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女神の一声

 力なく倒れ込む御門恭介の姿はまるで死人のようだった。

 それを抱きかかえて私は地面に膝を付けた。何度声をかけても返事はない。息は辛うじてしているが、貧弱でなおも弱っている。誰がどう見ても死に際のそれだ。けれど、それはおかしい。


 私は刺された傷を見た。するとどうだろう。ナイフのようなもので刺された傷が塞がらずにそこから大量の血液が流れ出している。しかも、刺された場所が悪い。見るからに心臓を破られたようだった。

 心臓から血液が流れなくなってから人は三分から五分までは確実に生きている。適切な処置さえすれば助かる道はまだある。だが、ここは医療機関ではない。まして、野外である。

 私ははしたないとわかっていても舌打ちをしてしまう。

 どういう原理かはわからないけれど、アジ・ダ・ハークは不老不死者を殺すことができる。その確信を得て、脳裏に逃亡の文字が浮かんだ。


 いつもの私であれば、即座に離脱していただろう。他人の命より自分の命が大切だなんて、人間が猿だった頃からわかりきっている真理である。それを実行するだけのことだ。だから、私は悪くない。

 それなのに体は御門恭介を抱きかかえたまま動き出そうとしない。どうも迷っているみたいだ。


「彼は死んだ。この場から立ち去るなら追いはしないが、どうする?」

「…………そうね。逃げるのが得策よね。御門くんは死んでしまったようだし」

「ならば立ち去るといい。僕たちはあなたを害する必要がない。もっとも、僕たちを害さなければの話だが」


 言って、白伊と名乗った青年は構えた。もう戦いは終わっていて、戦う必要はないはずなのに今更に構えたのには理由がもちろんある。

 それは私の目が白伊を睨みつけて身動きしなかったからだろう。加えて、私の《世界矛盾》は今までになく世界を狂わせている。戦闘続行を思わせるには十分だった。


 この行動は間違っている。生物として非合理的な行いだ。復讐ほど醜く無価値なものはない。そんなことはわかっている。

 しかし、感じるのだ。神々に英雄として作り変えられたという彼がこのような結末を望むはずがないと。そして、望まないのであれば彼は必ず起き上がる。


――――なぜなら彼は、常に正義を(・・・・・)体現する化け物(・・・・・・・)なのだから。


 これは復讐ではない。彼が目覚めるまで時間を稼がねばならないから。

 これは無謀ではない。彼がそれを正しいと必ず思っているから。


 だから、私は間違ってなどいない。

 それに私一人で戦うつもりも毛頭ない。


「遅いわよ」

「ごめんごめん。せんぱいのお嫁さんを見つけるのに手間取っちゃってさ」

「それに念入りに縛られてましたし~?」


 私たちがここに来た本来の目的。それは神埼麻里奈を救い出すというものだった。

 そして、それはつつがなく済まされた。勝ち誇るように建物から出てきた黒崎実と穂を見て、胸をなでおろす。

 二人は招くように手を伸ばすと、その先から神埼麻里奈が出てきて一瞥する。そうして、傷ついている御門恭介に歩み寄って、悲しそうな目をしながら手を伸ばした。その手が頬を触れる。微動だにしない御門恭介の呼吸は先程よりも弱くなっていた。

 誰もが諦めて然るべきなのに、神埼麻里奈は死にそうな御門恭介にこう言った。


「きょーちゃんが死んじゃったら、私も死んじゃうから」


 だから、死なないでほしい。おそらくそういう意味を含めて告げた。何も起こるわけがない。不老不死者を殺すナイフで刺された御門恭介が目を覚ますはずがない。

 そう思っていたのだが。


 頬に触れていた手を離そうとして掴まれた。絶対にありえないと思えたことが起きたのだ。

 麻里奈の手を掴んだのは御門恭介だった。一部始終を見ていた私は驚きで震えた。奇跡に近い。否、これは真理を超越した状況だ。死者が生き返る(・・・・)など!!


「じゃあ…………おちおち死んでもいられないな」

「うん……きょーちゃん」


 傷がふさがっていく。おそらくは不老不死者の超回復を無効化する何かを秘めていると思われるナイフで刺された傷が徐々に癒えていく。しかも、その回復速度が時間を追うごとに早くなっている。

 御門恭介の本来の超回復速度までもとに戻るのを見て叫ぶ青年がいた。


「ありえない……何をした…………一体、何をした神埼麻里奈!!」


 白伊の怒号が辺り一面に響いた。

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