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王様の見る世界

 神埼家――つまりは神埼紅覇――に連絡をつけたところ、現在神埼紅覇は日本に居らず、また日本に戻ることは現状において緋炎の魔女に禁止されているとのことだ。要するに、事態は俺達だけで解決しなければならないものになったということである。

 もとよりそのつもりだった俺はそうでもないが、望月養護教諭にとっては深刻な事態となっていた。

 それもそのはずで、現状日本で戦えるやつは俺だけ。だというのに、その俺の戦力が半減以下になっていて、しかも使える能力はどれも一発勝負で、使えば動けなくなるという欠陥品ばかりだ。

 望月養護教諭でなければ即刻逃げ出すか諦めてしまっていることだろう。

 それでも望月養護教諭が諦めないでいてくれるのは、おそらく俺が麻里奈よりも望月養護教諭たちを助けることに力を注いだからだと思う。きっと、望月養護教諭はそのことを負い目に感じているのかもしれない。


 ともあれ、やつの居場所はわかった。あとはそこに行くだけだ。それだけなのだが……。


「はぁ……」


 時刻はやつの居場所がわかってからすでに四時間が経過している。あたりは真っ暗になっていて、どれほど時間が経過したのかを雄弁に語っていた。

 悠長なことをしていられないとわかっているが、俺は自宅のベランダから真っ暗になった外を見ていた。


 どうしてすぐにでも麻里奈を助けに行かないのかと聞かれれば、望月養護教諭の許可が降りていないからと言うしかあるまい。

 もちろん、そんな許可を貰う必要はどこにもないのだが、今の俺にはやつに勝てるビジョンがない。というよりも、俺はまだ高校生であるという自覚がある。普通ではないという認識は苦渋の中で認めたが、俺はまだ一般人の域から逸脱した覚えはないと思っていた。

 だから当然、俺一人ではやつには勝てないと思う。加えて言うなら、やつは俺よりも十二分に頭のキレるやつだ。きっと、激情に流された俺を待ち構えているに違いないという考えを受けて、俺は渋々突撃を諦めた。


 しかし、頭ではわかっていても感情までは割り切れない。

 憶測で麻里奈は傷つけられていないと言ったものの、その確証は実は無い。別に俺はやつのことを知っているわけでも、因縁の仲でもないから、そんなことはわかるはずがないのだ。

 故に、密かに俺は焦りのような不安を感じていた。


「珍しくはないけれど、君のそういう姿は見ていてとても面白いものだね」

「……タナトステメェ、今までどこにいたんだ?」

「先に断っておくが、僕がいようがいまいが僕に何かを望むのはお門違いというやつだよ?」


 つまりは全部知ってたんですね?


「せめて忠告くらいしてくれたっていいだろ……」

「そんなことをしたら面白くないだろ?」


 一瞬、麻里奈の捕まった写真を見せられたときのことを思い出して、それがそんなに面白いのかと叫びだしそうになった。だが、タナトスの悪びれる様子のない笑顔を見て、その怒りすら失せてしまう。

 タナトスはこういうやつだ。そう割り切っていた集大成かもしれない。タナトスはおそらく何もかも知っていた。きっと、仮面の男についても知っているのかもしれない。しかし、それをタナトスに聞いたところで、それをすんなりと教えてくれるだろうか。


 タナトスは良くも悪くも神様だ。見た目からして善神ではないにしろ、悪神でもない。だから、特定の誰かに有利になる情報は、それぞれのおもむきによって与えるか与えないかの線引が決まる。

 タナトスの場合、その線引は自分が面白いか面白くないかで決まるのだろう。

 そして、今回は教えないほうが面白くなると考えたようだ。


 まったく、はた迷惑なやつだよ。どっちの味方なのかくらいはっきりしてほしいものだけどな。


 もう一つため息を吐く。今度はタナトスの立ち位置についてのものだったが、それを知ってか知らずか話し相手になるようにタナトスが俺の目の前で宙に浮いていた。


「なあ、お前の今の姿を一般人に見られるとやばいんだが?」

「僕が見える人間なんて限られてるさ。全人類が神様を見る目を持っていたら、それこそ宇宙船なんかで大騒ぎしないだろう?」

「確かに……」


 ならいいのか。

 いいや、いいわけはないのだが今日の俺は色々と有りすぎて疲れ切っていた。そのため、思考がほとんど停止しているに近い状態だったのだ。

 だからどうしたと言われれば、別段どうしたこともない。そもそも、俺は会話の中で何かを考えられるほど器用な人間ではないし、タナトスに関しては考えても無駄とさえ思える。

 何を考えているかわからない笑み。敵か味方かの分別すら難しい態度。信用に値しないように見えるのだが、的確なタイミングで適度なヒントを与えてくるから頼らざるを得ない。

 言い得て妙だが、タナトスはRPGで詰まりそうになったときにフッと現れて攻略のヒントを与えてくれるような存在になりつつあった。

 だからだろう。俺はいつからか、こうしてタナトスと何気ない話をすることが楽しくて仕方なく感じてしまっていた。


「今回もお前は俺が勝てると思ってるのか?」

「おそらくは。まあ、勝ち目は薄いだろうね。でも、君は勝つだろう。それが君にとっての最善かどうかはわからないけれど」

「含みを感じるなぁ……」

「結果は同じでも結論が違うこともあるだろう? つまりはそういうことさ」


 そんな難しいことを言われても、今の俺には理解するだけの頭が残っていないから無理だ。


 タナトスは俺が理解していないことを見て取れたようで、顎に手を当てて少し考えるふうな姿を見せてから、もう一度話す。


「君はすでに《終末論アヴェスター》でいくつもの終末を観測した。おそらくは君が扱えていないだけで、無数の終末を。数少ない扱える終末だけでも、今回の君の相手には通用するだろうね。でも、一歩届かない。だとすれば、君はどうする?」

「どうするったって……その、扱えない終末を使えるようにするとか?」

「そう。君はどう足掻いてもその考えにたどり着く。そして、君が望めばその左目は応えてくれる。もちろん、代償は必要だろう。だが君は不死身だ。たとえ世界が終わっても、君は生き続ける」


 だから、俺が勝つと言えるのか。でもそれは……。


 思考が停止しかけている俺の頭でもわかる。確かに俺は颯人の過去の全てを見てきた。それは要するに、颯人が経験した全ての終末を疑似体験したのだ。

 それをタナトスは無数の終末を観測したと言ったのだ。そして、観測したのなら俺が望めば左目が応えてくれる。おそらくはその終末を再現できるということなのだろう。

 ただし、その力は絶大だとしても危険が大きすぎるのだ。この際、俺の体がどうなろうが関係ない。甘んじて受け入れる覚悟はある。だが、その影響は俺だけでは済まされない。


「なんとなく、お前が言いたいことがわかったよ。多分、俺は戦いには勝つんだろうな。満身創痍でも、きっと。でも、そのときに周りの人間の安否は……」

「保証できない。いいや、おそらくは死ぬ。君が振るう攻撃は、それら単体が人類を……あるいは文明を殺してきた代物だからね」


 危ないものだという認識はあった。でも、どこかで甘く見ていたのかもしれない。

 力を付けた。二度もどうにかみんなを守れた。だから大丈夫だと高をくくっていた。そのツケがこれだ。どうしてか仲間は居なくなり、麻里奈は攫われ、現状手をこまいているしかない。

 俺は強くない。そんなこと最初からわかっていたことだったのに。


 俺は髪をかきながら、一体どうすればいいのかと小さくつぶやいた。

 すると、タナトスが珍しくこんな言葉を吐いたのだ。


「君は決して強くない。ただの高校生だった君は、きっと英雄英傑たちも驚き呆れるほどのことをやってのけたに違いない。身に余る力を与えたのは僕だが、君は僕の予想を遥かに超える強さを持っていた」

「お前の予想を超えるものなんて持っちゃいないだろ……」

「いいやあるさ。君はまだ、誰も殺してはいないだろう?」


 それが一体どうしたというのだ。

 昔の日本ならばいざしらず、現代の日本に生まれたのなら出来得る限り死なせないようにすることが望ましいとすぐに分かる。それが当然なのだと小学生のときから教え込まれるのだから。

 しかし、それこそが素晴らしいのだとタナトスは言ってみせた。


「君にはおそらく王としての資質がある。もちろん、まだまだ未熟なものだがこれまでの戦いで君は十分にそれを証明してみせた」

「敵を殺さなかっただけで王様とか……呆れるほどに甘い考えだな…………」

「そうでもないさ。確かに君には生殺与奪の権利というものが致命的に欠けている。できるのなら、ではなく。絶対に君は敵を生かしてしまう。だが君は生かした敵を味方につける才能を持っている。悩んでいる者に真摯に向き合う心まで持ち合わせている。この二つは王にとって無くてはならない才能なんだよ」


 そんな才能より、みんなを守れる力のほうが欲しかったけどな。


 当然、そんなことは口にはしない。きっと、口にすればタナトスはそれを与えようと画策するだろう。けれど、それはなにか違う気がするのだ。俺はもう、他人から与えられただけの力で戦ってはいけないのだ。

 みんなを守るには、俺自身が強くならなくちゃいけない。仲間が居なくなっただけで戦えなくなるなど、俺が信じた強さではない。

 だから、力がほしいなどと誰かに与えてもらおうとするのはダメなんだ。


 どうせ、麻里奈を助けに行くのは明日以降だ。そんな短い時間の中で俺だけで解決策など見つかるはずもない。なら、気を紛らわすという意味でのタナトスとの会話は十二分にそれを満たしてくれるだろう。

 だからタナトスの話を聞いていて、では俺に欠けているものとは何なのかを聞いてみることにした。


「じゃあ、俺に足りない王様の才能ってのは何なんだ?」

「理想を魅せて憧れを抱かせる器量と覚悟さ」

「理想を魅せる……?」

「王とは象徴だ。王の見る理想はその王に仕える全ての民草の夢になる。その夢を現実にするために民草は生き、ときに死ぬ。だが君には理想がない。漠然と目の前の人を、大切な仲間を守ろうとしているだけで、理想を魅せない、夢を抱かせない。君は、それで満足なのかい?」


 満足かどうかと聞かれると答えられない。十七年ほどしか生きていない俺に、満足感などわかるはずもない。当然のごとく、王の理想など夢にも見たことがない。

 だから、タナトスのその言葉に応えられないでいる。すると、タナトスからこんな提案がされた。


「では君は、どんな世界を望むんだい?」

「俺が望む世界……」


 そんなもの、たった一つに決まっている。


「誰も傷つかない世界だ。誰も戦わなくていい世界が欲しい」

「ならそれを理想にすればいい。それが叶ったとき、君は本当の意味で満足感を得られるだろう。まあ、王の理想を持つということは、それすなわち世界征服と何ら変わりない。道のりは大変だと思うけれどね」

「世界征服なんてする必要ないだろ……きっと、こんな夢は誰もが望んでいることなんだから」


 言って、俺はあくびをする。

 時間を見ると随分と遅い時間になっていた。明日は麻里奈を助けに行くための準備が整うかもしれない。そうなったらすぐにでも助け出そうと考えていた。

 そのためには十分な休養を必要だろう。俺はタナトスとの会話を切り上げるように振り返った。

 すると、背後から小さな声が聞こえてくる。


「……君はまさしく英雄だ」


「ん? なんだって?」

「いいや。君が王になった世界も面白そうだなと思ってね」

「だから、俺は王様になんてならないっつぅの……てか、この国の王様は麻里奈じゃねぇか」


 などと会話をしたところで限界が来た。俺はすぐにベッドに横になり眠りに着く。

 寝付きが悪いのは決して麻里奈が添い寝をしてくれなかったからということではないだろうと、少しばかり焦りを持って。

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