から迫る軍兵と旗標を見て

「そういやあ、昔あんな風景を見たことがあるずら」

 と遠い目をしながら言った。古老が、迫る軍兵と旗標を見ても慌てなかったのと同様に、畑や田んぼの手入れに忙しい百姓達も、特にそういったものを気にすることなく作業を続けていると、東から迫るその軍兵どもは近郷を焼き払い、そのため逃げ惑う隣村の人々の声が古老達の耳にも届いた。驚いた村人達は西原館主武田有氏の許へと走った。このような事態に全く慣れていなかった西原の人々の話をかいつまんで聞き出すために有氏は苦労したが、要約すれば

「正体不明の軍勢が侵入して、村に放火している」

 というものであった。有氏は近郷の小菅や上野原、そして都留郡領主小山田信茂に対して急使を派遣した。百姓からの注進では要領を得なかった正体不明の敵なるものについても、東から出現したことから北条方の滝山衆と予想される、と附言した。有氏は早速陣太鼓を打ち鳴らし、領内の軍役衆に非常参集を求めると、集まった侍達は皆おしなべて青い顔をしていた。皆一様に発生している事態について信じられないというような表情であった。有氏は彼等軍役衆に

「汝は檜原の関口を守れ」

 とか、

「汝は西原の百姓を組織して防戦に当たれ」

 と矢継ぎ早に指示をして、少ない人数ながら必死の防戦を繰り広げた。正体不明の軍勢ということであったが、有氏はその旗標から押し寄せたのは予想どおり滝山衆であることを確認した。武田有氏にとって滝山衆といえば、今を遡ること十一年前の永禄十二年(一五六九)におこなわれた三増峠の戦いに付随する廿里とどりの戦いで干戈を交えた相手であった。

 このとき信玄は二万の兵卒を以て北条領国を荒らし回り、更に郡内に残してきた小山田信茂に別働隊を編成させて滝山方面に出動させている。滝山城主北条氏照はこの別働隊を叩くべく廿里において小山田信茂と激突したが、逆に地理に詳しい小山田勢に散々に叩かれ、迎撃部隊は這々の体で滝山に逃げ帰る醜態を晒したのであった。

 廿里の戦いには武田有氏も小山田信茂麾下として参陣しており、それだけに今回の滝山衆の攻勢は、十一年前の報復の念を帯びて激しいものがあった。有氏率いる西原衆は次第に各方面で劣勢を強いられ、いよいよ西原館眼前に敵が迫ったそのとき、小菅五郎兵衛尉と、加藤丹後守信景の援軍が西原に到着して滝山衆に横入よこいれした。このために滝山衆は退き、武田有氏はかろうじて西原を守り切ったのであった。

 撃退に成功したとはいえ、これは甲斐本国への他国からの侵略に他ならなかった。信玄の代には一度として許したことがなかった本国への侵攻であり、甲斐の人々が受けた衝撃は並大抵のものではなかった。

 この戦いの後、何とか生き残った西原の古老は、いくさの最中、以前見たことがある光景というものを思い出した。それはこの老人が大人としてあの扱いを受けるようになって間がない、四十年以上前のことであった。古老はどこの誰が干戈を交えたものか今も知らなかったが、甲斐府中の侍衆は都留郡西原に北条方が侵攻したとの報を聞いて指折り数えた。

「最後が先々代の折で、天文七年(一五三八)のことだ。四十二年ぶりのことだ」

「いよいよお家滅亡か」

 侍衆は、天文七年に北条氏綱が都留郡上吉田に侵入し、武田信虎がこれを追い払ったという戦いのことを挙げて、ひそひそとそのように言葉を交わした。おおっぴらには出来ないが、先代信玄のころには一度として許すことがなかった甲斐本国への侵攻を、当代に至って許してしまったことが武田家衰退の兆候だと自ずと認識されたのであった。

 勝頼は早速手当てとして、譜代旗本衆荻原豊前守を都留郡岩殿城に派遣した。他国からの侵攻に晒されつつある国衆に対しては武田家から兵を派遣して防備に当たらせるのが常だった。その措置が甲斐国内で採られたことは、これまでそのような侵略に晒されたことがなかっただけに異例であった。本国侵攻という事態に至って勝頼は、詰めの城である要害城の普請強化だけでは不安を感じざるを得なかった。

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