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かくしごと。  作者: monaka
6/10

意馬心猿。

 


 やだよ。嘘でしょ? ……ねぇ、嘘だよね? 引っ越しなんて嘘なんでしょ? 


 残念ですけどもう決まった事なんですよ。だからもう少しで先輩とはお別れなんです。



 もう少しってどのくらい……? 


 あと二週間とちょっとくらいです。


 そんなにすぐなの? なんで今まで言ってくれなかったの? 


 私の方も急に決まった事なんですよ。祖父が死んじゃっていろいろあったんで。母の都合ですから私がとやかく言える事じゃないです。


 なんとかならないの? 


 なりません。


 なんとかしてよ……。


 なりません。


 そうだ、じゃあ私と一緒に住もうよ! そしたら一緒に居られるよ。引っ越ししなくて済むし私が卒業したって……


 先輩。


 ……な、なに? 


 ……これ以上、私を悩ませないで下さい。


 ……そう、だよね。君だって悩んで決めた事なんだろうし……わがまま言っちゃだめ、だよね……。それでも、私は……


 先輩。どうしようもありません。




 そんなやり取りをして、私たちはまた電車に乗り込み帰宅したのだが、その短い道のりが簡単にはいかなかった。


 駅まで戻るだけでも一苦労。

 先輩がまるで子供みたいに、うわぁぁぁぁん! とか言って泣き出しちゃって私も泣きそうになるのを必死にこらえながら出来るだけそっけなく努めた。


 あの時、先輩は私がいろいろ悩んで決めた事だからって言ってたけど、私を悩ませないでっていうのはきっと先輩が思ってた内容とは違う。


 あんな態度取られたら普通勘違いしちゃうでしょ? 一生隠して生きて行こうって決めたのにあんな風にされたら私はどうにかなってしまう。

 もしかしたら気持ちを伝えてもいいのかなって勘違いしてしまう。


 そういう意味での悩ませないで、だった。



 私からの精一杯の意思表示。



 そこからというもの電車の中でも先輩はずっとぐすぐす鼻をすすりながら目を真っ赤にして私の袖の肘のあたりを掴んで離さなかった。


 まじでやめろよ可愛すぎるだろ。


 たまに、ほんとたまにだけど先輩は私の事がそういう意味で好きなんじゃないの? って思う事がある。


 もしそうだったら私は嬉しい。と、思う。


 だけど、きっとそういうんじゃないんだ。

 先輩にとって他の人達と違う人種が私しかいない。

 先輩と対等に言い合える相手が他に誰も居ない。


 だからきっと、私に依存してるだけなんだと思う。


 私も先輩に依存してしまいそうになるけれど、この気持ちを抱えたまま万が一先輩が言うように一緒に暮らす事になんかなったら本気で私は壊れる。

 頭の中ぐちゃぐちゃどろどろの汚物ばっかりになって毎日フラストレーション溜まりまくりでそのうち先輩にも当たり散らすようになるだろう。


 そんな約束された不幸生活を送る気は無い。


 だから私は出来る限り先輩にそっけなく、そして私は何も気にしてないそぶりをして諦めさせなければいけない。


 先輩を自立させる、なんて言うと、なんて上から目線のおこがましい奴だろうって思うけど、先輩を私と出会う前の元の先輩に戻すだけだ。


 一人だって強く自分を持って生きてきた先輩なら大丈夫な筈。


 私は覚悟を決めたのだから、もう迷っちゃいけない。


 これ以上先輩に振り回されちゃいけない。

 自分に嘘を付く事はもうしない。

 だけれど、先輩には嘘を付き続けよう。


 先輩の為にも、そして私の為にも。



 電車に乗ってしまえばあっという間だ。

 私たちは無事に駅前まで戻ってくる。


 だけど先輩は、まだ時間あるでしょ? って私を引き留めようとしてくる。


 心が揺らぐ。


 だけど、先輩は私から卒業すべきだし、私もそれを受け入れるべきなんだ。

 涙目で、まるで私に助けを求めているかのような先輩を今すぐにでもぎゅってしたい。

 ずっと一緒に居て下さいって言いたい。


 だけど、そんな気持ちを我慢して先輩を騙し続ける事が、こんな不毛な恋心を抱いてしまった私自身への罰なのだろう。


 先輩の身の回りに沢山いる信者達は先輩に対してどういう感情を抱いているんだろう? 


 本当に崇拝や信仰のような物なんだろうか? 

 恋心のような物は一切ないのだろうか? 


 別に同性の恋愛なんて珍しくは無い。

 今のご時世よくある事だ。……と思う。


 先輩の信者達は女性も沢山いて、私に対して嫉妬心を解りやすくぶつけてくる奴も居る。


 それは先輩に対する恋心から来るものなのだろうか? 

 それともただ自分らの指導者、崇拝者を誰か個人に取られたくないというだけの感情なんだろうか? 


 わかんないな。


 それに私やっぱりおじいちゃんの日記を読むようになって頭が固くなって思考回路がお堅くなっている気がする。


 昔の私だったら、うわーめんどくさい! とか、好きなのに言えなくてつらみざわ! とか思ってただけかも。


 ……いや、さすがにつらみざわは無いわ。



 ねぇ、この後……。


 あ、脳内会議で忙しくて先輩の事を忘れてた。


 用事があるんで私は帰りますよ。荷造りもまだまだ残ってますから。


 ……君は、私と会えなくなっても、なんともない? 



 ……なんて事聞くんだよ。なんともなくないよ馬鹿じゃないの? 


 なんともありませんよ。どっちにしても先輩が卒業したら会う事も少なくなるだろうと思ってましたし、そうじゃなくても二年後には留学するんでしょう? それが早くなるだけです。


 ……心臓がバクバク言いすぎて早口になっちゃった。

 おかしくなかっただろうか? 


 ……そっか。そうだよね、私が一方的に君と一緒に居たかっただけなのは前から解ってた事だしね……。


 私も同じ気持ちですよ。ずっと一緒に居たいです。だけど私は一緒に居るだけじゃ我慢できそうにないんですよ。


 なんて言える訳もない。



 先輩だって留学を決めたって事は私と会えなくなっても平気って事だったんでしょう? 


 そんな事言う気は無かったのに、自分の動揺を隠すためについ、言ってしまった。


 先輩はまたその奇麗な瞳に涙を沢山溜めて、留学の話は確かに出てるけどまだ本当に確定なんかじゃなくて……君がどういう反応をするか興味があっただけだもん! とちょっと怒り気味の声で言った。


 あっただけだもん! とか。

 だもん! とかずるい。


 こんな先輩見た事ない。

 顔が真っ赤だし、目も真っ赤になっちゃってるし、小刻みにプルプル震えてるし、無意識で頭をわしゃわしゃしちゃってるからその艶やかな長い黒髪がもしゃもしゃになって顔にも張り付いてるし。


 なんだか私はダメだ。

 これ以上先輩を見てても、可愛いとか大好きとか抱きしめたいとかそんな事しか考えられそうにない。


 私を試したって事ですか? 行かないで下さい! とか言ってほしかったんですか? 残念ですけど私は先輩が留学するって言うなら笑顔で見送りますよ。


 嘘だ。


 先輩に気付かれないだろうか? 勢いでそんな事を言ったけど、先輩から留学の事を聞かされた時完全に狼狽していたのは私の方だったし、先輩が冷静にそれを思い出したら私の嘘がバレてしまうかもしれない。


 でも、その心配はなさそうだった。


 先輩はその場で顔に両手を当てて崩れ落ちてしまった。


 ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい。私はただ君に少しでも必要とされたくてあんな事を……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。


 辺りを歩いている人々が何があったのかと好奇の目を向けてくる。


 お前らが見ていいような人じゃないんだよ散れ! 


 心の中でそう叫びながら私はじっと、先輩が落ち着くのを待った。


 本当は今すぐにでも家に走って帰りたかったが、この状態の先輩を置いていくのはさすがにまずい。


 とりあえず今日は帰りましょう。先輩、ほらちゃんと立って下さい。


 先輩の手を取って立たせてあげると、そのまま先輩がよろけて私に抱き着いてきた。


 一瞬で私の頭が沸騰する。

 湯気でも出そうな気分だった。

 きっと私の顔は真っ赤になっていた事だろう。


 だけど、私に抱き着いている先輩には見えない筈だ。


 ほらしっかりしてください。タクシーなら帰れますか? なんならお金出しますよ? 


 冷静にそう言うと、先輩は、ううん、大丈夫。と弱弱しく呟いた。


 そのまま肩を貸してよろよろとタクシー乗り場まで行って、先輩を車内に押し込む。


 ちゃんとまっすぐ家に帰って下さいね。


 それだけ言って、まだ私の方に何か言いたげな目を向けている先輩に背を向けて家路についた。


 先輩のタクシーが発進

 したのをチラッと振り向いて確認してから、私はみっともなく涙をボロボロ流しながら家まで走った。


 叫び出したい気持ちだった。



 家に着くなり、ドアを勢いよく開けて部屋に飛び込みたかったのに、当り前だけど鍵がかかってたからガスッガスッとドアノブをガチャガチャやって、鍵を取り出せばいい物を私はそんな簡単な事も出来なくなっててそのままドアノブをめちゃくちゃに回したり引いたりしながらドアをもう片方の手で叩きまくった挙句その場に崩れ落ちた。


 我ながら馬鹿だと思う。


 だけど、なんでかその時の私は勢いでしか考えられなくて、勢いでしか動けなかったんだ。


 あまりに騒がしかったので近所の人が出てきてしまい、泣き崩れた私に、どうしたの! と心配そうな声をかけてきた。


 近所の人に支えられて立ち上がった所で、やっと気持ちが落ち着いてきた。



 すいません。鍵が無くて入れないってなって慌てちゃって。でもよく探したらありましたから。もう大丈夫です。


 そう言って、まだ心配そうな近所の人を追い返して自室へ向かう。


 それから何時間か布団の中で暴れた。

 めちゃくちゃに布団を丸めて叩いて部屋の隅に投げつけて回収しに言ってまた叩いて丸めて叩いて投げて拾って叩いて投げて……。


 めちゃくちゃに声にならない変な音を出しながら暴れまくった。


 気が付いたら部屋がぐっちゃぐちゃになってたけど、もともと物が少なくなっていたので段ボール箱が倒れて中身が散らばったくらいだった。



 散らかった部屋をまた掃除しなきゃならないという現実が、少しだけ私を冷静にしてくれた。


 散らばった物を段ボールに詰めなおしながら考える。


 これでよかったのだろうか。


 わからない。


 もしかしたら、私が隠し事を必死に守ろうとしているのは、倫理がどうだとか、同性だからどうだとかはあまり関係なくて


 ただ告白してフラれるのが恐ろしいだけなのかもしれない。


 そう考えると私もただの恋する乙女って奴に思えて笑えてきた。


 笑いすぎて涙が出た。


 先輩があの奇麗な瞳にいっぱい溜めていた美しい涙とは違って、泥水みたいな涙が沢山流れた。


 このまま汚れた物が全部流れて奇麗な部分だけが残ればいいのに。


 ……でも、もしかしたら汚い部分を全部流したら、私なんて何も残らないかもしれないなって本気で思えて、また笑った。

 それならそれでいい。全部流れて消えてしまえ。

 もっともっと沢山流れればいい。

 笑いが止まらない。


 だけど残念な事に、きったない涙はもう止まっていた。


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