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新しい朝

 狂おしいほど人間が嫌いだ。

 無意味に生まれて、無価値に生きて、何一つとして利することなど無くて、悪いことがあればお天道さまが悪いのだとツバを吐く。

 そんな人間が大嫌いだ。


 万事塞翁ばんじさいおうが馬。そう口々にしては不幸の中に沈んでいく人間が嫌いだ。

 明日は明日の風が吹く。そうして震える拳を下げる人間が嫌いだ。

 一寸先は闇。そう言って絶望の中で訪れることのない明日を懸命に望む人間が嫌いだ。

 自分は大丈夫。そうやって何もかもを飲み込んで涙を流す人間が嫌いだ。


 傷つかなくていい人間が傷つき、傷つくべき人間がのうのうと生きている。

 決して人は平等ではなく、圧倒的なまでに対等ではない。そんな理不尽な世界をそれでいいのだと生きている人間が、どうしても嫌いなのだ。


 だから彼らは世界を殺すのだ。


 大嫌いで、呆れるほどに醜いと思うが、どう足掻いても愛しい人類を救うために。







 夏の暑さを思い出させようと世界が必死に熱くなる今日日きょうび

 カーテンを締め忘れて眠っていたようで、太陽の日差しが妙に顔に当たって目が覚める。しかし、体は起き上がりたくないとダダを捏ねて、まぶたはどうも開きそうにない。

 仕方ないと、俺は日差しから逃げるように体を横へと寝返りを打った。


 ふにょん。


 おっと、プリンでも布団の中に隠し入れていたかな?

 そんなわけはない。というか、プリンなんか布団の中にあったら大惨事もいいところだ。こうね、全身ベタベタになるといいますか…………。

 どうやら朝から必死になっているのは世界だけではないらしい。顔に感じた触覚を忘れるべく、必死に冗談をひねり出す俺だったが、そういうわけにもいかなくなってしまう。

 隠し通すにも程がある。そりゃそうさ。眼の前に全裸の美少女が眠ってて、その双丘に顔を突っ込んだんだぞ。自分を騙せという方が無理というものだ。


 恐る恐る目を開くと、やはり全裸と思われる肌が映る。眼の前いっぱいにオッパイが広がるものだから顔の判断は出来ないが、きっと――いや絶対麻里奈だろう。

 視線を上げると、そこには気持ちの良さそうに寝息を立てている人の顔が。

 やっぱり麻里奈である。


 いつものごとく俺を抱きまくらにでもしていたのだろう。高校を卒業して晴れて大人の仲間入りをしたのだから、せめて服を着てほしいものだ。いやまあ、着ていないおかげでこの柔らかさを楽しめるのは否定しませんがね?

 それにしても、本当に気持ちよさそうに眠るものだ。


「おい……起きろって麻里奈」

「んぅ……あと十分…………」


 どう見ても十分待ったところで起きそうにない。

 いつもなら、抱きつく麻里奈を退けて起き上がるのだが、今の俺にそれはできない。自由な方の腕を見て嫌でも小さなため息が漏れる。


 俺は先日のカオスとの戦いで太陽を落とすという暴挙を働いた。もちろん事件は解決したらしいが、そのせいで俺は一ヶ月ほど眠り続けてしまった。しかも、寝たきりになっていたせいで、辛うじて起き上がれるものの立ち上がることですら大変なほどに筋力が低下した。

 加えて言うなら、眠っている間に卒業式は終わっており、俺は高校三年になっていた。だというのに、俺はもう一ヶ月も高校へ行っていない。ずっとリハビリの日々である。

 今では一応一人で歩き回ることは出来るようになったが、まだ長距離の散歩は養護教諭の望月先生から許可されていない。


 明らかに細くなった腕を見て、思うことを飲み込んだ。

 それよりも今は、隣で寝ている麻里奈を起こすことが最優先である。なぜなら今、俺は尿意が猛烈な勢いで腰あたりを中心に波紋として全身を襲っているのだから。

 なんだったら数秒前から冷や汗が流れるレベルだ。


「おい……おいってば。麻里奈!?」

「ん~。あと三十分」

「さっきより伸びてますよ、麻里奈様!? あの、ねえ!? も、漏れるんだってば!!」


 なお、麻里奈は起きない模様である。

 こうなれば、あとで何を言われようと知ったことではない。全力で麻里奈を退かすしかないだろう。

 息を吸って、俺に抱きついている麻里奈を思いっきり押す。だが、びくともしない。まるで巨岩を押しているような感覚だ。控えめに言っても動く気がしない。

 というか、俺が覚えている麻里奈の体より少し柔くなった気がする。


「くっ…………お、重い……」

「なっ! そ、そんなに太ってないよ!?」

「いや、起きてんのかい! さっさと退けって!」

「ふーんだ。デリカシーのないきょーちゃんの言うことなんて聞いてあげないもん」


 このクソ急いでる時に癇癪を起こした麻里奈は、とうとう俺の関節を決めて頑として動かないことを決めたらしい。

 じゃなくて!

 ホントに漏れるんだって! ほら、もうなんだったら決壊しかけてるから。出ちゃうから!


 なんとかこの地獄から逃げ出そうと藻掻いてみるが、後遺症で筋力が低下したことが恨めしい。微塵も動く気配がしないのだ。

 そして、こういう尿意がやばいときに力を入れるということは……。


「あっ…………」

「え?」


 じんわりと太もものあたりが温かい。

 その後に迫る妙な冷たさは…………紛れもなく失禁。なんだろうこの罪悪感は。そして、この虚無感はなんだというのだ。


 やめて、そんな目で俺を見ないで! というか、お前が悪んだろうが、麻里奈!?


 念の為確認というように右手を俺の股へと忍ばせた麻里奈が、現実を思い知ってニッコリと笑顔になる。そうして、舌を出してこういった。


「あ、あはは。ゴメンね?」

「ごめんじゃねぇよ!? おま、ホントそういうとこだぞ麻里奈!?」


 しかも、俺にベッタリと抱きついた麻里奈も濡れてしまったらしく、起き上がった麻里奈の足の付根あたりが濡れていた。

 朝から大惨事に見舞われながらも、俺は今日も生きていた。

 ただ、一つだけ懸念があるとすれば、俺の家から突如としていなくなってしまったクロエたちの足取りが一ヶ月経っても掴めないということだろう。

 しかし、早急に片付けなければならない事があるとすれば、この事件の収拾と風呂の用意だろう。

topic

・目覚めた世界では既に1ヶ月が経過しており、知らぬ間に麻里奈が居候兼婚約者にクラスアップしていた。

・クロエたちが謎の失踪を起こす。

・ニュクスの落陽の代償で眠りについていた恭介の体は本調子になるまで筋肉の衰えから大分時間がかかりそうである。

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