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武田勝頼激闘録  作者: pip-erekiban
後の巻 第一章 越後大乱
131/205

直訴(ニ)

 翌朝、一行は日の出前の暗いうちから府第の門前にあった。遅滞せぬよう寒さに凍えながら開門を待っていたものであった。

 辰の刻の始まり、開門と同時に一行は府第内に通された。今回決破がおこなわれるのは厩の北の三軒目であった。三右衛門尉達がそこに入って奉行を待っていると、自分たちと同様に旅装に身を包んだ三名が入ってきた。内田郷より召し出された村人と思われた。両者は言葉を交わせば感情的になるので、殊更口を利くことがなかった。緊張感溢れる決破の場に二名の奉行が入ってきた。緊張感は最高潮に達した。

 奉行はそれぞれ

「工藤源随斎」

「原隼人佑」

 と名乗った。

 三右衛門尉は前回そうしたように、今回も目の前に広げた判紙に奉行の名前を記した。三右衛門尉は判紙に奉行の名を書付ながら内心驚いていた。工藤源随斎といえば前の西上野箕輪城代内藤修理亮昌秀の実兄であったし、原隼人佑も前の陣馬奉行原隼人佑昌胤の子であった。いずれも城代、郡司級の大身の将で、他国に聞こえるものだった。このような大身の将が公事の奉行に立ったということは、少なくとも前回と比較して、武田が本件の公事をいよいよ本気で解決しなければならないと考えている証拠だと、三右衛門尉にはそのように思われた。

 三右衛門尉等は当然与り知らない話であったが、昨年十月に二度にわたって公事がおこなわれた後、ふらりと府第を訪ねた加賀美の大坊と勝頼との間で以下のような遣り取りがあった。

 もとよりさしたる用件もなく勝頼を訪ねた大坊である。

 ひととおり世間話を交わしたあと、大坊が思い出したように

「そういえば、小池郷と内田郷との境目争論の決破はどうなりましたかな」

 と話題を振られた。

 勝頼はそのような争論があって、二度にわたり決破がおこなわれたことについては知っていたが、それに先立って

「先例に則り奉行衆において適切に判断するように」

 という定型文的な指示しか下していなかったものであるから、

「決破ですか。奉行衆が適切に判断したと思います」

 とこたえると、大坊は俄に驚いた様子を見せて

「結果をご存じないか」

 と言い、続けて

「実は、小池郷の者共が府第に持参したであろう目安は拙僧が代筆したものでございましてな。気にかけておりましたのでこのように訊ねたものですが、そうですか。結果をご存じないか」

 と、消沈した。

 勝頼は大坊が府第を辞した後、本件の公事を担当した櫻井右衛門尉や今井新左衛門、安西平左衛門尉を召し出して

「小池と内田の決破はどうなったか」

 と質問すると、三名は額にびっしょりと汗を浮かべしどろもどろになりながら

「実は、その、結論を先延ばしにしております」

 とこたえた。

 勝頼は

「左様か。思うに論人が一門の桃井将監であることに気を遣って結論を先延ばしにしているのであろう。よろしい。そなた達には荷が重い公事だったというわけであるな。小池郷の人々も冬を前に貧窮しておるであろう。近々目安を持参するはずであるから、その際は大身の将を以て公事の奉行に宛てよう」

 と言った。

 櫻井右衛門尉等は、荷が重い公事の決裁から逃れられてほっとするやら、勝頼から担当不適を言い渡されたようでうろたえるやらであった。新たに任命された工藤源随斎と原隼人佑は、前任の櫻井右衛門尉や今井新左衛門、安西平左衛門尉から公事の経緯を聞いて知っていた。こういった奉行衆の手に負えなかった公事が自分達の許にもたらされてきた意味もよく理解していた。

 今回の決破でも、内田衆は

「加増もなく貧窮甚だしいので元々のとおり内田郷の山として領した」

 と主張し、小池衆は

「内田山を内田郷から奪うつもりはなく、従前のとおり熊沢を境に入会いりあいを認めて欲しい」

 と双方の存念を述べて譲らず、奉行二名は

「決破では結論を出すことが出来ない。現地の検分が必要である」

 という一応の結論を出すに至る。

 これは武田にとっても英断であった。武田一門の桃井将監が論人であるから、桃井将監が領する内田郷の言い分を認めるという人治主義を排し、自らが定めた甲州法度之次第に定めた法理に則って決裁を下すという意志を表明したからだ。甲府に足を運ぶこと三度、遂に小池衆は武田の奉行を現地に引っ張り出すことに成功したのである。未だ山への乗り入れが許されたわけではなかったが、小池郷へ帰る一行の足は軽かった。三右衛門尉は帰村したその足で屋敷に入り、父のもとに行って告げた。

「いよいよ武田の御検使を賜ることになりました。勝利は疑いがありません」 

 しかし病床に伏す官兵衛は、痩けた頬をゆっくり動かしながら

「ようやくここまでたどり着いたのだ。御屋形様の一歩手前まで来ていると心得よ。ゆめゆめ油断するな」

 と、これまで楽観的だった様子を微塵も見せずはじめて警句を発したのであった。

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