面倒事と取引と
「じゃ、話を始めようか」
それは突如として始まった。
俺の視界に入るのは笑顔の由美さんと、その義妹だという筋弛緩薬とやらで全身の力が抜けてしまっている双子の三人。背後には見なくてもわかる望月養護教諭の落胆と遠い眼差しの予感。何にとは言わないが、追い詰められているようにしか見えない現状に、俺はすでに涙が流れそうである。
このような空気で、一体何を始めようというのか。よもや、次はお前だとか言わないよね? そうでない確信をちょーだい。なるはやで。
妙な緊張は手に汗を握らせる。サッカーの勝負の行方を思わせるほどに張り詰めた緊張下にいるのは俺だけではあるまい。
ともあれ、どう望んでも話は前に進んでいく。
ゆっくりと、俺の気も知らないままに。
「一ヶ月ほど、この子達の面倒を見てあげてくれないかな?」
「全力で拒否します」
即答だった。それはもう鮮やかな否定である。
そよ風がふわっと女の子のスカートを捲りあげていくかのごとく鮮やかな俺の回答は、由美さんの反応を鈍らせるほどであった。
一小節遅れて、由美さんがガクリとよろける。
「ど、どうして!?」
「いや、その二人に殺されかけたんで。普通だったら拒否しますよ、絶対」
「いやでも……ほら! ハヤちゃんの頼みだし!」
「あいつの頼みならなおさら嫌ですよ! あいつですよ!? あの、なんでも拳で解決するぜやっほーみたいなやつの頼みを逐一聞いてたらこっちの身が持ちません!」
「あー……」
いや、そこは納得するんですね。
思い当たるフシがいくつもあるようで、もはや言い返す手立てがふさがったようだ。
もちろん。俺は目の前で伸びている双子が完全完璧に嫌いかと言われれば別にそうではない。確かに殺されそうになったが、結果的には死んでいないし。なにより、死んでも死なない体になってからというもの、死が身近に感じるようになってしまったからあの程度なら日常の延長と捉えることも出来なくはない。
ただし。
そこに颯人が絡んでくるなら話は別だ。
あいつは俺の中で悪魔だ。魔王の部類に含まれるほどの危険人物だ。触れぬ神になんとやらだ。もう二度と願いを聞くことなんてしないと誓った。
そういうことから、俺は絶対にあの双子の面倒を見るなんてことはない。絶対にだ。
「でもでも。あの子達、幼馴染くんのことすんごく気に入ったみたいだよ?」
「気に入ったっていうところをより詳しく」
「え? あー……会ってみたい~、話してみたい~とか?」
「え、なにそれ俺モテ期到来?」
そっかー、俺にもとうとうモテ期が来てしまったのか~。
しっかたないな~。そういうことなら、面倒を見てあげなくもなくなくないな~。
正直な事を言えば、俺の心は揺れていた。見た目は可愛い。麻里奈には敵わないものの、双子というところに新鮮さを感じる。しかも何ていうか、年下っていうのがたまらない。1歳しか変わらないのに、こう背徳感というか、ちょっといけない関係的なのがいい。実にいい。
と、モテない男はコロッと心を持っていかれそうになる。無論、俺は大丈夫だった。危うかったが、結果オーライだ。既で戻ってこれたから大丈夫、問題ない。
下唇を強く噛んで正気に戻ると、俺は頭を思いっきり横に振る。それは当然ノーを意味する行動だ。
「それでも…………それでも俺の意思は変わりません!!」
「け、血涙を流すほど葛藤したんだね……」
呆れ顔の由美さんは、意思を固めてしまった俺を見つめたまま、とても困ったように笑っている。他に思いつく言葉がないようで、このままなら面倒事を受けずに穏便に済ませられそうだと思っていた。
しかし、由美さんの発言は予想の遥か上を行くもので。
さすがの俺も、その言葉には弱くなってしまうという禁断の言葉だった。
「でも、麻里奈ちゃんからは許可をもらってるんだけどなぁ……」
「ちくしょう! 外堀から埋めてきやがった!」
俺の弱点をよくわかっていらっしゃる!
というか、よく麻里奈のやつ許可を出したな。もしかしてこの双子と知り合いだったのか? ……いやぁ、知り合いならインターホンのときに気がつくよな……? てことは知り合いではないってことよね?
どうして麻里奈が許可を出したのかが非常に気になるところだが、チェックメイトだと言いたそうな顔で俺を見つめる由美さんに、今度は俺が言葉に詰まる。
俺の家の家主は俺だ。俺が決めるのが当然なのだが、俺の家の面倒を見ているのは実は麻里奈なのだ。というよりも、俺の両親から家のことを頼まれているのは麻里奈である。どうにも、俺のことを信用していないようで、家のゴタゴタは麻里奈に頼んでいる。
そんな管理者である麻里奈がオーケーを出したと言ったら、俺は何も言えなくなってしまう。
「ち、ちなみにどんな手を使って、了承を……?」
「幼馴染くんの盗撮写真を十枚ほどで」
「くっ……! 俺の幼馴染がちょろすぎる!」
今の由美さんの言葉で、麻里奈が俺に惚れているという説が非常に色濃くなったわけだが、そんなことは問題ではない。まあ、俺の人生という問題ので中ではハルマゲドンレベルの問題ではあるものの、目下俺を悩ませる問題は双子が俺の日常生活に関わってくるという一点に絞られる。
この問題を解決しなければ、俺の生活がめちゃくちゃに――。
「ちなみに、ここでダメってなったらハヤちゃんに電話しなきゃいけないんだけど……」
「ぜひとも引き取らせてもらいます。ええ、あいつを日本に呼び立てる必要は全く皆無です」
「あ、あはは……ハヤちゃんも嫌われたものだねぇ……」
安牌を取る。これが俺が被害を被らない最もな選択肢だった。
くそう! 颯人を呼ばれたら確実に喧嘩になるじゃないか! そうなったら、ぼろぼろになるのは決まったようなものだ。ここはとんでもなく嫌だけど双子の面倒を見るほうが何十倍もマシだと考えられる。
苦肉の策だが、こうでもしないとわかってくれなさそうなので仕方ない。
落胆する俺だが、右手を差し出す由美さん。
「あんまりハヤちゃんを嫌わないであげて? あの子はあの子なりに頑張ってるだけなの」
「……別に嫌いじゃないですよ。ただ、何ていうんですかね。やることなすこと全部がかっこいいから嫉妬しちゃうんですよ」
それは話がついたという契約の証。その手を握って双子を守ると誓う。命に変えてもとは言わないが、俺が出来る範囲で、出来得る限り全力で守ると。
そして、握られた手を見て、由美さんが微笑む。
「同族嫌悪ってやつかもね。ほら、ハヤちゃんも幼馴染くんも、守りたい人を守るために世界を救っちゃうくらいだし」
「うへぇ。やめてくださいよ。俺にそんな力はないですよ」
そうして、握手は離される。
双子は俺が引き取ることになり、由美さんはきっと颯人がいるところへと向かうのだろう。保健室から出ていく由美さんは一度として振り返りはしなかった。
見送った俺は腰に手を当てて、双子が意識を取り戻すのを今か今かと待ち続けるのだった。
topic
・黒崎双子は颯人の妹だが、血の繋がりはなく由美との血縁関係もない。
・黒崎義姉妹は兄を退けた恭介に非常に興味があり、その強さの秘訣を盗み出そうとしている。





