三つ首の恐竜
そして、俺と望月養護教諭、さらには黒崎実と穂を加えた四人でやつがいるであろう結婚式場にやってきた。俺としては実に二ヶ月ぶりにやってきた場所であるが、見たところ何ら変わったところはない。
唯一変わっているところを上げるとすれば、式場の入り口に俺と年齢差が感じられない眼鏡をかけた青年が立っていることくらいだろうか。
よく見ると、青年は俺が通う高校の制服を来ている。さらに俺はそいつの顔を知っていた。
「卒業式の練習で俺の隣にいたやつ……? いや、違う。お前は……」
「やあ。こうして顔を合わせるのは二ヶ月ぶりかな?」
「なんで……どうして今まで忘れてた。おまえ……お前は《幽王》の隣にいたやつだったのに!!」
その青年は幽王がお披露目だと言って現れた際に幽王の隣に立っていたやつだった。しかも、卒業式の際にボーッとしていた俺を注意したやつでもあった。
だが、驚くべきところはそこではない。真に驚くとすれば、それは今の今までやつの顔が記憶から抜け落ちていたことだ。というよりも、今も辛うじてそう思った程度であってその確証が持てない。まるで記憶の中のやつの顔に霧がかかったようだ。
青年は俺がそう告げたことに驚いたのか、眼鏡のズレを直すように中指で眼鏡を持ち上げてから言うのだ。
「驚いた。まさか三回会った程度で僕を認識できる人間がいるなんて……やっぱり、卒業式の予行練習で君に話しかけたのは間違いだったかな?」
まるで自分を認識できないことが当たり前のように言っているが、それに嘘偽りは感じられない。通常では考えられないが、俺は通常じゃないやつらをよく知りすぎている。
おそらくはそれがやつの力なのだと思ったが、同時に異変にも気がついた。
幽王の隣にいたやつが式場にいるのならば、間違いなく麻里奈はここにいると考えられる。だが、麻里奈の写真を俺に見せてきたやつは、この青年ではない。
そのことから考えられることは……。
俺はすぐに一緒に来た仲間に向けて怒号を交えて叫ぼうとする。ここは危険だ。今すぐ逃げろ。そんな言葉すらも言う前に、俺の胸のあたりが弾け飛んだ。
「がっ……!」
「気がつくのが遅いよ。僕を視界に入れた時点で戦いが始まっていると思わなければ」
幸いにも俺は死なない。心臓が弾け飛ぼうが再生してしまう。
そのことを理解している望月養護教諭と実、穂はすぐさま散開した。
今の攻撃は一体何だ……? 急に胸が弾け飛んだ気がする。やつの能力かなにかか?
だとしても、俺は見誤っていた。今回の敵は一人ではない。やつではなく、やつらだったのだ。
死に瀕する回数が増えるたびに再生時間も早くなっていくのか。俺の弾けた心臓は三呼吸ほどの時間で回復した。立ち上がる俺を見ながら、目の前のやつは拍手を送る。
「いやはや、やはり君は特別な不老不死者のようだ。二ヶ月前よりも回復速度が早いなんてね」
「そうかよ……でもどうする? お前が言ったように俺は死なないぜ? 持久戦でもするのか?」
「その必要はない」
目の前のやつは人差し指で散開した望月養護教諭を指差して言う。
「もし、望月静香の心臓が弾けたのなら君はどうする?」
「なに……!?」
俺の目線が望月養護教諭の方を向く。だが、やつが言ったようなことは起きない。
その代わりに望月養護教諭が目をひん剥いて叫んだ。避けろと。
「そう。君は僕に立ち向かうよりも早く、望月静香の安否を確認する。不死者である彼女のね」
「いつの間に!?」
一秒にも満たない時間で、やつは二十メートルほどの距離を埋め、俺の懐に入り込んでいた。そして、そこから開かれた手のひらを俺の胸に掲げる。
すると次の瞬間、再び俺の心臓が弾けた。
「せんぱい!」
実の悲鳴が聞こえるが、俺は意識を失わず膝も屈さずに立ち続ける。そうして、全身の血液が滞留する感覚を味わいつつも目の前にいるやつの胸ぐらを掴み決して逃さないと睨みつけた。
けれど、それすらも折り込みだと言わんばかりにやつの手のひらが今度は俺の顎へと掲げられ、弾ける音と共に俺の体は頭一つほど浮かび上がる。
それだけでも意識が飛びそうになる。だけど、なんとか意識を失わずに耐えてみせた。ただし、やつの胸ぐらを掴んでいた手からやつは逃げ出し、俺の手にはやつの制服のシャツが握られていた。
逃したと思ったが最後、俺の後頭部が一瞬だけ熱いという感覚に襲われて意識を失った。
次に目が覚めたとき、俺は地面を濡らす血液の量から頭が弾けたのだと悟る。そして、一体自分がどれほど気絶していたのかと確認しようとする。
だが、すぐ近くで望月養護教諭の声が聞こえて飛び起きた。
「起きなさい、御門恭介!」
「せ、先生……」
「良かった、せんぱい。起きたんだね」
見ると、俺を守るように望月養護教諭と実、穂が囲んでいた。辺りが煙っぽいのは望月養護教諭のタバコのせいだろう。
見た限りではみんなに怪我はない。しかし、警戒は厳重に成されていて、まるで全方向を見ているようである。
意識がはっきりしてきて、体も動くようになるとゆっくりと歩いてくる人影が見える。もちろん、眼鏡をかけたやつだった。
「やはり、あなたの判断は侮れない。たった二回の攻撃を見て援護射撃だと判断するとは。悟られぬようにタイミングを図ってはみたのですが、一体どこが悪かったのかな?」
「そうね……強いて言うなら、本物の能力っていうのを知ってるからかしら」
「なるほど……やはり限界があるか。にしても素晴らしい能力だ。香料、薬物の配合を変えるだけで遥か遠距離にいる僕の仲間の認識をずらすことができるとは。《世界矛盾》は侮れないな。しかも、未だ本領を発揮していないとはね」
片膝をついた状態なんとか起き上がり、望月養護教諭を称賛するやつを睨む。
すると、やつはようやくして人と人が出会った際の通過儀礼を行うことにしたらしい。
「小手調べはこの程度でいいだろう。そろそろ自己紹介をしようか。僕たちはアジ・ダ・ハーク。幽王と夢を同じくする者だ」
見下すような目が俺に向けられる。小競り合いで力の差を見せつけられた俺は、生唾を飲み込んで苦笑いを見せた。





