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不死者を殺せ

「天も地も、母なる大海に至っても、やがて人は管理する。時も、思いも、星の自転さえも、とうとう人類は統率を可能にした。一秒の定義を引き伸ばし、無限とも言える寿命を手に入れて、星の尽くを滅ぼしてまで、人は生を切に願う。ならば言おう。声高らかに謳おう。時よ――全ての基準たる一秒の歩みよ。今一度、その歩みを悠久の如く遅らせて、世界の終わりを引き延ばせ」


 黄金の炎を灯して言霊を紡ぐ。濃霧の終末は未だ晴れていない。だというのに、俺はもう一つの終末を起こそうとしていたのだ。

 そして、言霊を紡ぎ終わるや、世界の時間がとてつもなくゆっくりとなった。

 《完全統率世界》の中では俺は動けば筋肉や皮膚が破れる。そこから失血して最後は気絶してしまう。だが、濃霧が扱える今ならば身動きすら必要ない状態になる。


 理想はそうだった。けれど、代償を伴う終末を二つも発動すれば一体どのようなことになるかなどわかるわけもない。代償が二つになるのか。あるいは新たな代償が生まれるのか。どちらにせよ、やってしまったものは仕方ない。

 俺はどんな痛みにも耐える所存で代償を待つ。が、どうやら代償は前者のものだったらしい。


「やった……のか?」


 話すだけで喉から血液が出る。どうやら成功しているようだ。

 終末を二つ同時に操ることができる。これは大きな収穫だが、恐ろしくもある。

 ともあれ、世界の時間はゆっくりとなり、白伊もその例に漏れずに身動きがゆっくりとなっていた。


 やっぱり、ただの人間だっていうのは本当だったみたいだな。でも、あれほどの戦いが純粋な人間にできるなんてな……。


 人間を舐めるなとどこかで聞いたようなセリフだが、よもや人外の戦いにここまでついてこれるとは思いもしなかった俺は素直に称賛する。

 そうして、俺はこの戦いに終止符を打つために地面に手を触れて、白伊を倒すために世界に命じた。するとどうだろう。白伊が居た場所の真下の地面が大きくえぐれ白伊はあえなくそこに落ちていく。

 唯一、俺の度肝を抜いたことと言えば、落ちるしか無い白伊がその場から消え去ったことだろう。


 一体どういうことだ!? この静止した世界では誰も動けないはず……。


 失念していた。この世界は停止した世界ではない。実際には一秒をとてつもなく引き伸ばした世界なのだ。現に静止した世界を能力無しで動ける人物を俺は知っているではないか。

 俺は黒崎双子を思い出して歯噛みした。


 白伊はたしかに人間だ。だが、俺のよく知る人間とはかけ離れた超人だった!!

 超人だからなんだと言われれば、これは俺の予測でしか無いが白伊は《完全統率世界》の中を動けるのかも知れない(・・・・・・・・・・)というありえない考えが浮上する。


 多少の手傷は仕方がないともう一度体を動かして地面を触る。いくらかの皮膚が破れたが、そんなことお構いなしにとっさに俺は前方に大きく飛ぶ。

 足の筋肉が断裂したのか、鈍い音が足から聞こえた気がするがそれよりも背後にまで迫ってきていた白伊に目を向ける。


 こいつ。一秒にも満たない時間で俺の背後にまで回り込んでいたのか……。


 透明人間とまで言われる白伊の技能は尋常じゃない速さと卓越した技能から来るものだったらしい。にしても、恐ろしい才能である。いや、才能に加えて努力を積み重ねた集大成というべきか。

 現在、白伊は俺が立っていたところに上段蹴りを空振りしている姿でゆっくりと動いていた。

 おそらくだが、黒崎双子のようにずっとこの世界に入り続けることはできないのかもしれない。しかし、またいつ動くかわからないとすれば迂闊に大きな事はできないだろう。


「俺が言うのも何だけど、バケモンだなお前……」


 《完全統率世界》を一旦解いてから俺はそう告げた。

 すると、空振りをした白伊は眼鏡を上げて小さく息を吐いてこちらを見る。

 どうも白伊は感情の機微が小さい。何を考えているのかわからないというか、いやあるいは白伊が俺のことを観察しているから何もわからないだけかも知れないが。それでも白伊は異様なまでに希薄だった。

 そこで気がついた。白伊はまだ構えを解いていないのだ。きっと、あの希薄な姿こそが白伊の透明人間たる所以なのだ。そう思うと、俺は白伊の凄さで苦笑いをしてしまう。


「全く……どうしてこう、俺の周りは荒っぽいやつらが集まるんだろうな?」


 そんなことは知らないという返事のように白伊が消え去り、次の瞬間に俺の心臓めがけて手のひらが伸ばされる。再び《完全統率世界》に潜ると、筋肉の負傷を覚悟で俺はその攻撃から逃れようとして白伊の横に入る。

 そして、攻めてきた白伊を逆に《天地劫末》で絡め取ろうとしたのだが、白伊の腕だけが俺を追いかけるように動き、やがて俺は捕まった。

 その後はいつものとおりに俺の心臓は弾ける。同時に《完全統率世界》が解けてしまい、白伊の踵落としの追撃が来るのが見えて、苦しい体で転ぶように横に飛んだ。

 避けたはいいが持ち前の回復力でも傷がふさがってから数秒は身動きが取れなくなる。もう一度攻撃されれば確実に当たってしまう。それをわかっているであろうに、白伊は攻撃をせずに話をしてきた。


「異様なまでの回復速度。そして、自らの《世界矛盾》を持ち合わせず、終末を蒐集する目を持つ。君は一体何者なんだろうね」

「……俺は二ヶ月前までただの高校生だったよ」

「僕たちから見れば、君は死なない怪物だ。でもね。この世には死なない者を殺す手段がいくらかある」


 それが何なのか気になるところだったが、それどころではなくなった。

 異様に背中が熱い。それが痛みだとわかる頃、俺は背後から攻撃を受けたのだと悟った。

 痛みに耐えながらやっと動けるようになった体で背後にいる人物を見た。するとそこには、麻里奈の写真を俺に渡してきた男が立っていたのだ。


「ハロハロ~。元気してたか~い?」


 憎たらしいまでの笑顔で、そいつは俺の背後からナイフみたいなもので刺してきたらしい。

 けれど、俺は良くも悪くも死なない。この程度の怪我なら……。


 異変にはすぐに気がついた。目の前の男から受けた傷が全く癒えない。それどこかその傷からどくどくと血が流れ出してきて止まらない。焦るよりも先に何故を考えてしまう。

 そうして、さっき白伊が口にした言葉を思い出した。


「これが……不死者を殺す手段ってやつか……」

「そう。カインの短剣。この世界で唯一不老不死者を殺せる短剣だ」


 白伊が言って、ナイフを持つ男がトドメに俺の心臓をその短剣で突き刺した。

 激痛が走る。意識が遠くなっていく中、俺は悔しさからか白伊たちを見ていた。

 俺が倒されたことに気がついた望月養護教諭も目の前が見えないながらも能力を駆使して俺の方へと向かってきて抱きかかえる。その包容の中でも俺はずっと白伊たちを見ていたんだ。


 やがて、意識が完全に途切れる寸前。

 白伊はとても悲しそうな目でこう言った。


「さようなら、怪物。結局、君では誰も救えやしないんだ」


 それは違う。

 それすら俺の口は語ることができなかった。

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