世にも不愉快な物語
食事付きの説明会のあとは、やはりピンキー加工現場と広大なストックヤードを見学し、それから屋上に移動して、午後のやや傾きかけた太陽の下で、感動的な新旧交代劇を見物した。硬直したピンク色の人体が、太陽の光を受けてみるみる軟化していった。ピンク色の液体がすべて落ちると、ストレッチャーに乗った若者は目覚めて起き上がり、ロボットから与えられたバスローブを身に付ける。見ていた相棒が近付いてハグし、話しかけた。
「ご苦労さん。無事生還したな」
「ウソだろ、さっき麻酔室に入ったばかりだぜ。しかし君は少し老け込んでいるな」
「あれから二年が経ったんだ。その間僕の生活は惨めだった。予約したことでほかの奴よりかはマシになったが、それでも配給は十分じゃない。でも君はこれから先二年、優雅に暮らしていける。今度は僕が眠る番さ。君にとって二年間は瞬きほどの長さだった。だから、すぐに立ち上がることもできたんだよ。さあ、二年間、ゆとりのある生活を楽しみたまえ」
「ありがとう。で、僕たちのエミーは?」
「ああ、彼女ね。残念だがエミーはここに来ていない。彼女は自殺したよ。しかし、悲しむことはない。なんたって君はいままでの君じゃないからな。二年間楽に暮らせる金持ちになったんだからな。もう、女のほうから寄ってくるさ」
「信じられないな。さっきエミーと別れたばかりなのに……。それに彼女は、僕の出所を楽しみにしていたのに……。いったいなんで自殺なんかしたんだ?」
「残念だが、僕はすぐに加工場に行かなきゃならないんだ。彼女の自殺のことなど話している時間はないんだよ」
「しかし僕は、君にエミーを託したんだぜ!」
「ハハハ、もっと気楽に考えろよ。君は金持ちになったんだ。人生が変わったんだ。体中にまとわり付いていた貧乏神が飛んでったんだ。不自由なく暮らせるんだ。たとえエミーがいなくても、彼女はきっとつくれるさ。君はハンサムだし金もある。それにエミーは、君の知っているエミーじゃない。二年も経てば老け込むものさ」
「放っておいてくれ!」
生き返った若者は相棒に目もくれず、二台のアンドロイドを供に、とぼとぼと歩いてエレベータに乗り込んだ。
「女なんて、どうでもいいじゃん!」
大声で叫んだのは勉だった。しかし、若者は振り返ろうとしなかった。相棒は悲しそうな顔つきで、しばらくの間閉じられたエレベータを見つめていた。ほかの見学者たちも顔を曇らせ、哀れな若者を見送った。
帰りがけ、反対側のプラットホームの奥に「地下刑務所」という表札の門があることに気付いた。
「なんでこんなところに刑務所なんだ――」
勉は知り合いがここに収監されていることを思い出した。妻殺しの罪で懲役二○年を食らい、現在も服役中である。ここに来たのも何かの縁だと思い、差し入れぐらいしてやろうと反対側のプラットホームに回って門のところに来た。
「予約なしで面会できる?」と門番の警官ロボットに聞くと、「面会は自由です」と答える。
「ただし、二台のロボットが付きます」
「差し入れの売店は?」
「そのようなものはございません。受付であなたの名前と国民番号、面会対象者の名前と国民番号をお願いいたします」
「相手の番号は分からんが、名前と生年月日、罪状くらいなら分かるよ」
「それでけっこうです。当刑務所は自由な雰囲気の開放的刑務所として、見学も随時受け入れております。ただし、逃亡の可能性を考慮して、ロボットが二台付くのです」
受付で手続きを済ませ、二台のロボットに挟まれて分厚い鉄格子扉の前に立つと、扉が自動的に開いて、中に入ることができた。長い一本の廊下の両脇が牢屋になっているらしく、格子扉の上の札に懲役一〇年以下から二〇年、三〇年、さらに終身刑もあって奥に行くほど刑が重くなっている。
先導のロボットが懲役二〇年の扉の前に立つと、扉が開いて看守ロボットが顔を出した。
「受刑者の棚は二〇二です」
嗚呼、またしてもストックヤードだ。通路の両側に一〇段の棚が並んでいて、ピンキーたちがびっしり置かれていた。
「知らなかった。無知だよ。囚人がまっ先にされるに決まっている」
嫌なものを三度も見せられた勉は、人生最悪の日に違いないと思った。しかしロボットは、容赦なく勉を知り合いのところに連れて行った。彼は二〇〇列目の下から三段目に寝ていて、ちょうど勉の胸ぐらいの位置にツルツルの頭部があった。脳味噌と眼球が薄っすらと透けて見え、人体模型のようだったが、輪郭でなんとなく知り合いの顔つきだと思えた。
「女房が死にたいといったから自殺幇助して二〇年だ。彼女抽選に当たっちまったんだ。いったいいつから?」
「ピンキー化作業は五年前から始まりまして、いまでは全国の囚人ほぼ全員がピンキーになっております」
「彼はあと何年で出所できるの?」
「いまのところ未定です。開設以来、出所した人間はおりません。懲役五年以下でもシャバに戻されておりません。罪人の人権まで考える時代ではございませんから」
「そうだろうな。まっとうに生きてきた人間だってピンキーにされちまうんだ」
「石眠技術により刑務所の運営費は大幅に削減されました」
「そりゃそうだ。看守もロボットだしな」
「で、棚が満杯になったら?」
「大昔は離れ小島や新大陸などに追いやられましたが、今日では宇宙空間に追いやられます。ですから満杯になることはありません」
「死刑は廃止されたはずだろ?」
「死刑ではありません。移民ないしは所払いです」
「ものはいいようだな。ピンキー自体、現実からの所払いさ。老人、囚人、要のない奴らは固めるに限る。久しぶりに友人の変わり果てた姿を見ることができた。僕もこうならないように襟を正して生きるとしよう、いや、僕もすぐにこれだ」
勉は友人の頭を乱暴に撫でた。
「ロボットの世界では電源を切られて棚に置かれることは当たり前のことです。この状態では拘禁ノイローゼもありません」
「まあ、いろいろな見解があるわな。ありがとう、勉強になったよ」
勉はニヤリとわらって、ロボットのゴツい肩をポンポンと叩いた。
(つづく)