戦う意志
今起きたことをありのまま話すぜ!
目を覚ましたら裸の麻里奈がいつも通りに俺を抱きまくらのようにしてたんだが、その奥で俺たちを見つめる颯人と神埼紅覇がいたんだ。
何を言っているのかわからねぇと思うが俺も二人がいる理由はさっぱりわからなかった……。
ただ一つ言えることは、この現場を見られたのは非常にまずいということだけだ!!
「ちが、これは――」
「天災の言い分なんざ、今日この瞬間に限ってはどうでもいい。それよりも話がある。四十秒で支度しな」
にじみ出る汗を流しながら、苦し紛れの言い訳のオンパレードを披露しようとした俺に、颯人が鋭い言葉で押し黙らせ、四十秒で支度しろと強制させる。
その口はまるで一週間前に味わった颯人の威圧にとても似ていて、もしかしたらもう一度命をかけて勝負だとか言われるのではないかとも思った。が、どうも様子が変だ。
俺の部屋を出ていこうとする颯人の背中に、俺は言葉を投げかける。
「何があったんだ?」
「それを話す。いいから支度しろ。もちろん、全裸の神埼生徒会長もちゃんと連れてこいよ?」
「あ……ああ」
麻里奈絡みの案件だろうか。ともすれば神埼家で何かあったのだろうか。
ともかく、言われた通りに支度を始める俺。着替えが終わると、眠りについている麻里奈の肩を揺すり始めた。すると……。
「ん~~。きょーちゃんのえっちぃ~~」
「一体どんな夢を見てるんですかね! 夢の中の俺が羨ましいなぁおい!? 起きろ麻里奈!」
ペチペチと頬を優しめに叩くと、ゆっくりと眠り姫が目を覚ます。しかし、まだ寝ぼけているようで、俺の首に手を回すと目一杯の力で俺を抱き寄せる。
危うく体勢を崩しかけたが、そこはなんとか力で耐えて、寝ぼけた麻里奈を完全に覚醒させるためにもう一度声をかけた。
「おはよ、麻里奈。残念だけど、ここは現実だぞ?」
「ん~~? きょーちゃんだぁ~」
「だめだこりゃ……」
颯人に与えられた四十秒という時間を大幅に過ぎて、十分ほどしてから俺たちは部屋を出ていった。
そうして、話し合いの場として選ばれたのは俺の家のリビングだった。
普段着の俺に手近にあった服をまとった麻里奈がリビングに現れるなり、コーヒーを片手に優雅に振る舞っている颯人が呆れたようにこちらを見た。
「遅ぇ」
「す、すまん……麻里奈は朝に弱いんだよ」
「ったく。完璧な神埼生徒会長でも苦手なものがあったってことか。まあいい。とりあえず席につけ」
威圧的な態度で言われると反抗したくもなるが、もしもそんなことをしようものなら全力を持って排除されそうなので素直に従った。俺の横に麻里奈が、対面に颯人と神埼紅覇が席に着くと颯人がゆっくりと話し始める。
「零時頃の話だ。高校の屋上に高出力エネルギーが発生した」
「……高出力エネルギー?」
「結論を話せば、そのエネルギーの正体は神が現界したために発生したものだった」
「えっと、話が読めないんだけど」
高出力エネルギーとやらが発生して……それが神様のせいで……?
それがどうして俺の家に押し入る理由になるんだ……。
「その神は俺や紅覇が手に負えるような相手じゃない。俺がその時に全力を出していなかったから何とも言えないが、少なくとも無傷で突破は難しい」
…………今なんて?
俺の耳がおかしくなっていなければ、颯人や日本が誇る生ける伝説と呼ばれる神埼紅覇が共闘して手に負えないと聞こえたのですが?
驚きで何も言えない俺の横で、頭が回転し始めたらしい麻里奈が難しい顔で質問する。
「その神様の神名は?」
「当人曰く、旅の芸術神ローズル。だが、俺はそんな神を知らない。十中八九偽名だろうな」
「神名を伏せなくちゃいけない存在……? あるいは――」
「とにかく、そいつを打倒する必要がある」
俺を抜きにして話が進んでいくが、この状況がすごい嫌な気がするのは俺だけだろうか。
さきほどから神埼紅覇の静かな視線が俺に向けられている。ものすごく部屋に戻って眠りたい。タンスの角に頭を何度も叩きつけて気絶したい気分だ。
そもそも、神を打倒する必要が出てきたって聞こえてるんですが、これは。もしかしなくても、それを手伝えとか言う気ですよね、これは!?
俺の嫌な予感は本当に的中することとなる。
「天災、力を貸せ」
「ほらもぅ~! なんでだよ!?」
俺はただの高校生で。神様なんていう存在とかち合うような超強い人間でもなくて。
場違いだ。力不足に違いない。そもそも、俺に神様と戦うような力は――ないわけでもないが。それはまた別の話だろう。そう、力があるといってもそれを安易に行使してはいけないと思うのだ、俺は。
幾重にも言い訳を積み上げて、心の中で城を立ち上げるが、それは虚像である。内心ではわかっているのだ。颯人が俺に頼みに来るなど、普通ではありえないと。颯人が追い詰められるほどの相手なのだと。
だが。
だが。
だが。
そうだとしても、俺が戦わなくちゃいけない理由にはならないだろう。
答えを渋る俺に、神埼紅覇が思い口を開く。
「貴殿は言った。孫娘を守ると。そして、半ば無理矢理契約したはずだ。この世界を守ると」
「……だとしても」
「二言は認めん。かの神は世界を終わらせると言っていた。ならば、貴殿が出張る必要がある。嫌々に交わした契約だとしても、それを履行しなくてはならない。大人の世界とはそういうものだ」
それを最後に神埼紅覇は口を閉ざした。
しばしの沈黙が漂う。
確かに、その神が世界を終わらせると言ったのなら。その神を颯人が倒せないのなら。俺が出ていってどうこうなるとも思えないが、それで戦況が変わるのだとしたら……。
思考は止まない。当然、すでに逃げるための言い訳を探しているわけではない。戦うために、自分を決起させる理由を模索しているのだ。横にいる麻里奈を見る。そこには心配そうに見つめる瞳があって、前にはお前が選べと迫る気迫があって。
俺が守りたいものは、一体なんだった……?
踏ん切りがついた。というよりも、割り切ったというべきか。
わしゃわしゃと髪の毛を掻くと、腹に溜まった空気を吐き出すようにうなりを上げる。
「あぁ~~!! わぁったよ! やりゃあいいんだろ、やりゃあよ!!」
「手伝ってくれるか」
「ただしだ。俺の最優先事項は麻里奈やクロエ、家族の身の安全だ。俺が守りたいのは家族なんだ。決して、世界なんて大きなものじゃない」
「……わかった」
俺の言い分を聞き分けて、颯人は首を縦に振った。どうやら、家族を守るという点は賛同されたらしい。つい一週間前の颯人だったら、一刀両断されてそうな意見だったから心配だったけど、どうも颯人自身変わったところがあるみたいだ。
神埼紅覇も今の回答に満足したようで、心なしか微笑んでいるように見える。依然として麻里奈のほうは心配そうだったが、俺がそういう人間だと再認識したみたいで苦笑いを見せている。
朝から騒がしくしてしまったせいで、麻里奈よりは少しだけ朝が得意なクロエとクロミが眠そうな顔でリビングへとやってきた。こうして、俺の家に居候している住民は全員揃ったわけだが、状況はあまり変わらない。
俺の家の住民が全員揃ったことをきっかけに、颯人が立ち上がり折り畳まれた大きめの地図をテーブルに広げ始める。
俺が戦闘に参加する。その意志を見せたことでそのままの体勢で作戦会議を開くようで。
話が進もうとした矢先だった。
その男が現れたのは……。





