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天啓の場所

 結局、実と穂の両名がどういう存在で、どうしてああいうことができるのかはまるでわからない。どうせいつもの不可思議な現象ってやつだろう。そんなことでいちいち驚いてもいられない。

 ともかく、この二人は普通ではなく特別な存在で、あの天啓のような言葉を紐解けば麻里奈がいるであろう場所までたどり着けるとのことだ。


 俺はひとまず眠ってしまった二人を自室へと運び、狭そうだったが俺のベッドに寝かせておいた。その際、まだ俺の部屋にいた望月養護教諭が気絶した二人を連れ込んだ俺を見て、なんとも言えない顔をしていたのは気がついていたが触れなかった。

 二人がどうして気絶しているのかについて、おそらく勘違いしている望月養護教諭に言及される前に、現在の麻里奈の状況を教えてもらおうと話しかけた。


「麻里奈の様子はどうですか?」

「なんともね……生きてはいるんでしょうけれど、暴行を受けていないとは言い切れないわ」

「それは……たぶん無いですよ」

「あら、それはどうして?」


 これは俺の勝手な思い込みだが、麻里奈は暴行を受けてはいない。なぜなら、《やつ》の目的は俺なのだから、人質に手を出すなどまずあり得ない。

 通常であれば、立てこもり犯などが人質に手を出すのはよくあることだ。しかし、こと今の状況で考えれば麻里奈は監禁状態というところで収まっているはずなのだ。

 

 だが、頭では大丈夫だと考えられても、それを理解させる言葉を作ることはできない。なにせこれは根拠のない話なのだから、他人を理解させるなどできるはずもないのだ。

 さて、どうしたものかと悩んでいると、それを見ていたであろう望月養護教諭が小さく息を吐いた。


「根拠はないのね?」

「ええ、まあ……」

「それでも大丈夫だと思うのね?」

「おそらくは……」

「なら信じましょう。これで暴行を受けてましたってなったら寝覚めが悪くなるけれど、もしもそうなったらあなたに責任をとってもらいましょう」

「ご注文は年下の朝チュンですか……」


 などと、どう見ても大切な人を攫われた時の会話ではない。ただ、これは望月養護教諭なりの場の和ませ方なのかもしれない。もしかしたら、望月養護教諭が俺の部屋で吸っていたタバコの影響もあるかもしれないが。その甲斐あって少し残されていた緊張が解け、頭がクリーンになった気がする。


 少し煙たくもあるが、なぜか不快に感じない香りの中で、俺はさっき実と穂によってもたらされた天啓を望月養護教諭と共有して、謎を解き明かそうと話題に出す。

 はじめは疑心暗鬼になるかもと考えたが、どうやら実と穂の力は俺が知らなかっただけで、こっちの界隈では有名だったようですんなりと受け入れてくれた。


「それで? 間違いなく二人は契を交わし、永遠の愛を宣誓する場所って言ったのね?」

「ええ……わかったんですか?」

「わかるも何も、昔は全ての女性がそこでウエディングドレスを着ることを夢に見たものよ。むしろ、どうしてわからないのか不思議で仕方ないわ」

「まあ、俺は男なんで……イタッ!? 冗談じゃないっすか、先生!」


 実際、女の夢など男にはわかるはずもないからそう言ったのだが、どうもふざけていると思われたようで思いっきり頭を叩かれた。女性にしては随分と腰の入ったビンタだったため、すぐに痛みは引かず、叩かれたところを押さえながら話を続けることにした。


 ただし、麻里奈がいるであろう場所が結婚式会場ということがわかっただけで、どこのというある意味最も大事なことがわからなかったのだ。

 そのヒントがあるとすれば「別れを告げ、新しい春を迎え入れる場所」なのだろうが、どうも思い至らない。

 はじめは結婚式場で別れるのかと思ったが、そんな不吉な場所で結婚式をしようなどと考えるカップルがいるだろうかと思い、すぐに考えがまとまらなくなる。はたして、その言葉の意味はどういうものだったのだろう。


 二人して悩んでいると、ふと考え方を変えようと望月養護教諭が言った。


「そういえばまだヒントがあったわね。確か、《汝の因縁深き場所にて、求めるもの有りき》だったかしら?」

「ですね」

「……あなたいつ結婚したの?」

「してねぇよ!? って、若干引くのやめてくれますかね!?」


 見に覚えのないことで好感度が下がりそうになった。だが、冗談だと言って望月養護教諭はすぐに真面目な顔に戻る。すぐにその言葉の真意を確かめようと考え始めたようだが、こればかりは俺にしかわからないことのように思える。

 そもそも、俺と望月養護教諭の仲はまだ浅い。これが麻里奈であれば、あるいはわかったかもしれないが、望月養護教諭ではわからないのも頷ける。


 にしても、俺に因縁がある場所ってどこだ……?


 自慢ではないが、俺はこの街を長く離れたことがない。両親が昔から家を空けることが多かったこともあって旅行も片手で数えるほどしかしたことがないし、旅行と言っても片道二時間程度の両親の仕事先のホテルだったりと、子どもにはあまり楽しくない旅行だった。

 なので、因縁があるとすればこの街なのだが、俺の記憶には誰かの結婚式に行った覚えなどない。

 一周回って、前提として結婚式場というのが正しいかさえわからなくなってきた。


 …………いや、待てよ?


「あの。契を交わし、永遠の愛を宣誓する場所ってのは結婚式場なんですよね?」

「ええ、間違いないと思うわ。それがどうしたの?」

「いや、例えばですよ? 別れを告げ、新しい春を迎え入れるってのが卒業式や入学式って考えられませんか?」

「卒業式……入学式……? ええまあ、考えられなくもないけれど、それが結婚式場と何の関係が……って、まさか!」


 そう、あるのだ。一件だけ、結婚式も卒業式も入学式もする表向きは結婚式場となっている場所が。

 神埼紅覇の金銭感覚がおかしいせいで土地ごと買い取られた結婚式場。話によれば、卒業式を終えた後、入学式にも使われたようで、今では通常通り結婚式にも使われているらしい。

 そして、そこは卒業式が行われたということもあって、俺は練習のときに行っている。なんだったら、カオスと戦った場所もあそこだった。


 因縁も十分有り、意味不明な天啓に全て合致する場所は、あそこを除いておそらくは無いだろう。であれば、もうあそこだと決めつけてもいいはずだ。

 俺は望月養護教諭と目を合わせて、互いに首を縦に振る。


「とりあえず、神崎家には私のほうで連絡してみるわ。あなたは双子のほうを見てて、この子たちが起きたらすぐに向かいましょう」

「え、先生も来るんですか?」

「行きたくはないけれど、今の貴方を一人で行かせるよりはマシでしょう? 忘れてるかもしれないけれど、あなた今、武器がまるでないのよ?」


 そう言えば、と。

 俺に残されている戦力を思って、少しだけ先が思いやられるのだった。

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