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時系列不明

 今は無き北極の大監獄、《コキュートス》にて。

 謎の爆発により、クロエは逃げ出し、《コキュートス》に収容されていた第一級大量殺人犯たちは一掃された事件。首謀者はクロエと考えられているが、その説は極東の最強が全否定した。そもそも、クロエの力は病原菌を撒き散らすことであり、何かを食いちぎるような力は存在しないと。

 結局、迷宮入りした事件現場で、一人の青年が立っていた。

 青年の視線が向けられているのは、まっすぐ前方。大穴の奥底にいた、一人の女性だった。


「おはよう、眠り姫。長い悪夢から覚めた気分はどうだろう?」

「…………君は?」


 上半身を起こした女性はなんと裸だった。極寒の地で裸で寝そべっていた女性は静かにそう訪ねて真偽を問う。しかし、青年はそれに対して言葉を濁す。

 まるで、それを知る必要はないというように。あるいは、知る意味がないというように。


「狼が羊を食い荒らす。一つの嘘が村を一つ食い尽くした。では、その嘘つきは終末を引き起こした元凶だと言えるだろうか?」

「……………?」

「答えは否だ。断じて否だ。なぜなら、その嘘は嘘つきを視界に入れようとしなかった村人が犯した罪だからだ。嘘つきは終末を引き起こした張本人であって、元凶ではない。ただ、周りに見てほしかっただけでついた嘘が村を一つ滅ぼした。では、一体何が間違っていたのだろう。嘘つきを視界にいれなかった村人? あるいはやはり嘘つきか?」

「…………ごめん、ちょっと何言ってるかわかんないんだけど?」


 アホを見るような目で青年を見つめる女性を目にして、青年は薄っすらと笑う。

 終いには声を出して笑い出す。頭のおかしいやつに絡まれたと、女性は口をへの字にして非常に嫌そうな顔をするが、ようやっとマトモな顔つきになった青年が苦笑気味に話し始める。


「すまない。どうも俺は君の前だとふざけた姿を見せないといられないらしい。では、マトモに自己紹介でもしよう。と言っても、現状で語れることは少ない。というか、君はもう俺の事をよく知っているはずだ。そうだな……幽王、とでも語れば理解できるだろう?」

「…………あぁ、そ」


 全てを理解したような顔になった女性は、幽王と語る青年を疑り深い目で見たが、優しい笑みを浮かべる青年は少しも女性を疑っていそうにない。

 確かに、女性は幽王という存在を知っている。無論、それは本物の幽王のことでもあるが、《幽王》という固有名詞に関してもよくよく知っていた。なぜなら、それは――。


「君はまだ、そんなふざけた名前を使ってるんだね」

「これがそうふざけたものでもないんだよ。特に、過去現在未来の全てを知っている神々の内々ではね。でだ。俺が君を起こした理由はわかるよね?」

「…………はぁ」


 呆れた息は白く濁る。それが消える頃には、幽王が纏っていたコートを脱いで、肌を晒している女性に纏わせた。そうして初めて自分が寒いところにいると把握して、今更に身震いをする。

 全てを理解している。理解している上で、本気でそれを実行しようとする幽王に呆れているのだ。そして、同時に彼にそれをさせてしまった進歩のない世界に絶望的に呆れ果てた。

 未だ腰を起こしている女性に向け、幽王は手を差し伸べる。そうして語るのだ。ここに来た理由と、差し出された手の意味を。


「手伝ってくれ、美咲みさき。君の夫を救うため、世の苦しむ人すべてを救済せんがために。一緒に世界の終わりを歩もう。《左翼の龍姫》たる黒崎くろさき美咲なら出来るはずだ」

「結局…………結局こうなるんだね。何度繰り返しても、君はそうやって――――」

「みなまで言うなよ。恥ずいだろ?」


 微塵もそんなこと思っていそうにない顔で、幽王はニヤついている。差し伸べられた手にはしっかりと美咲の手が掴まれている。つまるところ、美咲は了承したのだ。世界を終わらせるという行為の全てを。

 そして、周囲の氷がじんわりと溶けていく。熱が発生しているのだ。幽王からではない。コートを羽織っただけの美咲を中心として熱が膨張していくのだ。

 やがて、美咲の全身から青白い炎が咲く。それはゆっくりと形作っていき、最後には左翼に変わる。左翼を展開した美咲が、見とれている幽王に向けて不満そうな声を上げた。


「私の肌は有料だよ?」

「いつ見ても綺麗な翼だ。ボリビアの風景よりも幻想的で、何百カラットのダイヤよりも神々しくて、何よりも神々の奇跡と比べても神秘的だ」

「って、私の肌に微塵も興味ないのね…………、それはそれで傷つくなぁ」


 性的興味を微塵も持っていないようで、幽王は裸の美女を前にしても全く反応しない。

 だが、それもそれで仕方ないと、美咲は内心で納得する。幽王は性的嗜好よりも、世界情勢のほうが気になる男なのだ。なぜなら、彼こそが世界を真に救える救世主なのだから。

 美咲が仲間に加わったことで、何かしらの作戦が進んだのだろう。顎に手を当てて、果たして何を考えているのかわからない難しい顔の幽王を見たまま、美咲は尋ねる。


「で? とりあえずどうすればいいのかな?」

「…………手始めに国を一つ終わらせよう。内戦がひどくてね。このままだと国民が息絶える」

「りょーかい。お仲間さんもいるんだよね?」

「作戦は中盤戦だ。アメリカの息のかかった軍はすでに殲滅済み。後は中華の息がかかった軍を叩けば、全ての罪を生き残ったロシア側に擦り付けて国民の前で全力で叩き潰す。晴れて俺たちは一つの国から内戦を消し、三国に宣戦布告できる」

「そんなにうまくいくかなぁ?」

「…………? うまく行かなきゃ大国に核爆弾を投下すればいいだけの話だろ?」


 何を言っているんだと、幽王が美咲にさも当たり前のように言う。しかも、それに美咲が納得している。

 この二人はその行為の重大さに気がついていない。彼らは今、三大大国を敵に回すと言ったのだ。おそらく、三大大国の全軍よりも圧倒的に少ない人数しかいないのに。

 いや、彼らには出来るのだ。たとえ、敵がどれだけの軍隊だろうとも、蹂躙できる確信があるのだ。なぜなら彼らは世界を終わらせられるだけの力を有しているのだから。


 幽王はどこからか取り出した鉄仮面をかぶる。それを見た美咲はくすくすと笑いながら聞く。


「何そのだっさい仮面?」

「身バレ防止だよ。あとは…………見た目のインパクト?」

「あはは。やっぱり君って少しずれてるよ~」


 終末が和やかな会話をしながら歩いていく。

 その日、北極に大きな湖が出来たと、北極調査員たちの間で噂となるが、それはまた別の話。

次回更新はGW明けです

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