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天地劫末

 世界は無情だ。生き物ですらないと思えば、あるいは当たり前のことだろう。

 だから、俺はそれを簡単に壊せてしまう。それはきっと悪だろう。許されることでは決して無いのかもしれない。それでも俺は、その力に依存するしか無い。

 誰かを守るのに、四の五の言っている暇はないのだから。


「正気なの……? 私の力は、まだ私も知り得ない危険なものがあるのよ?」

「でしょうね。俺も一度見てきましたから」

「…………本気、なのよね?」

「冗談でこんな事は言えませんよ」


 そう。冗談で世界を破壊する力をくれなんていえやしない。

 俺の望みは唯一つ。麻里奈やクロエや、俺の仲間たちが笑って明日を生きられる平和だけ。それが今、脅かされそうになっているのなら。もしも明日、誰かが欠けるようなら。


――――そんな明日は、もういらない。


 誰かが居なくなるのなら、今この瞬間に世界が壊れても同じだ。

 身勝手だろう。自己中心的に違いない。もしくはガキだと罵られるかもしれない。

 それでもいい。ガキだと言うなら俺は喜んで子供のように泣きわめいてやる。それで仲間が救われるなら、俺はどんな苦渋も舐めてやる。


 だから今、俺に力をくれ。


 そう願うと呼応するように黄金の炎が弾けた。

 俺の覚悟を見届けた望月養護教諭は小さく息を吐くと首を振る。否定の意ではない。仕方ないというふうだった。

 世話の焼ける子どもに負けたような母親の顔で、望月養護教諭は俺が差し出した手を取って答えるのだ。


「わかったわよ。ここまで来たら、道連れにでもなんでもなってあげるわ」

「ありがとうございます。それと、ごめんなさい」


 謝った。はたしてその謝罪は何に対するものだっただろう。

 かくして、俺は望月養護教諭から《世界矛盾》のレクチャーを受けた。正直に言えば望月養護教諭の《世界矛盾》は万能すぎて怖いくらいだ。加えて言うなら、そんな終末を起こしたときの代償も怖い。


 キーワードは《濃霧》。イメージは頭の中に入っている。あとは……。


〈終末点補足。終末事象《天地劫末》をダウンロード――完了〉

〈続けて、インストールを開始します――完了〉

〈続けて、アウトプットを開始します――完了〉

〈すべての過程の完了を確認。終末論を起動します〉


 《終末論アヴェスター》の読み込みも終わった。これで準備は整った。

 頭には収録した終末を呼び出すための言葉が浮かんでいる。これを言えば、もう後戻りは出来ない。

 その前に準備が整うまで待っていてくれた白伊に何故待ったのかを問う。


「どうして待ってくれたんだ?」

「…………一つは望月養護教諭の真の力を見てみたかった。もう一つは……確かめたいことがあった」

「確かめたいこと……? それは――」

「話はここまでだよ。さっさと力を開放したまえ。全ては僕を倒したあとでも遅くはないだろう?」


 挑発するように白伊が構えた。そして、手をクイクイと招くようにしてかかってこいと伝えてくる。

 やるしか無い。気になることは多くあるが、こいつらが麻里奈を傷つけたという事実は変わらない。やらねばならない。

 どれだけの代償を払うかわからない能力が発動すればここら一帯がどれだけの被害を被るか知れない。それでも俺はやる。白伊に勝てなければ、おそらく俺は自分の全てを失うことになると思うから。

 頭に浮かぶ言葉は世界の終わりを記した言霊だった。それを口にしていくたびに、俺の体に異変が起こる。しかし、俺はそれを直視しないようにして、恐怖を押し殺し口を動かした。


「天地が別れたのは間違いだった。世界の開闢は終焉の始まりでしか無く、世界の絶望は然るべくしてすべての生物の繁栄を妨げる。ならばいっそ閉じてしまえ。臭いものに蓋をするように。遊び終えた遊具を玩具箱にしまうように。過ちを隠す行為は決して間違いなどではないのだと――さあ、劫末ごうまつの時だ」


 俺を中心に白い濃霧が発生する。だが、望月養護教諭の濃霧とはその濃さや量がまるで違う。圧倒的に濃く、そして多い。一秒もしないうちに霧は望月養護教諭が発生させた霧の約十倍ほどになっており、その圧巻の景色に誰もが飲まれる。

 けれど、俺には同時に代償が現れた。ゆっくりと体がほどけていくのだ。


 くそっ。詠唱のときから感じてたけど、これはまずいかも知れないぞ……!?


 いつもの代償は体が砕けたり、意識を失ったりだった。だからといっていいのか、俺の体は死ねない体のようでどれだけの怪我を負っても回復した。

 だが、今回は怪我ではない。まるで存在を消費していくような感覚だ。存在の消滅は死ではない。故に復活できない。

 幸いと言って良いのかわからないが、存在の消費は非常に遅い。しかも、他にこれといった代償も見受けられない。これなら、どうにか勝てる気がする。


 俺は頭に浮かぶイメージをそのまま体現しようとして地面に触れる。すると、俺の脳内にこの場にいる全ての生物の居場所が正確に転写された。

 転写された生物の中から白伊の居場所を割り出して、さっそく能力を発動した。

 すると、白伊の地面が思った以上にえぐれた。どうやら、まだ出力がイメージとズレているらしい。そのせいかタイミングも若干ずれていたため初動を感じ取られたようで白伊は地面の陥没から逃れていた。


「やはり恐ろしいな。望月養護教諭の能力は未完成で出力も甘かったが、君は全開で扱えるようだ」


 濃霧に飲まれてろくに俺の場所もわからないはずの白伊が少し大きめの声で俺に届くように話す。

 恐ろしいと言う割にはしっかりと俺の攻撃を避けている辺り、やっぱり白伊はこの能力の芯の部分を理解しているらしい。


 この能力は世界に与える影響は大きいが、生物自体への影響は実は無い。故に、この霧を飲み込んだところで生物の体に直接影響を与えることは出来ない。それを理解しているからこそ、白伊はこうも余裕を見せられるのだろう。

 俺には白伊ほどの余裕はない。存在を今も消費しているだけでなく、この霧が世界を覆う前に勝負を終わらせなければ世界が終わってしまうからだ。

 望月養護教諭の《世界矛盾》もとい終末論はこの濃霧によって天と地の境を曖昧にするというものだ。もしも、この霧が世界を覆えば、世界から天地がなくなってしまう。天地が劫末した世界では人どころか生物が生きていけない。

 だから、そうなる前にアジ・ダ・ハークを倒さねばならない。


 しかし。


「くそっ……当たらねぇ!!」


 この能力を熟知していると思われる白伊に攻撃が当たらない。それどころか徐々に避ける速度も早くなり、どういうわけか俺の居場所もわかっているように俺へと向かってくる。


 どうしてこの濃霧の中で見えるんだ! 化け物かあいつは!!


 白伊とまともにやりあっても俺が一方的に攻撃されるだけだろう。濃霧の中を逃げ回るしか無いが、その間にも俺の存在は解け、世界は濃霧に包まれていく。

 このままでは勝てない。しかし、これ以上の案は考えられない。


 …………いや。ある。だがそれは――


 この状況を打破できるかもしれない。前々から思っていたことを実行すれば、きっと状況を打破することはできる。けれど、その思いつきは命がけのものになる。

 走り回って息が切れつつある俺は、思いっきり息を吸って覚悟を決めるように叫んだ。


「だー!! どうなっても知らねーからな!!」


 左目に力を込めて、再度黄金の炎を灯す。

 そして、その数秒後、世界の秒針がゆっくりと動き出した。

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