拭えぬ違和感
アジ・ダ・ハークとの戦闘が終わり、一日が経過した。
構成メンバーの一人である白伊は俺の最後の一撃で頭蓋骨が割れ、一命は取り留めたものの予断を許さない状況にあるようだ。その他のメンバーは行方知れずで今もなお捜索が行われていると話で聞いた。
戦闘は終わった。脅威は去ったのだ。だというのに妙な違和感が拭い去れない。
持ち前の超回復で一日で歩き回れるほどにまで回復した俺は缶コーヒーを片手に病院の屋上で夕焼けを見送っていた。
率直に言えば俺は不老不死になった。いや、不老不死にもなれる権利を得たという状態らしい。
アジ・ダ・ハークとの戦闘の最中、俺はタナトスの一言で世界の残した重大なバグを見つけ出し、超回復をさらに強化するという《世界矛盾》を手に入れた。もちろん、《世界矛盾》がその程度のものだとは考えにくいため、望月養護教諭と同じく扱いきれていないと判断されたが。
そして手に入れたのはもう一つ。カインが作った義眼である《終末論》が《世界矛盾》の獲得を期に進化した。名前が《終末論》から《黙示録》へと改名された挙げ句、あろうことか意思を持つようになった。
こうして一言で表せば激動の戦いだったわけだが、こうして終わってみるとため息が絶えない。
俺はただの高校生だ。適度に学び、適度に遊び、十分に寝る。そういう学生であることを志にしていたはずなのに、俺はいつから誰かを守るような立場にクラスアップしたんだ。
文句はある。それも十二分に。ただし、その矛先がないのだ。この居た堪れない気持ちをぶつける先がない。
だからこそ、俺はこうして夕焼け色に染まる屋上で一人、缶コーヒーを片手に黄昏れているわけなのだが。
「やあ」
「…………丁度いいや」
呼んでもいないのに勝手に現れたのはいつもどおりの悪友…………もとい死神の姿だった。
なのに、タナトスの表情がいつもと違う。どこか憂いているような気がする。
珍しくしおらしい姿を目にしたことで少しだけ不思議に思ったが、その理由はなんとなく察しがついていた。それもこれも、全ては俺が感じている違和感に直結する。
故に、俺は丁度いいと言ったのだ。このむしゃくしゃした感情を晴らすには、どうしてもタナトスが必要だったから。
かと言って、どれから聞けばいいかちょっぴり迷った。聞いたところで教えてくれるかも謎だし、どちらかと言えば聞かないほうが良いのかもしれないとも思う。
けれど、俺は聞くしか無かった。どうしても気になってしまったから。
半分ほど飲み干した缶コーヒーを手すりに置いて、来て早々のタナトスに問う。
「なあ、タナトス」
「なんだい?」
「お前はこうなることを知っていたんじゃないか?」
「…………こうなるとは? アジ・ダ・ハークが君に負けることかな? それとも君が不老不死の権利を手に入れることを? はたまたそれ以外の何かだろうか?」
「全てだ。俺に出会ってから今日に至るまで全て。もしかしてお前、最初から全部わかってやってたんじゃないのか?」
「…………」
言葉が詰まる。
どうも答えにくいらしい。誰かに口止めされているのか。それともどう返せば面白くなるのかを考えているのか。後者だったら最悪だけど、前者ならその相手は……。
余計な考えが思考を鈍らせる。だからもう考えることをやめた。
俺はタナトスを信じているわけではないが、無益な嘘はつかない。それにある程度なら嘘かそうでないかの区別はつけられる。
やがて、タナトスの口から語られる。
「全てではないよ。もちろん、結果が見えていたこともあるが、一連の全てが計画の内ではない」
「計画、ね。仕組まれてたってわけだ」
「端的に言えばそうなるだろう。君は裁定者の立場にいる。事件が起こり、そこに君が行けば、君は嫌でも渦中に飲み込まれる。そういう運命の元にいる」
「だろうなぁ。俺も最近、自分が巻き込まれ体質なんじゃないかって思うようになってきたんだ」
から笑いをして、コーヒーを煽る。
巻き込まれ体質なんじゃないかと思うようになったのは、神埼家が日本を牛耳る家であるという事実を知ったときからだ。
結局、俺は麻里奈と出会うことですでに別世界の戦いに巻き込まれるだけの要件を満たしていたのだ。
もちろん、タナトスと出会う前の話だから、ここにタナトスの計画は関係ないと信じたい。もしも関係しているのであれば、俺はそういう星と元にあるんだなと笑うしかなくなってしまう。
ともあれ、これではっきりした。俺がこんなにも学生らしく生きられないのには少なからずタナトスが関わっている。だからといってなにかするわけでもないんだけれど。
俺はどう転んでもこんな風になっていた気がする。今みたいに不老不死のような力はなくとも、どうにかして力を得ていたのかもしれない。
だって、俺の守りたいものは昔から変わってなんていなかった。
俺は…………麻里奈を守りたかったんだ。
麻里奈が神埼家である以上、俺が力を手に入れていようがいまいが関係なく戦いに向かっていただろう。そこに俺は分不相応にもその戦いに割り込むはずだ。
そして、力がない自分に嫌気が刺しながらも戦いの場から離れようとはしない。
我ながらひどい自己分析だ。どこかで間違いを願うが非の打ち所がない完璧な自己分析に本当にめまいがする。
ほのかに笑うタナトスに俺はもう一つ訪ねた。
今度はもう少しだけ突っ込んだ内容だ。
「お前ってさ。一体、誰の味方なんだ?」
「…………もちろん、御門恭介の味方に決まっているだろう? むしろ、それ以外のどこに僕の席があるというんだい?」
「胡散臭い言い方だなぁ。まあ、そこがお前らしいとは思うけど。結局お前はそういうやつなんだよなぁ」
「ああ、そうさ。僕はこういうやつなんだ。諦めてくれよ」
二人してカラカラと笑う。
本当はお互いわかっているのだ。俺がタナトスにとって良くないことを知っていることを。あるいは、タナトスが俺が求めた情報を故意に隠蔽していることを。
これは必要なことだ。そう言い聞かせながら、もう一度訪ねた。
「お前は……誰の味方なんだ」
「御門恭介さ」
真剣な眼差しを見て息を吐く。本当のようだ。
コーヒーを流し込んで、沈みそうな夕焼けを最後に眺める。
おそらくタナトスが言っているのは本当のことだ。でも、違和感は拭い去れない。タナトスの言動は毎度とんでもなく信じられないものだ。
けれど、今日のタナトスの言葉や態度は信用に値する。本物かを疑うわけではないが、少し不気味ですらあった。だからこその違和感なのか。いいやこれは別のことから訪れたものだった。
右手で持ち上げた缶コーヒーを眺めながらしばし悩む。
最後に聞こうとしていることを聞けば、きっとタナトスははぐらかすだろう。だが、それは肯定であると判断もできる。よほどタナトスの普段の言動が控えめなやつであれば見誤りだったと笑って許してもらおう。
人差し指を立てて、最後に一つだけというのを強調しつつ口を開く。
「最後に一つだけ聞いていいか?」
「野暮なことは聞かないでくれよ」
「《顔の無い王》。俺はこの名前にふさわしい男を知っている」
「…………おそらくは他人の空似か、気のせいだろう」
やはりはぐらかされらた。これにより、俺の脳内では一つの公式が生まれそうにあった。残念ながら、その公式が出来上がる前にタナトスはど逃げるようにどこかへ行ってしまった。
きっとそうだといいな。
心の中でそうつぶやくなり俺は缶コーヒーを口にした。
しかし、すぐに缶を逆さにして中身が無いことを知ると、最後に大きな息が漏れた。
「もうねぇじゃん」





