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それは言葉にできぬものとの契約

 別の部屋へと移動した俺と黒崎双子の間の空気は出会った頃よりも重いものになっていた。

 どうも、俺に対して聞くことがあるようで、質問の解答次第では麻里奈を探す方法を教えるとのことだったが、一向に話が切り出されそうにない。我慢ができず、満を持して俺が口を開く。


「なあ、そう言えばお前たちの名前を俺はまだ知らないんだけど……」

「…………ねえ、せんぱい。それ、今聞いちゃう?」


 いや、まったくもってその通りなんだが。どこがどうなれば、この緊迫した空気の中でお名前はなんと申すのでしょうかなどと聞くやつがいるだろう。しかし、俺はえて聞く。麻里奈が誘拐され、どこにいるのかもわからない不安な状況で然るべきなのに、俺は迷わずそこを聞く。

 名前がわからなければ話が進まないかもしれない。そもそも、双子と言っても片方ははつらつとしているのに、もう片方はどちらかと言えばおっとりしている。二卵性なのか、あるいは違うのか。そこは正直どうでもいいが、名前は個人を特定するのに非常に大事なものだと俺は思っている。

 それに、おそらく麻里奈は殺されない。怪我を負わされるだろうが、殺されることはない。なぜなら、やつの目的は俺なのだから。


 だから、俺はこの重い空気をどうにかするために口を開いたのだ。同時に、俺が知りたい情報を引き出すために。

 そうして、同時に笑い出す黒崎双子を見ながら、肩をすくめた。


「はぁ~面白いね、せんぱいって」

「あんまり笑っちゃ~だめですよ~」

「それで? 教えてくれるんだろ、名前」


 ひとしきり笑うと、ハツラツとしたほうがコクリと首を縦に振る。そして、無くもない胸を叩いて、


「私はみのる。黒崎実。しゃくだけど、あいつの義妹だよ」

「私はみのりです~」


 ハツラツとしたほうが実で、おっとりとしたほうが穂か。どうして双子ってこう名前まで似せようとするんでしょうかね。多分、どっちがどっちかわかんなくなるぞ……?


 黒崎双子――もとい、実と穂――のことをいつか間違えそうだと危惧しながら、俺はとうとう部屋を移動した理由を聞く体勢を取る。といっても、客室に置かれている椅子に座っただけだが。

 察した実が座った俺に向かって質問を投げかける。


「せんぱいって、あいつを倒したってホント?」

「あいつってのが黒崎颯人(はやと)……お前の兄貴なら、倒したっていうよりは引き分けたって感じだけどな」

「そっか…………あいつを倒せる人がいるんだ」


 いやまあ、あいつ風に言えば、俺を人間としていいのかどうか。まあ少なくとも、人類にあいつを超えるやつは数えられるほどいないだろう。なにせ、俺や颯人は不老不死だ。死なぬなら、負けを認めぬ限りそれは負けにはならず、勝ちを譲らぬ限り俺たちに敗北は訪れないのだから。

 だからこそ、俺は颯人に勝ってはいないし、負けてもいない。痛み分けっていうのが正直なところだろう。


 だが、どうしてそんなことを双子は気にすんだ……?


 ふいに現れた疑問は、次の実の言葉で解消された。


「私はね、せんぱい。あいつを殺してやりたいんだよ」

「それは……平和じゃないな。血が繋がっていないとしても、兄貴に向かってそんなことは言わないほうが良いと思うぜ?」

「詳しくは言えないけどさ。それでも私たちはあいつを殺したいんだよ。でも、私たちじゃどうしてもあいつには敵わない。だから、あいつを倒せるやつをずっと探してた」


 実と穂が颯人を倒せるやつを探している理由はわかった。そして、それに俺が該当することも。だが、少し待て。この話の流れはまずい。非常にまずいぞ。

 きっと、実と穂は本当にずっと探していたのだろう。詳細はわからずとも、颯人を殺したいという思いは本当のはずだ。本気の目だからわかる。では、その探していたやつが見つかったとしよう。果たして、殺し方を教えてくれと教えを請うだろうか。確実に殺してくれと依頼したほうが早いとは思わないか。


 あるいは……いや、重々考えられるものとして、殺人依頼のほうが可能性が高いのは確定的に明らか。そうして、それを願われた俺はそれを冠水しなければならない。おそらく、その殺人依頼の解答次第で麻里奈の居場所を調べる方法を教えてもらえるから。

 さてさて。これは困ったぞ。もしも、俺の予想通りのことになれば、再びの後に俺は颯人と殺し合いをしなければならなくなるわけだが、どうなることやら……。


「せんぱいはあいつのこと強くて正しいって思う?」

「いやまったく?」

「わ~お~、この人も私たちとおんなじだね実~」

「そうだね、穂」


 嘘偽りない言葉である。というより、本人に直接言った記憶すらある。

 しかし、この質問に一体どんな意味があるのだろうか。不敵に笑う双子を見て、身震いを抑えていた。けれど、それは杞憂に終わることとなる。


「よし、じゃあ麻里奈さんを助け出そうか」

「…………へ?」

「え? どしたの?」

「いや、てっきり颯人と戦えとか言われるのかと思ってたから、ちょっと意外だった」

「はぁ? なんでせんぱいにあいつを殺してもらわなきゃいないわけ?」


 いや、殺したい言ってたのあなたじゃないのん。


「別に私たちは私たちの手であいつを殺したいだけで、そのことに他の人の手は一切借りないよ」

「そ~ですよ~。それに実が聞きたかったのは~、せんぱいが~あの人の全面的な肯定者なのかどうなのか~ですよ~」


 間違っても颯人のことを絶賛するつもりは無いが、もしもここで絶賛していたらどうなっていたのかを考えるととてもじゃないが恐怖で苦笑いが崩れそうだ。

 そもそも、どうして実と穂はそこまで颯人を殺したいのかは知らないし知りたくもない。勝手に家庭の事情――黒崎家に関しては特に――関わるとろくなことにならない。良くて火傷、悪くて存在が消される。だから、深くは関わるつもりはない。


 けれどだ。それが麻里奈の居場所を教える条件だと言われると、少しだけ躊躇してしまう。


 目下、俺の敵――正確にはなぜか目のかたきにされているだけなのだが――仮面の男は少なからず複数の仲間がいるようだ。万が一にも実と穂があいつらの仲間だとしたら。だから居場所を知っているのだとしたら。俺はあいつらの思う壺に動く人形へと成り下がる。

 それだけは避けたいのだ。なぜか、仮面の男にだけは負けたくないと思えてしまうから。


 それを察したのか。実が小首をかしげて言った。


「ちなみに、私たちは幽王――仮面の男……だっけ? そいつらの仲間じゃないよ」

「…………証明できるのか?」

「そいつらの仲間だったら、あいつ――黒崎颯人に容赦なく殺されてる」

「あーわかるわー」


 そこで理解してしまう辺り、颯人の容赦の無さには尽く身に染み付いていた。

 ともあれ、あいつらの仲間じゃないと証明できたわけだが、早速麻里奈の居場所について話を聞いていきたい。今更だが、麻里奈を一刻も早く助けたいのだ。


「それで麻里奈の居場所を探すにはどうすれば良いんだ?」

「あーそれなんだけどさ」

「最後に一つだけ答えてほしいのですよ~」


 実と穂は互いに手をつなぎ、空いた方の手を俺へと伸ばす。

 そして、不敵な笑みで妙な質問をしてきた。


「「病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、たとえ明日世界が終ろうとも、あなたは終焉を超えて世界に希望の光を与えてくれますか?」」


 その時。俺は不意に二人の背後に大きすぎる気配を感じて、ただ震えた。

 それは例えるなら民草を従える王族の威風のようであり、すべてを見下ろす青空に意志をもたせたようなものであったが、ここでは敢えてこう言おう。


――――まるで、神様のような神々しさであった、と。



topic

・実と穂は義理の兄である黒崎颯人を殺したいと考えているがそのために誰かの手を借りることはしない。

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