4.モブ顔の男
よく考えてみれば、こんな事態になるまで6人の兄達が黙っていないはずだ。兄達は度々彼女の元を訪ねてきていた。だが、自動人形が盗まれる数日前から城には来なくなっていた。この時から所在を探っていれば、良かったと後悔している。
ニイ兄様もこうなるのが分かっていれば、すぐにでも父の悪行を公表して糾弾するはずだ。そうなっていないということは、自動人形を人質にとったうえで、6人全員がどこかに幽閉されているか、最悪の場合殺されているかもしれない。
兄の安否を考えていたら、モブ顔の男が話しかけてきた。
「先程、エランジェルイトの姫様とお話されてましたよね?」
「ええ。貴方は?」
「申し遅れました。錬金国家・名誉男爵、モーブ・チーチオと申します」
さっき姫様が言っていた協力者の1人のようだ。この男どこかで見た事があるような気がするんだけど、思い出せない。
「彼女の名前はセブネス。一応貴族だけど、訳あって家名をいう事はできない」
「訳ありですか。まぁ冒険者には多いので私は気にしません」
「それはありがたいです」
「ああ、そういえばエランジェルイト国で、数ヶ月前に出た大会、あの姫様は魔法を一切使わなかった。魔法で有名な一族なのに…」
「なんの話ですか?」
「あの時に一緒に出場していた冒険者の女の子、いや本物の姫様を庇って魔法を全て受けた姫様は貴女ではないかと」
この男、どこまで分かっているのだろうか?
「あの時の姫様と冒険者のコンビを、私たちは警戒してました。まともに戦えば勝てなかったかもしれなかったので」
「彼女には関係がない話ですよね?」
「私は2人の闘い方や動きの癖を、相棒は魔力の匂いを覚えていたんです」
優勝した2人のうちの1人か。今の話から、もう1人も近くに潜んでいると考えた方が良さそうだ。
「…この事をネタに脅すのですか?」
「そんな事をするつもりはないです。ただ知り合いなら、あの姫様の協力者になって欲しいと思って…」
「はじめから彼女は、私を救出しに来てますから、その辺はご心配なく。それと貴方と貴方の相棒は冒険者でしたよね?」
「はい。それとここだけの話、相棒も一緒に来てます」
やはり、相棒も連れてきていたか。
「それなら彼女から依頼を出します。貴方と相棒の方の報酬併せて金貨20枚で」
「随分と報酬が良いですね」
「かなり危険ですし。契約書無しの先払いで」
彼らのおかげで儲けられたし、報酬は高めにしてある。
「契約書無しとは…。私達が裏切る事は考えて…なさそうですね。それで依頼の内容は?」
彼は驚いていた。当然である。冒険者ギルドを通さないで依頼を出したり受ける場合、正式な契約書などをを作成していないと後で色々と問題が起きる。だから普通は契約書を作成するのが一般的なのだ。
だが、今は紙とペンを持っていないし、取りに戻る時間もない。
それに彼らが裏切る事はないだろう。そんな事すればエランジェルイト国を敵に回す事になるし。
「ナナ・サリシュの6人の兄の所在と生存が確認できたら、救出をお願いします。…もし死亡していた場合、可能なら亡骸の回収を依頼します。彼女の兄の匂いのついた物は持っておりますので」
「…普通は本人の救出をお願いしますよね?それに何故、彼女の兄の物を持って…君はまさか!」
「それ以上の詮索はしないで下さい」
彼女は青・黄・緑・茶・白・黒、6つの色の狐面と金貨20枚を袋から取り出した。
この6色の狐面は、兄達が彼女に「御守りに」と持たせたものだ。装備する事で情報を隠蔽する効果があるらしい。
彼は、彼女から受け取った6つの狐面と報酬を自分の影ができている場所へと置いた。「約束通り、報酬は全部貰うよ」と声がして、それらは消えた。
「相棒を影に潜ませていたので、君から受け取った品を持たせて、会場の外に出しました。すぐにでも解決してくれると思います」
「ありがとうございます」
「それじゃ試合で、会いましょう」
モーブさんは去っていった。