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眠る龍

 現実世界で目を覚ますと、自宅のベッドの上だった。慣れ親しんだ布団の感触はいくらか安心感を与えてくれたが、どうして俺が眠っているのかを思い出して飛び起きる。そして、問題の人を探すために頭を動かした。

 すると、ベッドの横につけられた椅子に腰掛ける女性が一人。どうやら着替えたらしい望月養護教諭がタバコを吸いながらスマホをいじっていた。

 飛び起きたことで、目が覚めているのに気づかれ、俺の方を見た望月養護教諭がスマホを手近な場所に置いて立ち上がる。ゆっくり近づいて来たかと思えば、親指で中指を力強く押さえつけると、俺のおでこを思いっきり弾いた。


 いや、俺が何をしたと!?


 状況が掴めていない俺は痛むおでこを押さえながら望月養護教諭に文句の一言でも言おうかと考えていると、腰に手を当てた望月養護教諭が一つ大きなため息を白い煙と共に吐き出して呆れたように言うのだ。


「どうして私を助けに来たの。さっき知ったばかりだけれど、あなた………麻里奈さんを見捨てたんですって?」


 ああ、そのことか。


 どうやら、望月養護教諭も麻里奈のことを知ったらしい。そして、呆れの正体はその事実らしい。

 そう、俺は麻里奈を見捨てて望月養護教諭を助けた。考えなしにしたことではないにせよ。俺は麻里奈を見捨てたのだ。何にも代えがたい人を助けに行かず、見送ってくれた人を助けに行った。これが、どれだけ愚かなことかは十分理解しているつもりだ。

 それでも俺が信じた正義の在り方には抗えない。裏切れないんだ。一度、それが正しいのだと胸に刻んでしまったら、もう二度とそれは拭えない。そうして俺は、麻里奈を見捨てて今に至る。


 ところで、麻里奈を見捨てて助けに行ったことをさっき知ったと望月養護教諭は言ったが、一体誰に知らされたのだろう……?


「それより、麻里奈の場所はわかったんですか?」

「…………麻里奈さんの守護神がいたでしょう? 彼がさっき帰ってきて、奪還の失敗を教えてくれたの」


 奪還の失敗……? まさか、負けたのか? いや……確か俺に二択の選択肢を与えた青年がそんなことを言っていたような……。じゃあ、やつは神様に対抗できるだけの戦力を持ってるってことか!?


 まさかの事態に俺は何も言えなくなってしまった。

 青年の言葉をてっきり嘘や虚言の類だと考えていたが、甘い考えだったようだ。やつは強力な守護神が麻里奈に着いていることを知っている上で誘拐した。そうして、宣言通りにカンナカムイを迎撃してみせたわけだ。


 認識の甘さ。選択のミス。掲げた正義を根底から否定されそうな状況が着々と積み上げられているような気がする。まるで、俺のことをよくよく知っているような戦い方だと言えるのかもしれない。


「とにかく、カンナカムイが帰ってきてるなら話を聞いて麻里奈を助けに行かなきゃ――」

「無理よ」

「え?」


 体は重いが動かせないほどではない。だが、望月養護教諭が無理だと言ったのは、俺の動きが鈍いからではなかったようで。

 再びタバコを咥えた望月養護教諭が、机に置いておいたスマホを手にとって語る。


「彼は重傷。ここまで帰ってきて、私たちに奪還の失敗を伝えるだけの体力しかなかったわ」

「つまり?」

「絶対安静。その上、眠りについてしまっていつ目が覚めるかも見当がつかない状況よ」


 これも作戦通りか……?


 カンナカムイと戦う。麻里奈を誘拐したならば避けられないことだ。加えて言えば、誘拐したやつは誘拐場所を伝えたくないので、是が非でもカンナカムイを帰らせないようにしなければならない。虫の息のカンナカムイを仕留め損なうほど弱い相手だとも思わない。

 むしろ、やつはわざと帰らせたのではないだろうか。そうして、カンナカムイ程度の力では自分は止められないというように、見せしめのごとく帰らせた。しかも、見せしめにした後は余計なことが言えないようにいい塩梅に痛めつけてだ。やつが仮面の野郎の仲間ならば、そう考えるのが妥当だろう。


 こいつは相当厄介な相手だな……。


 麻里奈の居場所は皆目検討も付かない。体もダルさを脱却できていないし、何よりちらっと視界に入った望月養護教諭のスマホの画面で少し安堵を覚えてしまった。

 望月養護教諭が先程から使用しているスマホには、対象患者《神埼麻里奈》と書かれたバイタルサインが遠隔で確認できるアプリが開かれている。それによれば、現在の麻里奈の状態は良くもなく悪くもない。つまり、今すぐ死ぬというわけではないということだ。

 その安堵のおかげで、少しだけ冷静になった頭で、やつの目的が俺であることに気がつく。ともすれば、俺をあぶり出したいやつは麻里奈を殺せないという考えに行き着く。

 そこまで考えればよかった。俺は再びベッドに戻り、座って体の回復を待つことを選択した。


「良い判断よ。過ぎちゃったことをクヨクヨ考えるより、どうするかを考えるべきね。麻里奈さんは私がアプリで監視してるから、あなたはどうにかして麻里奈さんを見つける方法を見つけなさい」

「…………ありがとうございます」

「良いわよ。助けられたお礼くらいはしたいしね」


 こういう時、大人の女性の余裕が頼もしい。

 お言葉に甘えて、俺は麻里奈の居場所の探し方について考えを深めようとする。と、そこへ黒崎双子の顔が現れて、こういうのだ。


「ちょっと来て。せんぱいの言葉次第で麻里奈さん……? の居場所を探す方法を教えてあげてもいいよ」


 何時になく真剣な眼差しだ。言ってることはよくわかんないけど。

 ベッドを立ち上がる俺は、その瞬間に思ったのだ。


――黒崎双子の名前、まだ聞いて無くね?


 と。

topic

・『やつ』の目的は御門恭介であると考えられる。

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