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夜の落陽

 冬は夜が速く訪れる。

 タナトス曰く、それはニュクスの眠りが浅いからだという。無論、科学的には地球の角度やらが関係しているわけだが、神様たちはそれを神のせいだというのだ。

 ニュクス。夜と呼ばれる神は、太陽が昇る時間は眠っている。いや、ニュクスが眠っているからこそ、世界には朝がやってくるのだ。では、夜を起こし続ければ一体どうなるか。簡単だ。太陽が昇らなくなる。


――つまり、太陽は落ちる。


 颯人は、その状態を《夜の落陽》と呼ぶ。

 永劫続く夜の世界に人は熱を失い、寄る辺を失っていき、最後には疫病や飢餓により、あらゆる人間が死に絶えた。そんな終末だ。そして、颯人はそれを乗り越えたという。

 ともあれ、欲しい情報は手に入り、感覚ではあるが《終末論アヴェスター》に収録されたように思える。これで準備は整った。

 今まで話をしていたタナトスが確認するように尋ねる。


「これで十分かな?」

「ああ。使える気がする」

「それはよかった。ではもう一つ質問をしても?」

「いいけど……なんだ?」

「君は、一体どうやって余波を防ぐつもりだい? 少なくとも地球は滅ぶと思うのだけど?」


 至極真っ当な質問で驚いた。いや、タナトスがそういうことに興味がないと思っていたから驚きすぎてしまった。

 確かに、黒い太陽――カオスを倒すにはこれで十分かもしれない。でも、問題はその後だ。絶対に発生する余波をどうするか。それをどうにかしなくてはたとえカオスを止められたとしても人類は生きてはいられない。

 しかし、それについては心配していない。なぜなら、世界を守るのは颯人の仕事だから。地球の崩壊は颯人がどうにか出来るはずだ。


「まあ見てろって」


 それだけ伝えるとタナトスの前から立ち去る。

 俺が向かった先は颯人のところだ。颯人は空に漂うカオスを見つめたままなにか思うことがあるような顔になっていた。きっと、踏破したことのない終末を久しく思っているのかもしれない。

 呆けている颯人の肩を叩くと、やっと気がついたように俺を視界に映す。


「準備はいいのか?」

「いつだっていい。確認するが、俺がするのは地球を守ること……だな?」

「ああ。出来るだろ?」

「出来ないわけじゃない。だが…………この力は生涯一度しか使えない。ここで使えば、次に地球になにかあるときに、何もできなくなる」

「……だから?」


 いややめて、こいつはアホかって目で見ないで。


 生涯で一度しか使えない。そんなとんでもない技があるとして。それを使ってしまって良いのかと悩むのはこの場においてはアホらしい。

 空に浮かぶ禍々しい存在は、ゆっくりと世界を飲み込んでいた。地上にはまだ被害はないが、空は着実に飲み込まれつつある。幻想的か。あるいは絶望的か。楽観的だというやつもいるかもしれないが、実は俺はこのまま終わってしまっても良いと思っている。


 だって、終わりは必ずあるもので。

 だって、俺には守りたい人しかいなくて。

 だって、俺は望む明日を持っていなくて。


 それでも、俺がこうして全力で今を生きようとしているのは、知らない明日を望むのは、きっと颯人や麻里奈やクロエや、家族が、仲間が望むから。俺が望まなくても、みんなが望むなら出来る限りそれを与えてあげたいと思ってしまうから。

 偽善だとわかっていても、迷惑だと知っていても、周りの優しさだと知らしめられても、俺はこの生き方を変えられない。俺の憧れはその程度では色褪いろあせない。

 カオスを見つめて、俺は颯人に言うのだ。


「今だ。今なんだよ、颯人。その一度きりの力を使うのは、今日この瞬間なんだ」

「…………清々しいな。怖くならないのか?」

「何が? お前がミスるって? やつが倒せなかったらって?」

「いいや。原理上、お前の言葉通りになる。この作戦は成功するだろう。だが、次に同じようなことが起きたらって考えて、お前は何の不安も感じないのか?」


 感じないと言ったら嘘になる。次も同じくうまく収められる自信なんてないし、そもそも考えるつもりもないけど。それでもみんなが望むなら俺は立ち向かってしまうのだろう。正義の味方でもないのに。

 今回もかなり無茶な戦いだ。《終末論》でどんな弊害が起きるかわかったもんじゃないし、絶対激痛を伴うに違いない。出来うるなら今からでも家に帰って寝てしまいたいし、残された時間を麻里奈のオッパイを堪能していたい。

 でも。

 ああ。それでも。

 そんなことが出来たら良いよなぁ、で済ませてしまう。実行できない。

 カラカラと乾いた笑いが漏れる。


「怖いさ。次に同じことが起きるなんて予想はしたくない。次の終わりを乗り切る作戦なんて考えたくない。でもさ。仕方ないだろ? 諦めちまったら、麻里奈やクロエが死ぬんだぜ? あんなに可愛くて、クロエなんて俺のことを好きだなんて言ってくれたんだ。だったら、やるしかないだろ?」

「………………お前は、」

「ん?」

「お前は俺みたいになってくれるなよ。お前を立ち直らせるのは骨が折れる」

「ははっ。なら、世界の終わりなんて大仕事を俺に回さないでくれると助かるな」


 おしゃべりはここまで。作戦を始める時間だ。

 颯人に任せることはずいぶんと集中がいるようで、邪魔をしないために俺は颯人から離れていく。そして、俺も息を整える。

 左目には《終末論》が起動している証に、収録されたばかりの終末のインストールが始まっていた。


〈終末点補足。終末事象《夜の落陽》をダウンロード――完了〉

〈続けて、インストールを開始します――完了〉

〈続けて、アウトプットを開始します――完了〉

〈すべての過程の完了を確認。終末論を起動します〉


 全ての準備は整った。あとは左目に流れる合言葉を唱えるだけ。

 震えているのは武者震いだ。恐怖ではない。決して、恐怖ではない。

 言い聞かせる言葉はあまりにも無力で。ここにきて弱音を吐いてしまいそうになる。そうだ。怖いんだ。助けられなかったらと考えると。次があると考えると。俺のせいでみんなが死んでしまうと考えると。


 それに気がつけたのは幼馴染だからか。あるいはずっと見ていてくれたからか。

 背中を温かさが包み込む。優しい抱擁が安心と安堵を与えてくれる。

 これだ。これが俺を前に進ませてくれる。


「麻里奈……」

「頑張って。これで終わっちゃってもいい。きょーちゃんなりに全力で頑張って出した結果なら、私は責めないし、誰もきょーちゃんを怒らないよ。だから、頑張ろう?」


 優しい笑み。優しい言葉。優しい抱擁ほうよう。女神のように見える麻里奈は、普段から変わらない可愛い幼馴染で。こういうタイミングでこういう事をしてくれるからズルいのだ。だから俺は惚れてしまうのだ。まるで姉のような麻里奈に。

 小さくうなずくと、今度こそ全てを決心して左目に映された言葉を唱える。


「夜の足音に魅せられて今、世界は落陽を夢に見た。太陽よ。生命の光臨よ。今、刹那の輝きを持って終末の超越を見せてほしい。灼熱の炎を纏いし星よ――――終焉を抱擁して落ちよ」


 深い黒に飲み込まれていく青空が、塗りつぶされるように輝ける星空へと変わっていく。

 そして、一際輝く星が落ちてくる。それは炎を纏い、膨大な熱を持って落ちてくる。

 誰もがよく知るもの。空を照らす大自然の光臨。


――太陽だ。


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