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かくしごと。  作者: monaka
9/10

会者定離。

 

 私は、君が居なくなっても生きて行けるだろうか? 


 強く生きてくれないと困りますよ。それに先輩はもともと私が居なくても強く生きてきたじゃないですか。


 でも今の私は……


 そこですよ。先輩は私と出会ってダメになったと思います。私も先輩と一緒にいるとどんどんダメになってくんですよ。


 ……だから、もうさよなら? 


 はい。さよならです。


 そっか……。それなら、私自身のせいだったんだね。


 先輩がダメになったのは私のせいです。そして、私がダメになるのは先輩のせいです。一緒に居てもいい事ないです。


 ……君は、強いね。


 強くないです。


 強いよ。私よりよっぽど。


 強くないです。




 だって、今にも泣きだしそうな私が強いわけない。

 必死に涙をこらえているけれど、きっと目はだいぶ潤んでしまっているだろう。

 私が無理して先輩を拒絶しているのはバレバレかもしれない。

 もうちょっとなんだから、がんばらないと。



 君が居なくなったらどうなってしまうか分からないもん。私は弱いよ。君と出会う前はね、必死に自分に嘘を付いて見せかけの私でコーティングしてなんとか必死に生きてきたんだ。でも……今の私にはもう自分を守る方法が分からないんだ。好きな人ともう会えないなんて私には耐えられそうにない。


 その好きな人、って言い方辞めてよっ! 先輩が一体どういうつもりで言ってるのかわからないですけどほんと迷惑です! これ以上私を迷わせないで下さい! お願いっ、だから……っ。


 ダメだ。

 我慢の限界。

 私はついに涙腺が馬鹿になっちゃってボロボロ涙を流しながら、それをごまかす様に大声で先輩に向かって叫び散らした。


 ……っ、ご、ごめん。そんな困らせるつもりなんてないよ。ただ私は……


 うるさいうるさいうるさいうるさい! もう何も聞きたくありません! これ以上先輩と話してると私が壊れてしまいそうです! これ、私の分の代金置いておきますから! 


 そう言うと私は千円札を机に叩きつけて先輩から逃げるように店から飛び出した。


 後ろで先輩の涙声が聞こえた気がする。

 何を言ってたのかは分からない。

 だけど、これ以上話していたらきっと私は先輩に何もかもを泣きながら告白してしまうだろう。

 私の隠し事も知られてしまう。

 そんなの嫌だ。

 先輩にとって、他の人達と同じだったって思われるのは嫌だ。

 失望されるのは嫌だ。

 嫌われるのは嫌だ。

 何より、拒絶されるのが嫌だ。

 だからこうする以外に無かったんだ。


 先輩、ごめんなさい。

 弱い私を許して下さい。



 ちょっと先輩と一緒にいる時間が楽しかったからって、

 ちょっと先輩が人より綺麗で黒髪が艶やかで白い肌が透き通っていて目が大きくて澄んだ瞳がとても魅力的だったからって

 ちょっと先輩が私の事を気に入ってくれたからって

 ちょっとその甘い声で私に話しかけてくれるのが気分良かったからって

 ちょっと他の信者共より先輩に近い関係になれた事に舞い上がってたからって


 簡単に勘違いして先輩に恋をしてしまった弱い私を許して下さい。


 本当ならいつまでも対等に話を聞いてあげられるような存在で居たかった。


 先輩はそういう相手を求めていた筈だから。


 だけど私には無理です。

 もう、頭の中先輩の事ばっかりなんです。


 その細くて繊細な手を握りたい。

 その黒く艶やかな髪を触りたい。

 その白く透き通る肌を抱きしめたい。

 その潤った可愛らしい唇を……

 そして、そして……


 そんな事ばかり考える最低な女なんです。

 先輩の事を欲望で汚す事ばかり考えてるゴミクズなんです。


 だからそんなに私を必要としないで下さい。

 私には先輩の期待に応える事ができそうにありません。


 だから、これ以上先輩がダメにならないように

 そして私が先輩を汚してしまわないように。



 さよならです。


 それなのに私は銀河鉄道の夜をプレゼントなんて未練がましい事をやってる。


 先輩に苦しんでほしいって思ったのは本当だけどそれはただの八つ当たりで、本当はただ私の事を忘れないでほしかっただけなの。

 私は必死に先輩の事を忘れようと頑張ってるけどそれはただ先輩への思いが膨らみすぎてどうにかなってしまいそうだから忘れて何も無かった事にでもしないと耐えられそうにないの。

 だけど先輩まで私の事を忘れちゃったらって思ったら悲しくて辛くて涙が止まらなくなっちゃうから先輩は私の事忘れられないようにわざと酷い事言って私を印象付けてプレゼント送ってあの内容と私との別れを少しでもいいからリンクさせていつまでも忘れないように、本を見る度私の事を思い出すようにしたの。


 そんな汚いやり方でしか先輩の中に居続ける事ができない私を許して。

 許せないなら許さなくてもいい。

 だから、


 だから私の事忘れないで。




 私は頭の中に電動の泡立て器か何かを突っ込んでぐっちゃぐちゃにされたような気分だったけれど、逆に細かく泡立ちすぎて頭の中がスースーするような、つまり逆に頭が冴えて混乱はどこかへ行ってしまった。


 不思議と家に着くころにはかなり冷静になっていた。

 全部終わったからかもしれない。

 何もかも終わったから。

 あの別れ方なら、これ以上ない程全部終わってしまった感があるから。

 だから、もう悩む必要はないんだ。


 私は明日この街から出ていく。

 だから、今までの私は全部、あの喫茶店で、先輩に預けた。

 全部先輩に押し付けて逃げてきた。


 もう私は別の私。

 新しい私だ。


 だから……きっと大丈夫。



 その日、私は驚く程あっさり眠りにつく事ができた。

 先輩からメールや電話がくるのではないかと心配していたのだが、そんな事はなかった。


 さすがに先輩も諦めたのかもしれない。


 少し寂しさを感じるけれど、私が望んだ事なのだから仕方ない。


 ……そういえば、先輩からのプレゼントはまだ見てなかったな。


 ……いや、確認するのはもう少し後にしよう。

 今見ちゃったら未練がぶり返すかもしれないし。



 翌朝、午後には引っ越しの荷物を積み込むトラックがやってくる。

 午前のうちに残ってる荷物を全部片づけてしまわないと。

 まだちょっとだけ残っているが、まだ時間はあるから大丈夫だろう。


 自分の部屋を出て居間へ向かうと、予想外というか普段ならありえない事が起きた。


 知らない人が居る。


 私が何事かと固まっていると、その人がこちらに気付く。


 あらあら、貴女が……源ちゃんのお孫さんかしら? 


 誰? 


 源ちゃん? 

 もしかして……


 もしかしてこの人。


 いや、それは無い。

 薫ちゃんは死んだ筈だ。


 あの、あなたは……



 私がそう口に出そうとしたところで、台所から母が現れる。


 あら、起きてきたの? この方はね、お爺ちゃんの昔のお友達なんだそうよ。亡くなったのを聞いてわざわざお線香をあげにきてくれたの。まだお仏壇を片づけなくて良かったわよ。


 引っ越しするところだったのねぇ……、もう少し遅かったら間に合わなかったんでしょう? 最後にお線香あげられて良かったわ。


 とても上品な雰囲気のおばあさんだった。

 笑うと目じりが下がって優しそうな感じが強くなって、年を取るならこういうふうにしたいって思えるような素敵な人だった。


 それじゃ私はそろそろ行こうかしら。


 今日はわざわざ来て下さってありがとうございました。父も喜んでいると思います。


 私が何も言えないでいる内におばあさんは立ち上がり、母が感謝の言葉を告げる。


 ……喜んでいる……どうかしらねぇ。私、源ちゃんとはあまり仲が良くなかったから。


 そう言っておばあさんは寂しそうに笑った。


 母と一緒に彼女を玄関まで送り、ドアを閉めた後、片づけに戻る母の後ろ姿を見ながら少し考える。


 あの人とおじいちゃんの関係性について。

 本当にただのクラスメイトかもしれない。


 でもあまり仲良くは無かったと言っていた。


 仲良く無かったクラスメイトがわざわざお線香をあげに来るものだろうか? 

 むしろ嫌いな相手だからこそ最後の別れをするという可能性もあるが、あのおばあさんの表情はそういうんじゃなかった気がする。

 昔を懐かしむような、確かに祖父の事を悪からず思っているような、そんな感じがした。



 気になる。

 私は、靴を履くのも忘れて玄関を飛び出した。

 周りを見渡してもおばあさんの後ろ姿は無い。


 そんなに早く移動できるわけがない。まだ近くに居る筈だ。

 そこで初めて裸足な事に気付いたが、戻っている余裕は無い。

 老婆がどうやって私の家までやってきたかを考えると、歩きとは思えない。なら、タクシーだ。


 私は角を二つほど曲がった先の大通りまで走る。

 そこに、タクシーを停めて乗り込もうとしているおばあさんが居た。


 まって下さい! 


 私は大声で叫ぶ。

 おばあさんは耳が遠くはなっていないらしく、私の声にすぐ反応して振り返ってくれた。

 タクシーの運転手に頭を下げて乗るのをやめる。


 息を切らした私に、どうしたの? と優しく声をかけてくれた。


 私は、肩で息をしながら単刀直入に聞く。


 おじいちゃんとは、どういう、関係……だったん、ですか? 


 おばあさんはちょっと戸惑ったような顔をしながらも、あらあら、と言いつつ場所を変えましょうか。と私を連れて近くにあったベンチへ向かう。


 私が裸足だった事に気付いたのか、大丈夫? と心配してくれたが、それどころじゃない。


 気にしないで下さい、と告げ質問の返事を促す。


 ……どういう関係、と言われてもねぇ……本当にただのクラスメイトなのよ。……でも、それで納得してくれそうな顔してないわねぇ。


 おばあさんは私の顔を見つめて、品定めでもするかのように目を見開いた。私はじっと見つめ返し、無言で返す。


 分かったわ。教えてあげる。……でも聞いたら私の事嫌な女だと思うわよきっと。私はね、あなたのお爺さん、源ちゃんの事が好きだったの。ずっと……ずっと好きだった。だけど源ちゃんって全然そういうの興味がない朴念仁だからどれだけアピールしても気付いてくれないのよね。


 おばあさんは懐かしそうに遠い目をして笑った。


 だから私はもっともっと源ちゃんの情報を手に入れようとしたの。だから源ちゃんと一番仲のいい人に取り入って、そこからいろいろ聞きだそうとしたのね。最低でしょう? 


 好きな人の事を知りたくてその人に近い人に取り入るなんてよくある話だと思う。と伝えると、若いのに達観してるのねぇ。とおばあさんは頬に手を当てて目を閉じる。


 でもね、結局源ちゃんは私なんか全然興味なかったみたい。むしろ何故か敵意みたいな物も感じたわ。きっと私の醜い企みに気付いていたのね。そしていつしかあなたのお爺さんは隣のクラスの華代ちゃん……あなたのおばあさんと付き合うようになったの。私の恋はそれでおしまい。少し恨めしい気持ちはあったけれど、二人の事これでも応援してたのよ? ……それに、私には……源ちゃんを好きで居続ける資格はなかったから。


 突然おばあちゃんの話が出てきてびっくりした。おばあちゃんも同じ学校の同級生だったのだ。

 いろいろ興味深い話だったのだが、私が一番ひっかかったのは最後の部分。


 好きで居る為の資格なんて、あるんですか? 


 私は、まるで自分に問いかけるように目の前の老婆に詰め寄った。


 ……無いわよ。本来はね。でも私には好きでいる資格はないの。失ってしまったのよ。私のせいで源ちゃんの大切な物が失われてしまったから。……ごめんなさい。私もう行くわ。もういいでしょう? これ以上話すのは私も辛いのよ。


 本当はもっと詳しく聞きたかったのだが、おばあさんの目が、それ以上は絶対に話したくないと言っているようで、タクシーを探しに去っていく後ろ姿にお辞儀をして見送る事しか出来なかった。



 家に戻り、最後の片づけをして、引っ越し業者さんが段ボールをどんどん詰め込んでいく様子をぼーっと眺める。


 やっとここを去るという実感が湧いてきた。


 先輩とさよならするっていう実感が、湧いてきた。


 トラックを見送り、私達は新居まで電車で移動する。

 トラックは明日の朝新居に到着し、それから荷物を運び入れるという流れだ。


 今夜は布団も無い見知らぬ部屋で眠らなきゃならないのかとげんなりしながら流れていく風景を眺めた。


 ふとあのおばあさんの言っていた事を思い出す。

 いろいろやる事が多くてじっくり考える暇がなかったのだ。



 おじいちゃんの大切な物が失われた。

 おじいちゃんの大切な物とはなんだろう? 

 私には薫ちゃん以外思い当たらない。


 仮に、あの話が薫ちゃんの事だったとして……


 だとしたらあのおばあさんのせいで薫ちゃんが死んだという事になる。

 お爺ちゃんは日記に書いていた。なぜカムパネルラはザネリなど助けてしまったのだろう。どうして薫ちゃんが死なねばならなかったのだろう。


 ……自分をジョバンニ、薫ちゃんをカムパネルラと重ね合わせていたおじいちゃんがその書き方をするという事は、もしかすると薫ちゃんは誰かを助けて死んだのかもしれない。

 だとしたら、さっきのおばあさんがザネリって事? 


 だけど、おじいちゃんの日記にいじめっ子なんて登場したことがない。

 登場する人物なんておじいちゃんと薫ちゃんと……もう一人。


 ……あれ? 


 おかしい。

 それはおかしい。


 動悸が激しくなる。


 私は何かとんでもない思い違いをしていたんじゃないか? 


 もしそうなら。


 もしあのおばあさんがそのもう一人の登場人物だったのなら、おじいちゃんのあの日記は全く違う意味を持ったものになってしまう。


 だとしたら私は完全に誤解していた。


 おじいちゃんの悩みをはき違えていた。


 私は、私は目頭が熱くなるのを感じた。

 母親がそんな私に気付いて心配の声をかけてくる。

 私は、そんな母親に

 大丈夫、って一言もしゃべれないくらい顔面が涙でべちゃべちゃになっていた。


 私は

 そう、あの日記に記されていたおじいちゃんの本当の隠し事に気付いてしまった時、私は、我慢できない程





 先輩に会いたくなってしまった。



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