表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/250

平等な停滞

 響いた怒号に答えたのは麻里奈ではなく俺だった。


「麻里奈はただ、負けそうだった俺の心を奮い立たせただけだ」

「なに……? そんなわけがない。不老不死を殺す短剣に刺されて、その程度で復活できるわけがないだろう!!」


 こいつもしや声援の心強さを知らないな?


 かく言う俺も詳しくは知らないし、何だったら応援されるようなことは生きてきて片手で数えるほどしかしていないから誇れはしないが。

 実際問題、俺がどうして生きているのかは不思議だった。おそらく、あのカインの短剣というものには不治の傷を与える能力か何かが付与されているのだろう。それなのに俺の受けた傷はもう塞がっていた。

 一体何が俺を救ったのだろうか。その謎を解くにはこいつの登場が不可欠だった。


「君たちの負けだ、アジ・ダ・ハーク」

「…………タナトス」


 いつにもましてどこからともなく現れたタナトスは、いつもとは違う空気を纏っていた。

 真剣な眼差しは普段のタナトスそれではなく。そして、どうやらアジ・ダ・ハークとタナトスはお互いを知り合っているように思えた。

 つくづくタナトスの交友関係はわからないとつぶやいていると、タナトスが今までの現象を紐解いていく。


「彼はカインの短剣(それ)では殺せない」

「何故だ! 御門恭介は不老不死だろう! なのに何故、不老不死を殺す短剣で殺せない!!」

「――彼が不老不死ではないからさ」


 当たり前だろうと。タナトスは言った。


 俺は不老不死ではない。では、死なない俺は一体何なんだ?


 ずっと不老不死だと思っていた俺が、実はそうではないという事実を聞かされて困惑する。それはアジ・ダ・ハークの諸君も同じらしく、白伊に関しては言葉を詰まらせていた。

 しかし、かつてタナトスは言った。俺に《死ねない体》を与えたと。

 さらに颯人たち不老不死者と出会って理解した。俺は不老不死なのだと。

 だから、俺は不老不死なのだと思っていた。それが間違いだと正されもしなかったから、てっきりそうだったんだと思っていたんだ。


 タナトスは俺に一瞥してから語り始めた。


「彼は死なないのではない。死ねないんだよ。自分の意志や他人の意思に関わらず、彼は死ぬことが出来ない。そして何より、彼は不老不死たる条件をクリアしてはいない」

「不老不死の条件…………そうか、御門恭介は《世界矛盾》を見つけてはいない」

「そう。不老不死の条件はたった一つ。才能でも、閃きでも、幸運でもない。世界のバグとの対面だ。それを噛み砕き、己の中に一つの公式として当てはめ、世界を根底から覆さなければ、世界は不老不死を与えはしない」

「じゃあ、そうじゃないとすれば……死ねない化け物はなんだって言うんだ」


 明らかな白伊の恐怖。

 それが俺に向いているのだとすぐに分かった。きっと、俺を殺すためにとんでもない策を練ってきたんだろう。その中のたった一つが成功した。だがそれは失敗で、白伊たちが考えていた前提条件が違うのだと言われた。

 計算高いと思われる白伊にはそれはとてもじゃないが大打撃だっただろう。なぜなら、タナトスはアジ・ダ・ハークに向かって、それでは勝ち目がないと断言したのと同義なのだから。


 誰もがタナトスの言葉を待っていた。けれど、その口は未だ迷いを感じているように思えた。おそらくはその言葉を発することによって何かが変わってしまうのを恐れたのだろう。

 どうしてそう思ったのかはわからない。ただ、浅からず共に過ごした俺にはそう思えてしまったのだ。そうして、タナトスも俺に視線を向けることでバレていることを悟ったのだろう。

 タナトスは意を決したように口を開く。


「彼は…………今も死に続けている」

「死に続けている……死んでいるのではなく?」

「不老不死は世界の恩恵だ。世界に従属する僕ら神々には与えられない上位の力に等しい。だから、僕は考えた。神の身でありながら不老不死を与えることは出来ないかと。そして、一つの可能性に行き着いた。それは死神としての僕だからできる不老不死モドキの作り方だった」


 それは、


「生死の境の更に先。死の瀬戸際の体に魂を定着させるというものだ」

「それを人は生きているというんだ。動く体が有り、魂があって初めて人は生きられるはずだ!」

「そうじゃない。なんて言えば良いのかな。前提条件が違うんだよ。君たちは体に魂が宿っていると思っているのかも知れないが、僕たち神からすれば体よりも魂のほうが優先度が高い」


 高度な話をしていて、途中から話についていけていない。

 要するに俺は不老不死じゃないってことだけ覚えておけば良いのか。あるいは、この難しい話を理解しなくちゃいけないのか。悩ましい顔をしていると、隣にいた麻里奈が俺に向かって静かに首を横に振る。

 それが覚えなくていいという意味だとわかって、俺はアホの子のようにぼぅーっとした。

 タナトスも俺がついてこれていないのを把握して、小さく息を吐くややれやれと首を振った。


「当人が話を理解できていないから簡単に言おう。僕は彼の体をある一時点の状態に留まるように作り変えた。そこに御門恭介という魂を定着させることで彼はあたかも不老不死のような状態になったんだ」


 一息。


「だから、彼の心臓に不治の傷をつけても無駄だよ。彼の体は回復しているのではなく、元に戻っているだけなのだから」

「元に戻る…………時間逆行の体、ということかな?」

「端的には」

「は、ははは。前提が違った……タナトス、あなたが作ったのは化け物ではなく、まして英雄などでもない………………終末論だ」


 何がどうなっているかわからない。ただ、俺の左目が熱く反応する。けれど、いつもの反応ではなかった。

 それはおそらく、俺なりにタナトスたちの会話を噛み砕いて理解したからだろう。その結論がこの現象を巻き起こしているに違いない。


 俺は死ねない。死に続けているなら、死ぬことが出来ない。だが俺は生きている。心臓は鼓動を脈打ち、意思は確固たるものとして存在している。


 ――――俺は死んでいるのに(・・・・・・・)生きている(・・・・・)


 曰く、不老不死は世界の恩恵だそうだ。世界が残した致命的なバグを見つけたことにより、その栄誉を讃えて世界が付与する力だ。

 そして、死にながら生きるというのは、十中八九世界が残したバグに違いない。つまり、俺は不老不死を賜る条件を満たした。

 同時にタナトスが語った内容を噛み砕いた白伊は《終末論》と口にした。加えて、懇切丁寧に説明がなされたことにより、《終末論アヴェスター》がキーワードを認識した。

 いつもならば黄金の炎が滾るのだが、今回は違う。その理由はすぐにはわからないが、左目からは虹色の炎が滾っていた。


〈終末点補足。終末事象《平等な停滞》をダウンロード――完了〉

〈続けて、インストールを開始します――完了〉

〈続けて、《終末の記録者》をインストール――完了〉

〈続けて、ベヒモス、およびレヴィアタンによる《選ばれし者》をインストール――完了〉

〈続けて、使用者《御門恭介》の《死ねない体》をコピー――完了〉

〈続けて、終末事象《虚無の口》をコピー――完了〉

〈続けて《平等な停滞》、《終末の記録者》、《選ばれし者》、《死ねない体》、《虚無の口》、および《終末論》の結合を開始します――完了〉

〈1thプロトコルを突破クリア――――2ndプロトコルへ移行――完了〉

〈すべての過程の完了を確認。これより当機は機能拡張アップデートを開始します――完了〉

〈これより当機は《終末論》から《黙示録》と改名し、貴殿を所有者として認識します〉


矛盾解消ハローアンダーワールド――――――――」


 そして、その言葉を口にすると世界はガラリとその風景を変えてしまったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ