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幽かな王

 俺の家の中に現れた男は頭に黒を基調とした光沢からして鉄製の仮面をつけており、燕尾服を身にまとい悠然とそこにいた。音もなく、気配すら感じさせずに突如として顕となったことで、それをいち早く見つけた颯人は咄嗟に席から飛び出し渾身の拳を叩きつける。


 だが、それは不発となった。


 仮面の男が右手を軽く前に出し、放たれた拳をやんわりと触るとそれ以上颯人の拳は前へとは進まない。一撃で高校の校舎程度なら破壊できるはずの颯人の拳が仮面の男には通用しなかったのだ。なにより、その事実に驚いたのは颯人だった。


「て、んめぇ!!」


 掴まれた拳を引くことはなく、そのまま力ずくに押し込もうとする。しかし、どれだけ颯人がその場で地面を掴んで力を入れようが、腰の筋力を存分に発揮して全身の体重を乗せて動かそうとしようが、意にも介さないで仮面の男は立ち続けている。

 こいつが例の神様だというのだろうか。いや、それにしては強すぎる。これでは勝利どころか完全に息の根を止められて然るべきだ。では、この男が例の神様でないとするなら、こいつは一体誰なんだ?


 時間にして一分経過してから、席を立つ俺はようやく男が敵であることに検討が行くと、横にいた麻里奈を背後に回し、どこからか刀を取り出している神埼紅覇と共に臨戦態勢に入る。


 けれど、この緊迫した空間の中では俺は一歩たりとも動けなかった。もちろん、神埼紅覇も動けていない。仮面の男がどれほどの力を有しているのかわからない以上、迂闊に手を出せば颯人の二の舞になると考えているからだ。無論、俺が動けないのは戦闘慣れしていないからであるが。

 

 一体誰なんだ……っ? 俺の家に勝手に入れるようなやつを俺は知らないぞ!! というか、どうして俺の家に現れた!?


 疑問は尽きない。だが、それに一々答えをあてがっている時間はなさそうだ。

 とうとう仮面の男が言葉を発する。


「落ち着け。少なくとも、今のお前たちじゃ俺は倒せない」

「…………なに?」


 変成器で声を変えているのか人間の声には聞こえない。

 だが、今のセリフにはやはり疑問が現れる。果たして、今の俺達では倒せないからどうしろというのだろうか。

 仮面の男に拳を掴まれていた颯人が開放され、バックステップで距離を取る。俺たちと仮面の男とで距離ができたのをきっかけに再び会話がなされた。


「勘違いするな。俺は別にお前たちを殺しに来たわけじゃない」

「じゃあ、なんで俺の家に来たんだ……?」

「必要だったからだ」

「必要云々で他人の家に勝手に上がり込むのか。知ってるか、そういうの不法侵入っていうんだぜ?」

「関係ない。そもそも、俺はお前に会いに来たわけじゃないぞ、御門恭介」


 俺の名前を知っている、か。加えて俺に会いに来たわけじゃないとするなら、仮面の男の目的は颯人か神埼紅覇か……あるいは。


 背後にいる麻里奈の腕を強く掴む。仮面の男が誰を目的として現れたとしても、麻里奈やクロエたちには手出しはさせない。俺はついさっき守ると宣言してしまった。だから、その責務は全うする。

 警戒に警戒を重ねた状態で仮面の男を睨む。すると、ふいに笑いが漏れ出した仮面の男に一同が鋭い視線を向けた。


「すまない。似ているな、と思ってな」

「誰に?」

「それは言えない。言ってしまえばすべての計画が水の泡となるからな」

「計画……? 一体何をするつもりなんだ?」

「聞いてないのか? おかしいな。ローズルのやつが先走ったからそこまで話していると思ったんだが……」


 ローズル。旅の芸術神ローズルのことか!!

 問題となっている神の名前が出たことで、連鎖的に仮面の男も敵であることが確定したわけだが。それ以上に、神を下に見るような言い方に仮面の男の立場が非常に気になる。

 俺の予想が当たってしまっているのなら、とても嫌な予感がする。

 颯人にぎりぎりの戦いになるかもしれないと言わしめる旅の芸術神ローズル。それを下に見て、かつ颯人の攻撃を完全に封じた圧倒的な力。それが指し示すことは、つまり――。


「世界を終わらせるのさ。その手順の最中だ。俺はそいつらを取りまとめる総取締……まあボスみたいなものだな。名前は――まだ言えない」

「まだ……?」

「ああ、まだその時じゃない。というよりも、言ったところで意味がない」


 どういうことだ。全く話についていけない。

 この際だから言わせてもらうが、厨二病をこじらせたようなやつがどうしてこんなに強いのかもまるで理解できない。いや、全てを逆に考えればいいのか……?

 仮面をつけているのは顔を見られるとまずいから……? じゃあ、俺達はその顔をもう知っている……?

名前を隠すのも同意見……? まさかな。少なくとも俺の知り合いの中にここまで厨二病をこじらせているやつはいない。


 ともかく、世界を終わらせるというやつらのボスが突撃してきたというわけだ。今はそれだけ理解していれば十分だろう。

 追いつけない頭でどうにか割り切ると、今度は俺の質問に答えてもらうべく怒鳴るように話す。


「それで? 用があるやつは誰だよ?」

「そうイキるな。内心ではビビりまくってるのが丸わかりだぞ? 安心しろ。俺に用があるのは黒崎颯人、お前だよ」

「……なんだと?」

「《左翼の龍妃》。知った名前だよな?」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………殺すぞ(・・・)?」


 珍しく。いいや俺が出会ってからはおよそ初めてであろう言葉が颯人の口から飛び出した。同時に体の芯から震えを発生させるような冷たい悪寒が走る。全ては颯人の殺意のこもった真の言葉のせいだ。

 《左翼の龍妃》というのが一体どういう存在なのかはわからないが、颯人がここまで殺気を放つのも珍しいことだろう。加えて先程まで辛うじて残されていた余裕が消え去ったみたいだ。

 歯ぎしりをしながら颯人は仮面の男をにらみつける。


「だから、安心しろよ。別に何もしちゃいないさ、まだな(・・・)

「よせ。アイツに触るな。お前のようなやつが触っていいような人じゃない」

「どんどん余裕がなくなるな、颯人? お前らしくもない。得意だろ? 誰かを切り捨てて(・・・・・・・・)世界を救うなんてさ(・・・・・・・・・)


 それは違う。少なくとも颯人は誰かを切り捨ててはいない。愛すべき人を守るために、最大限の努力をして世界を救っているんだ。それで発生してしまう被害を、切り捨てたとは絶対に言わせない。絶対に。

 そもそも、世界を終わらせるとのたまう輩に颯人の何がわかるというのだ。いいや、わからないはずだ。だのに――!!


「来いよ。俺について来い。会いたいだろ? お前じゃ絶対に救えない人にさ」

「待て、じゃあ《左翼の龍妃》って――」

「そうさ。黒崎颯人が愛してやまない人。そいつを守るために世界を守るという頭の悪い矛盾を引き起こした原因。黒崎美咲(みさき)。《世界最後の王妃》だよ、御門恭介」


 なんと、颯人の余裕がなくなる理由は嫁さんを人質に取られたからだったのか!!

 すべてを知られた颯人は力なくその場で下を向く。横から見える表情はどうにも悔しさが溢れていて。もはや颯人に戦意は感じられない。こうなれば俺と神埼紅覇でこの場をどうにかしなくてはいけなくなってしまったのだが。

 仮面の男は俺たちに目もくれず颯人にばかり話しかける。


「さあ、俺と一緒に来い、黒崎颯人。愛すべき人のいる世界を守りたいなら、俺と一緒に来るべきだ。一緒に終わらせようじゃないか。この、終わりの見えている世界を」


 なんだか嫌な予感が止まらない。このまま話を進めさせれば、颯人が俺達の前からいなくなってしまうような気がする。それだけならまだいい。最悪、俺達の敵になるかもしれない。そういう予感が俺にはあった。なぜなら、颯人の根本的な行動理念は愛する人を救うこと(・・・・・・・・・)なのだから――!!


 これ以上会話をさせてはならない。俺の行動は早かった。颯人よりも前に立ち。誰よりも前で仮面の男に問いかける。


「世界の終わり云々はどうでもいい。そんなものは俺が絶対に止める。命をかけても、な」

「お前が? 出来るかな、そんな非日常なことがお前に。ただの高校生で有りたいと願うお前に」

「出来るさ。麻里奈を守るためなら。みんなが笑って明日を生きてくれるなら」

「…………だからお前はダメなんだ」


 なんだ。なんなんだ、この違和感は!? 仮面の男と俺とで話しているはずなのに、うまく会話が噛み合わないような気がする。思考の違い? 宗教? 理念? 性別? いいや、全て同じだ。まるで全てを見透かされた相手と話している気分だ。実に不愉快極まりない。

 相手がどういうやつであれ、こいつは危険だ。俺の直感がそう告げている。


 ふいに仮面の男が窓の外を見る。そうして、俺に聞くのだ。


「なあ、どうして空は青いのか、知ってるか?」

「……なんだって?」

「フッ。それがわかったとき、お前は自分がやってきたありとあらゆる全ての事柄が間違いだったと気がつく。そして同時に絶望することになる。いいか、世界は絶対に終わる。この俺の手によって」


 そうはさせない。させてなるものか。世界が終われば、その世界で生きているすべての人はどうなる。生きながらえたとして、その先に幸せが存在するのか。生きる意味を失ってしまうんじゃないのか!!

 実力行使で追い出そうとも考えたが、颯人の説得に失敗し、俺に意味不明な予言を授けたことで頃合いを見計らったらしい。仮面の男が静かに一歩下がる。


「さて、第一目標は失敗したが、次点目標は完遂したな。俺はこのあたりで帰らせてもらうよ。世界を終わらせるにはまだ少し調整が必要なんでな」

「待て! お前、一体誰なんだ! 俺たちの知り合いか!?」

「まだ言えないと言ってるだろうが。だがまあ呼び名は必要か。そうだな…………仲間はみんな俺を王様とか王と呼ぶが、ここは《幽王》と名乗っておこう。俺が今も昔も呼ばれる呼び名の一つだ。覚えておけ、御門恭介。お前の持つ力はお前の力じゃない。借り物の力で救った世界は所詮、借り物の世界だよ」


 それだけ言い残すと、仮面の男――《幽王》の周りの空間に亀裂が走り割れる。それに飲み込まれる形で《幽王》の姿はさっぱり消え去ってしまった。

 俺の持つ力は俺の力じゃない。それで手に入れた世界は借り物の世界、だと……? あの男は一体何を知って、これから何を起こそうっていうんだ。


 《幽王》は言った。世界を終わらせる、と。そう、壊すのではなく終わらせると言ったのだ。その意味を、このときの俺は正しく理解できていなかった。

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